第2話 自己紹介



ひょんなことからアパート前で爆睡していた泥酔OLをおんぶしてお持ち帰りするハメになった僕は、なんとかアパートの階段を上がり、自室の302号室前を通過し、その女性の部屋である301号室の前までたどり着いた。


「着きましたよー」

返事がない。ただの屍のようだ。


「着きましたよお客さん、降りてください。早く降りないとメーター上げますよ」

「すみません運転手さん」

「ってタクシーじゃないんですよ。というかノリツッコミしてください」

「ははは。さては君、面白いね」

「酔ってジャッジ甘くなってませんか?」

「あはは〜そうかも〜」


悪い気はしない。


「部屋の鍵はありますか?」

「未来の鍵はいつだって君の手の中に!」

「なんですか急に安いJ-POPして。今どきそんなの流行りませんよ」

「はいこれ〜」


渡されたのは、キーホルダーも何もついていないただの鍵だった。


「え?ストラップとかつけないんですか?なくさないですか?危機感なさすぎですよ」

「知らないわよ。これ私のじゃないし」

「え?じゃあこの部屋のやつじゃないんじゃ」


「この部屋のだけど、私のじゃなかったし、いやでももう私のなのか、、、ウゥッ、、ビェーン」


ご機嫌な会話をしていたはずが、なぜか急に泣き出してしまった。さっきからこの人に僕は振り回されっぱなしだ。

アニメの女児みたいな情緒のこの人は、全然僕の背中から降りようとしないので、そのまま僕も一緒に家に入る感じになってしまった。


「ただいま〜」

「お邪魔しまーす。」


部屋は、泥酔して路上で寝る人のものとは思えないくらい綺麗に片付いていた。

とりあえず彼女をベッドに下ろして、僕も近くに座る。

やっと落ち着いてきた彼女が、おもむろに口を開いた。


「えーっと、まずはお互いに自己紹介しよっか。」

「そういえばまだでしたね。」

「初めまして。ここ301に住んでいる尾根ゆかりです。28歳で会社員です。」

「初めまして、隣の302に住んでいる五十嵐翔太です。18歳の大学1年生です。」



「えっと、五十嵐・・・翔太くん?」

「はい、そうです。」


初対面らしい妙な間に耐えきれず、言葉を探す。


「えーっと、入学と同時にこのアパートに引っ越してきたんです。ちゃんと挨拶できなくてすみません。」


「そっか、大学1年生なんだね。この辺ってことは城東大学?」

「そうですね」

「じゃあ私の後輩だ!それで大学での生活はどうかな?」

当たり障りなく間を埋めて話を広げる大人ムーブもできるんだな、この人。


「そうですね、一応大学生活にも慣れて、そこそこ上手くやれてますね。まあ、休日に遊ぶ友達こそいないですけど、それは今に始まったことじゃないですし、授業を近くの席で聞いてレジュメやメモを共有する程度の仲間はいるんで。」


まあ、こんなことでも起きなければ隣人の顔すら知らなかったインドアコミュ障の僕にしては上等だろう。


「え〜、かわいそうだよ〜!お姉さんが友だちになる〜!」


これは幼児退行なのか母性なのかよくわからないが、言われてみれば確かに今の自己紹介だと、寂しいくせに強がっている可哀想な奴に聞こえるのかもしれない。


「ハハハ。なんか、ありがとうございます。」


友達になろうなんて、面と向かって言われるのは久しぶりで、うまく言葉が出なかった。照れ笑いで誤魔化せていたらいいな。

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