第9話 二人の食卓




カレーを温めている間に、ゆかりさんと今日の出来事を振り返る。



「そういえば、朝は綺麗だったはずの部屋が、昼過ぎに僕が入ったときにはめちゃくちゃ汚かったんですけど、何があったんですか?」


「仕事の締め切りが急に今日になってね。それで資料探したり、それから着てく服とか考えたりして」


「で、時間がなくなってそのまま放置と」


「しょうがないでしょ、社会人は忙しいのよ!こういう日もあるの」



「頑張ってるんですね、お疲れ様です。まあクローゼットの中くらいは休日に整えておいても良い気がしますけど」


「何なの、もー!」




よく考えたら今朝会ったばかりなのに、まるでずっと前から知っている間柄かのように軽口を言わせてくれるこの人の雰囲気は何なんだろう。



「夕食作り以外にも色々家事をしてくれたみたいだけど、具体的には何をしたの?」


「とりあえずケーキの残骸を片付けました。これで嫌な思い出は忘れましょう」


「ハハハー」


ゆかりさんは乾いた笑いをするだけだった。まだここをイジるのは早かったようだ。




「本とか資料は一応種類ごとに本棚に入れたので、後で自分が分かりやすいように並べ替えてくださいね。」


「ありがとう!正直それが一番助かる」


「あと、服は一応畳んでカゴに入れときました。コートはハンガーに掛けてクローゼットに入れました。確認してください。」


「何から何までありがとね」


「あ、雪崩は起きないようにしましたからね」


「ごめんってば、遠回しにいじらないでよ!」




談笑している間にカレーが温まった。炊飯器の米とカレーを皿に盛る。




「あ、その炊飯器」


「クローゼットの雪崩から出てきましたよ。ホントどんな生活してるんですか」


この炊飯器を見つけたときに僕は、自分の想像のかなり外側に生きる人が、こんなに身近にいるんだなと感じた。



「本当にゆかりさんって変な人ですよね。なんか色々知りたくなってきました。」

「いや、翔大くんもだいぶ変だよ。急に家事代行始めるし、そんなことさらっと言えちゃうし」

「お互い、隣がこんな変な人だなんてビックリですね」

「フフッ。でもなんか悪くない」



「ささ、食べてくださいね。僕はもうさっき食べたんで。美味しかったですよー」

「自分で言うんだ。ありがと。いただきます」




ゆかりさんが、今日一番の笑顔でカレーを頬張る。それを見るだけで嬉しくて、今日一日が報われる気がした。



二人の食卓で僕は、きっと世の中の幸せな日常は、こんな夜の積み重ねで出来ていくんだろうなと思った。


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