第26話 アプローチ
—ひろみside—
「そうだ。あのオッサン、翔太にちょっと似てるよね」
「そう?あんま嬉しくないんだけど」
「いや、いい意味でよ。」
「いい意味って言えばなんでも許されるわけじゃねーからな」
これは本当にいい意味で言った。
翔太の冴えない猫背も、なんだかんだ助けてくれるカッコいいところも、なんとなく重なって見えたから。
新歓の食事会で、先輩に絡まれていた私を救ってくれた時から、翔太が私にはかっこよく見えてしまっている。
これまで私が男子から浴びた視線は、ノリの軽い男からの“イケるかもしれない”という目か、冴えない男からの“自分には関係のない存在だ”という無視の2種類しかなかった。
そして私は中学高校で、前者に恋をして本命彼女に負ける、いわゆる当て馬になったことが何度もあったので、ノリの軽い男には多少警戒するようになっていた。
食事会では、最初は翔太も後者かなと思いながら、前者の男の先輩からのアプローチを適当にかわしていた。しかし、お酒が入ったせいか、途中から先輩の言動がエスカレートし、私にも飲みを強要しそうな雰囲気になっていた。
彼らにも本命の彼女がいることは噂に聞いていたので、ここでどうにかなっても私は大事にはされないことが容易に想像でき、嫌気がさしていた。
そんな時、翔太が「なんか古い時代の嫌な飲み会みたいで面白いっすね!こういうの今マジでやる人いたらちょっと引きますけど。」と急に言い出し、その行為を冗談にして嗜めてくれた。
その後、翔太はその場に居づらくなったのか、二次会には行かずにそそくさと帰ってしまった。その機に乗じて私も帰ることにしたので、翔太のおかげであの夜はかなり助かった。
あの時の翔太には、下心もなければ私への興味もなさそうで、私は嬉しいような腹立たしいような複雑な気持ちになった。でも、翔太がいいやつなのは確かだ。もしも翔太を私に振り向かせれば、私を大事にしてくれるかもしれない。裏切られないかもしれない。
帰り道、そんな気まぐれな思いつきが夜風に乗って私の頭をよぎった。
だから私は、バイト先が一緒になった時、これは運命かもしれないと思った。
そしてすぐ翔太にアプローチをはじめ、今ではそれなりの仲になれた気がする。
まだ翔太からは名前を呼ばれたことはないけれど。
そんなことを思いながら、せっかくだから翔太におすすめ作品を聞いてもっと仲良くなろうと画策していると、翔太が思いもよらない言葉を発した。
「そうだ、ひろみもなんかおすすめあれば教えてよ。」
呼び捨て。しかも下の名前。
それに驚きすぎて、その後の言葉は入ってこなかった。
「え?急に呼び捨て?ビビったー。でもいいね、今後もそれでよろしく!」
などと取り繕いながら、私を知ってもらう機会を一つ逃したことを悟った。
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