第5話 思い出
逃げるように301号室を飛び出した僕は、302号室のベットに横たわり、どうしたものかと考えあぐねていた。
10個上の綺麗な女性と知り合った。
その人は振られた直後だった。
一人暮らしの女性宅に形は変であれ招かれた。
私が友達になると言われた。
うちの家事をしてくれないかと言われた。
・・・え?これ夢?
一気に変化した現実を、脳が処理できずにいた。
ぐるぐると考えているうちに、そのまま僕は眠りについた。
そして、懐かしい夢を見た。
あれは僕が小学生の頃。
帰り道に通るカフェの窓の向こうではいつも、母が僕の知らない男の人に色目を使っていた。それを見るたびに僕は母に見つからないように、逃げるように帰っていた。
家に帰っても、19時過ぎまでは一人だった。
とりあえずテレビ見てゲームして、ただ時間をやり過ごしていた。それはそれで楽しかったけれど、何かが欠けている感じがしていた。
父が仕事を終えて遅くに帰ってくると、母とよく喧嘩をしていた。
結果、僕は家に帰るのも嫌になり、公園で時間を潰していた。
友達や幼馴染と一緒に遊べた日もあったけど、習い事なり迎えが来るなりでみんな早めの時間に家族の元に帰ってしまった。
17時半にもになれば一人になって、日が暮れるまでひたすら公園のベンチでポータブルゲーム機で遊んだりぼーっとしたりしていた。
あの日もそんな夕暮れだった。
「あのさ。君、いつも一人だよね。お母さんとお父さんは?」
高校生のお姉さんに話しかけられた。
「お母さんは、多分デートしてる。お父さんは仕事。」
「・・・そっか。まあいろいろあるよね。隣座っていい?」
驚いたが、少し派手な見た目に反してその声は優しく、不思議な安心感を感じていた。
それから僕はお姉さんにいろんなことを話した。家のこと、友達のこと、最近好きなゲームのこと。そしていつの間にか時間は過ぎていく、そんな日々がそれからしばらく続いた。
目が覚めると、時刻は13時を回っていた。
夢の中で思い出したあの人は、今どこで何をしているんだろう。今では名前も思い出せないけれど、どこかで元気にしているといいな。
そういえば、今日は朝も昼もロクなものを食べていない。さすがにちゃんとした昼食を何か食べたい。しかし冷蔵庫にはロクなものが入っていない。
そうだった、ゆかりさんと会う前も買い物に行こうとしていたんだった。
エコバッグを手に取り、スマホと財布をポケットに入れようとして、ポケットに何かがあるのに気づいた。
おもむろにポケットを探ると、ゆかりさんの部屋の鍵が出てきた。
・・・バタバタしてたら返し忘れてたー。
ゆかりさん、今頃は会社かな。忙しそうだし、多分帰りは遅いんだろうな。それでご飯とか何も用意してないんだろうな。
ただ鍵を返すだけというのもあれだし、せっかくだから、ちょっとだけ家事代行してみようかな。今日は大学もなくて暇だし。そう思いながらドアを開けた。
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