第29話 あれからの話だけど



ゆかりさんと数週間ぶりにメッセージのやりとりをした翌日の昼下がり。

食材を買い込んできた僕は、301号室のインターホンを緊張しながら押した。


「はーい」

「お久しぶりです。翔太です」

「あ、今開けるねー」



扉が開くと、少しだけぎこちない笑顔が見えた。



「いらっしゃいませ。」

「お久しぶりです。」

かしこまったやりとりが可笑しくて、二人して少し笑った。



ゆかりさんの部屋は、本や服はそれなりに片付いていて成長がみられた。

しかし、相変わらずリモコンやコップなどの小物が散らばっていて、それも含めて愛おしかった。


「片付けようとはしていたみたいですね。えらいです。」

「えっへん!」

「そんな誇るほどのことじゃないですけど」

「やっぱり?」


そうそうこの感じ。こうやって元の関係に戻っていけばいい。

いつものように料理をしながら、お互いのあの日から今日までのことを話す。



「あれから伸吾さんとは何かありましたか?」

「おかげさまで何もないよ」

「よかったです」


「そういえば、バイト始めたって言ってたけど、何のバイトしてるの?」

「飲食店の厨房です。大きい鍋で一気に大量に作るのとかが結構楽しいですね。」

「いいなー。今度食べに行ってもいい?」

「ぜひぜひ!」


「バイト仲間とは仲良くやれてる?」

「みんないい人ですよ。大学の同級生もいて、なんか友達になりました。」

「へー、よかったじゃん!友達いないって言ってたもんね」

「なんか向こうからすごいグイグイ来てビックリしたんですけどね。」

「ありがたい話じゃないの。よかったね」


「それで、その子に誘われて次の日曜に一緒に映画を観に行くことになりまして」

「え、友達って女子?」

「はい、まあ、そうですね。」

「スゴいじゃん!これは甘酸っぱい予感がしちゃうね!」

「いやいや、本当にただの友達ですから。」


そんな会話をしているうちにオムライスが完成した。今日は卵がいつもより良い形になったので多分良い日だ。


「はい、できました!今日は一緒に食べましょうか。」

「うん。じゃあいただきまーす。あ、美味しいね」

「よかったです。美味しいですね。」


料理を食べるゆかりさんに、いつもの笑顔が戻ってきた。

勝負をかけるなら今だ。


「そうだ、今度またどこか一緒に遊びにいきましょうよ。今度は僕がエスコートするんで。」

「え?」


急な話にびっくりしているゆかりさんに、さらに畳み掛ける。


「いや、前に一緒に出かけた時に、今度は翔太くんから誘ってって言ってたじゃないですか。」

「あぁ、そうだったね。じゃあ、いつにしようか」

「来週とかどうですか?」

「そうね。じゃあ週末空けとくね。」


ゆかりさんとまたデートができる。

その嬉しさと同時に、Xデーが来週末にはやってくるという緊張感も感じていた。



—ゆかりside—


翔太くんがどんどん変わっていく。

私はなにも変わらないのに。


猫背も直り、明るい声で女子の友達ができたと話す翔太くんが、心なしか遠い存在に思えた。


私は、友達みたいなフリをしているのが苦しくなりながら

、頑張って笑顔を作って、よかったじゃん、なんて言うのが精一杯だった。


翔太くんが私の部屋のキッチンに立つ姿をまた見れたこと、翔太くんに友達が増えたこと、春が来るかもしれないこと、全部を素直に喜べたらよかったのに。


翔太くんに遊びに誘われてすごく嬉しいはずなのに、結局バイト先の女の子との映画デートが先なのか、とか考え出すと寂しくなってしまう。


結局、翔太くんのことをその辺の男の子だって思えないから苦しい。

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