第2話

 ラグナは勇士になるために領主の館を目指していた。

勇士になるためには領主の許可が必要なのだ。

だが、許可と言っても難しい条件はなく、簡単なものだった。

勇士のような命の危険が伴う仕事はなり手が少なく、また、続けるのも簡単ではないからだ。

報酬は普通の仕事に比べると多いが、命の危険に見合うほどとは言い難い。

それでも、毎年、必ず志願する若者が数名居るのは、勇士が憧れの存在だからだ。

だが、大抵の者は遺跡領域でごくまれに手に入る夢のような宝に憧れを向けていて、

ラグナのように勇士そのものに憧れを抱いている者は稀だった。 

 そんなラグナの行く手を三人組の少年たちが遮った。

彼らはラグナの幼馴染で、一足先に勇士に志願してきた、その帰りだった。

「よう、ラグナ」

そう声を掛けてきたのはトナカイのベリングだった。

よほど勇士になれたのが嬉しいのか上機嫌な様子だ。

 ラグナは正直言って三人の事は好きではなかったし、かつて色々といざこざもあった。

いざこざの原因は色々あるが、その一つがラグナの容姿だった。

トナカイのベリング、ヒグマのホーン、ウサギのコーディ・・・彼らの姿はまさに獣人の出で立ちだ。

人と獣のちょうど中間といった姿をしている。

ベリングの手は蹄ではなく、人間と同じ五指があるし、皆、不自由なく二足歩行をしている。

しかし、ラグナは違う。

この世界に横行する「人に近い姿の者ほど尊い」という偏見は、子供たちに残酷に作用した。

そのためにラグナは昔から彼らに差別され、嘲笑を受け続けていた。

ラグナは彼らを無視して通り過ぎることも考えたが、すぐに思い直した。

これから先は同じ勇士になるのだ。命を預けることもあるかもしれない。

ラグナは思い切って返事を返した。出来るだけ愛想よくした。

「皆、勇士になったんだな。俺もこれから向かうところなんだ」

「ふーん・・・まさかと思ったけど、本当になる気だったのか」

ベリングから馬鹿にするような気配を感じたラグナは早くも後悔し始めていた。

だが、これからは事を荒立てずに済む立ち振る舞いも学ばなければならないと思い、穏便に立ち去ろうとした。

「ああ、昔からの憧れだったからな。それじゃ、またな」

そう言ってベリングの脇を通り過ぎようとしたラグナだったが、何かに足を取られて転んでしまった。

・・・その原因はベリングが手に持っていた槍の柄だった。

「ラグナ、いいだろ?この槍!西から来た商人から高値で買ったものだ。鎧も一緒に買ってもらったんだ」

ラグナは立ち上がってベリングをにらみつけた。

「自慢話だけなら素直に聞いてやっても良かったんだけどな」

「違うさ、ラグナ。忠告をしてやろうと言うんだよ。武器も鎧も無しに勇士になるなんて無謀だってな」

ベリングを加勢するようにヒグマのホーンが話に加わった。

「ベリング、無理を言うなよ。こいつんち、スゲー貧乏なんだぜ?」

ホーンも立派な鎧を着こんでいる。

更にウサギのコーディが口をはさんできた。

「そもそも、こいつのこの手じゃ武器持てないし!」

そうして三人は大声で笑った。

そんな中でラグナは彼らが笑い終わるのを静かに怒りを蓄積しながら耐えた。

そして、呟くように言った。

「もしかして、この先に何か恐ろしい怪物でもいるのか?」

「ああ?」

「勇士の許可を得るのにわざわざ鎧なんか着こんでるのは何でだ?って聞いてんだよ」

「そりゃ、お前、領主に認めてもらうためだろうが」

「ふん、違うね。パパに新しく買ってもらった鎧を早く着たくて仕方なかったんだろ?」

「おい、ラグナ、言っておくが容赦しないぞ?」

「先にケンカ売ったのはお前だろうが!」

怒りを爆発させたラグナがベリングの腹に向かって突進する。

ペンギンは走るのこそ遅いが、その瞬発力は意外と強い。

物覚えの悪いベリングはいつもそれを忘れてしまうのか、どてっぱらに思い切り頭突きを食らってあおむけに倒れてしまった。

「こいつ!」

「またやりやがった!」

ホーンとコーディが慌てる。

ラグナはベリングに馬乗りになり、怒りのままに(人の腕にあたる)フリッパーを振り下ろした。

そして、そのまま滅多打ちにした。それがベリングとのケンカの必勝パターンだった。

・・・しかし、今日はいつものようにはいかなかった。

ベリングに跳ね飛ばされたのだ。

鎧を着ているせいか、いつものようにダメージが与えられなかったためだ。

ホーンとコーディも鎧を着て、気が大きくなっているせいか、いつもよりも強気でラグナに殴りかかってくる。

三対一で袋叩きにあうラグナ。

ベリングが「このヨチヨチ野郎!いつも生意気なんだよ!」と言い、自慢の槍の柄で殴った。

それでベリングは気が済んだようだった。

「これで分かったか?勇士になろうなんて思うなよ。見てるとイラつくんだよ」

「・・・なんで俺が勇士になるとお前がイラつくんだよ」

 それはきっとベリングの羨望が原因だった。

何か一つの事に必死になったことのない彼はラグナを見て羨ましかったのだ。

そして、内心焦りを感じていて、苛立ちを募らせた。

その苛立ちをラグナに突っかかって憂さを晴らすことしか出来なかったのだ。

「うるせえ!お前は俺より弱いんだから俺の言うことを聞いとけばいいんだよ!」

「俺がお前より弱い?武器を使って、三人がかりで、やっとだろ!」

ラグナは立ち上がった。

ひどい頭痛がしてふらつきそうになったが、出来るだけ何事も無かったかのように立ち上がった。

闘志が漲っているようにも見せるために、目にも力を込めた。

「鎧を脱いで、武器を捨てて、一人でかかって来いよ。ベリング。いつものようにぶちのめしてやる!」

そう挑発するラグナ。

ベリングはその挑発に乗り「よーし、やってやるからな!」と叫んだ。

しかし、そんなベリングをホーンが諫めた。

「ベリング、まずいよ。これ以上やったら」

騒ぎを聞きつけて大人たちが集まってきたのだ。

勇士になったばかりの三人が一人を痛めつけているというのは、なんとも外聞が悪い。

しかも、三人とも鎧を着こんで武器まで持っているのに相手は丸腰なのだ。

冷静にそう判断していたのはホーンだけだった。

「ホーン、止めるな!やっちまえベリング!」と考えなしのコーディは煽る。

だが、野次馬が増えてくるとベリングにも状況が分かったようだった。

「ちっ、皆、行こうぜ」

ベリングがそう言うと二人はそれに従った。

ラグナは三人が見えなくなるまで、その背中を睨みつけた。

そして、野次馬も居なくなったのを見計らって、力尽きるようにばったりと倒れた。


「くそ・・・鎧・・・ほしいな。もし、それがあったら、きっと負けてなかった」

仰向けに倒れたままで、ラグナはそう呟いた。

倒れたままで回復を待つ間に色々と考えてみた。反省していたのだ。

考えていたのは、主に敗因についてだ。

そして、行きついた結論がそれだった。

 ラグナは領主の館に向かうのを止めた。

一旦、家に帰ることにしたのだ。

もしかしたら、家に何かあるかもしれない。

もちろん、まともな鎧なんか期待してはいない。鉄鍋とか、板とか、そういう代用品でもないかと思ったのだ。

なりふりなんか構っていられない。格好悪くたって勝てればいいのだ。

 ラグナは急いで家に帰り、灯りをつける。

エーテルランプが放つ灯りを頼りにラグナが家探しを始めると、すぐに誰かの声がした。

「ラグナ?」

誰も居ないと思っていた家の奥から突然響いた声に驚くラグナ。

声の主は祖母のトーナだった。

「ばあちゃん!?居たの?」

「・・・ああ、どうにも腰が痛くてね。休ませてもらってたんだよ」

ラグナの家は家族全員で仕事に出ている。

祖母も母親も兄弟たちも、まだ幼い弟たちでさえも過酷な労働に身をやつしている。

父親は何年か前に他界しており、生活は苦しい。

家族総ででいくら必死に働いても少しも良くなる事は無かった。

でも、もし、ラグナが勇士になれれば、だいぶ楽になるはずだ。

「灯り、つけたらいいのに」

「一人しかいないのに、エーテルがもったいないだろ」

・・・そんな遠慮のない生活をさせたい。とラグナは思いながら探し物を続けた。

無言のラグナにトーナは素朴な疑問をぶつける。

「ラグナの方こそ仕事は?」

「辞めた!勇士になろうと思ってるから。今日からおれは13歳だからさ」

トーナは声もなく驚いていた。

「アンタ、そんなこと一言もいっていなかったじゃないか」

反対されるに決まっていると思ったので、ラグナは誰にも言っていなかったのだ。

・・・少しの間、無言の時が流れ、そして、トーナは諦めたように言った。

「アンタは昔から無鉄砲だねえ。じいさんにそっくりだ」

「・・・じいさんに?おれが?」

「ああ、そうだよ。ちょっと待ってな」

トーナはそう言って奥に引っ込んでしまった。

「似てるのか、じいさんに、おれ・・・」

祖父も同じラグナという名だった。

ラグナの名は祖父からもらったものだ。

そんな由縁があるにも関わらず、ラグナは祖父の事を何も知らなかった。

トーナの口から祖父の事を聞いた事も無いし、以前、興味本位で聞いた事があったが、

その時もトーナは口をつぐんだ。家族の中でも祖父の話題はタブーのような扱いだった。

祖父の名が話題に上がると、誰よりもトーナが不機嫌になったものだ。

だから、ラグナは自分から進んで祖父の事を聞こうとしなかった。

だが、妙なことだが今日のトーナはどこか嬉しそうに見える。

その時、奥の方でガシャンと派手な音がした。

心配したラグナが「ばあちゃん?」と言いながら恐る恐る家の奥に向かうと、

そこには倒れたトーナが居た。

「ばあちゃん!!」

「あいたた、腰が痛いの忘れてた」

「何してるの・・・大丈夫?」

「あはは、アタシが腰が痛いのも忘れるくらいに浮かれちまうなんてね」

トーナの周りには鈍く銀色に光る何かが散乱していた。

「ばあちゃん、これ・・・」

「これはね、勇士だった爺さんが着てた鎧だよ」

その鎧は物置きの奥の方に隠すようにしまっていたようだった。

誰の目から隠そうとしていたのか分からないが、偽装した壁の奥にしまっている念の入りようだった。

「じいさんの鎧・・・?」

「何、ぼうっとしてるんだよ。さっさと着てみなよ」

トーナに促され、慣れない手つきで鎧を着るラグナ。

その様子を、トーナは嬉しそうに見ている。

ラグナが鎧を着終えると、トーはにんまりと笑いながらこう言った。

「・・・ぴったりじゃないか」

驚いたことに、それはペンギンのために作られた鎧だった。

鈍く銀色に光る頑強そうな金属で作られた、ペンギンの体を守るための鎧だ。

しかも、フリッパーを守る部分には刃が取り付けられていた。

フリッパーは、ラグナの手に当たる部分だ。

ラグナのフリッパーには手指がない。だから、武器を持つことが出来ない。

だから、槍を握りしめていたトナカイのベリングが羨ましくて憎らしかった。

だが、ラグナは武器を得た。

その刃は長くしまわれていたとは思えないほどに鋭利だった。それに、鎧もどこもきしむことも無く、滑らかに動いた。

少しほこりを払えば、新品と言っても、誰も疑わないであろう状態だった。

「死んだじいちゃんが勇士だったなんて、おれ、一度も聞いたことなかった・・・」

「そんな話はいいから、さっさと領主の所に行きな。勇士になるんだろ?」

「ばあちゃん、反対しないの?俺てっきり・・・」

「アンタ言っても聞かないだろ・・・アタシは無駄なことはしない主義なんだよ」

「・・・そっか」

「早く行きなって。勇士になりに行くんだろ?皆を驚かせてやんな」

「分かった!行ってくるよ!」

そう言ってラグナは家を飛び出した。

鎧を着て歩いていると、なんだか自分が強くなったような、すでに何か偉業を成し遂げた英雄のような気がしてくる。

暫く意気揚々と歩いていたが、すぐにあることに気が付いた。

自分がベリングたちと同じく、家から持ち出した鎧を着て領主の館を目指しているという事に。

「確かに今、誰かに鎧を馬鹿にされたら心底頭にくるだろうな・・・」

ラグナは言い過ぎたな。と反省し、いつか機会があれば謝りたいと思った。

しかし、反省の時間は極めて短く、すぐに俯いていた頭を持ち上げた。

「でも、あれはアイツも悪い!」

そう言って、ラグナは再び意気揚々と歩きだした。


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