第3話

 領主の館はその権威を象徴するがごとく集落の中でも、ひときわ大きい建物だ。

また、単なる住居ではなく集会場も兼ねており、今は宴の真っ最中だった。

先ほど帰ったばかりの勇士たちの無事を祝う宴だ。

ラグナが到着したころは宴は始まったばかりだったが、既に盛り上がりは最高潮だった。

ラグナは緊張した面持ちで、そんな中に入ってゆく。

 勇士たちは、無事に帰れたことを喜び、帰れなかった仲間を想って泣き、久しぶりの美味い酒と食事に夢中だったが、ラグナの存在に気が付くと、次第に皆の注目はラグナに集まっていった。

領主の館にペンギンが入ること自体が珍しい上、そのペンギンが鎧を着ているのが皆の目に奇異に映ったのだ。

「何しに来たんだ?ちびすけ」

酔っぱらったセイウチの老戦士がからかうように言ったが、ラグナは応えなかった。

緊張したラグナの耳には届かなかったのだ。

ラグナはぎこちない歩き方で広間の最奥に向かう。

ラグナの視線の先には、シロクマ族の男が居た。

彼こそがこの北の領土の領主であるバルドルだった。

バルドルは領主だけが座ることを許された椅子に腰かけ、とてつもない威圧感を発している。

威圧感の正体はラグナよりもはるかに大きな体だけが原因では無かった。

かつて歴戦の勇士だった彼は全盛期のような屈強さこそ失われていたが、その代わりに老獪さを得ており、その鋭い視線に現れていた。

それがラグナの身を竦ませていた。

「勇士になりにきました」

ラグナは兜に着いたバイザーをガチャンと持ち上げて、やっとのことでそう言った。

しかし、バルドルはラグナを一瞥すると、何事も無かったかのように酒を飲んだ。

ラグナは一瞬だけ向けられた視線に侮蔑のような、嘲りのような、何とも言えない嫌悪的な感情を感じた。

「・・・領主!ストナル・ロズロの息子、ラグナ・ロズロです。13歳になりました。おれも勇士になりたいんです」

ラグナは今度は出来るだけ丁寧にそう伝えた。

しかし、領主はまたも無言のままだった。

ラグナの胸の内で不安と怒りが大きくなってゆく。

その二つの感情のうち、不安の方が圧倒的に大きかった。

これは何かの試練なんだろうか?そんなことは聞いた事がなかったが、もしかしたら秘密の試練があるのかもしれない。

不安なせいか、様々な考えが浮かび、混乱しそうになる。

ラグナがめまいがしそうなほどに追い詰められたころ、ようやく領主が口を開いた。

「さっさと帰れ。せっかくの宴の邪魔だ」

その言葉に困惑するラグナ。

それはラグナだけではなかった。

後ろで様子を見ていた勇士たちから、ざわめいた声が聞こえたのだ。

やはり、勇士には誰でもなれるのだ。

そのはずなのに、勇士になりたいという希望を一蹴された事に、皆も困惑しているようだった。

「誰でも勇士になれるはずだ」

ラグナはようやくそう言った。

「それを決めるのは領主である私だ」

バルドルがラグナを睨みつけた。

その視線には今度は誰にもはっきりと分かるような嫌悪感が含まれていた。

「そんな、なんで・・・」

落胆するラグナが助けを求めるように振り返る。

しかし、誰もがラグナと視線を合わせないように目を逸らした。

それどころか「関わり合いになって損をしたくない」とばかりに、ラグナが来る前の宴の様相を取り戻してゆく。

バルドルもラグナから興味をなくしたように、彼を取り巻く部下たちとの会話に戻っていった。

大勢いるはずの大広間だというのに、ラグナは一人きりになったような気分だった。

・・・ふと、ラグナはクラッシュの事を思い出した。

彼なら自分の味方になってくれるに違いない。

でも、もし、彼が他と同じく自分を「見えない者」のように扱ったら・・・。

きっと、自分は耐えられないだろう。

想像もつかないくらいの絶望が待っているかもしれない。

そんな風になるくらいなら、このまま下を向いて、何も見ないようにして、ここを出て行った方が良いのではないか。

だが、そうやって迷っているうちに恐れているものは来た。

「おい、ラグナじゃないか。来てたのか」

その声はクラッシュだ。

どうやら席を外していて、今戻ってきたところのようだ。

 クラッシュはいつもと変わらずラグナに声を掛けてくれた。

ラグナはその事に心から安堵する。

酒のせいか、いつもよりも少しだけ機嫌が良さそうなクラッシュはラグナの傍にやってきた。

「もう、勇士にしてもらったのか?あれ?証の首飾りがないじゃないか・・・よーし、ちょっと待ってろ」

クラッシュはそう言って、ふらつきながら奥の部屋に行った。

そして、すぐに勇士の証である首飾りをその手に持って戻ってきた。

「ほら、これだ」

そう言って、茫然とするラグナの首にかけようとする。

そして、その寸前で止まった。

「いや、まて、いかん。これは俺の役目じゃなかった。父上、すみません。少し酒を飲みすぎたみたいで」

そうして首飾りをバルドルの元に持ってゆく。

バルドルは、それを呆れ顔で受け取った。

「息子よ。お前はこの場に居なくて知らなかったのだろうが、そのペンギンの若者の希望を聞くことは出来んのだ」

「なぜです?勇士は誰にだってなれるはずです。13歳になってさえいれば」

「そのペンギンはダメだ。考えても見ろ。あまりに弱い者は、まわりの者にも危険をもたらすとは思えんか?

私の役目は民を守ることだ。勇士たちの危険を軽減するだけでなく、若者を無謀な挑戦から守ることも職務に含まれている」

「なるほど・・・」

クラッシュは深くため息をついて、出来るだけ酔いを醒ました。

領主である父親に進言するために。

「それなら、私が彼をサポートしましょう」

「なぜ、そこまであのペンギンの肩を持つのだ?」

「父上はラグナを弱いと言いますが、彼はそれほど弱くない。私が保証します」

クラッシュがそう言うと、バルドルは押し黙った。

先ほど無関係を装った連中もクラッシュとバルドルのやり取りは興味深いらしく、聞き耳を立てている。

バルドルは、ちらりとそんな連中を一瞥し、さらに大広間を見渡した。

そして、諦めたようにため息をつくと「分かった。認めてやろう」と言った。

 それを聞いたクラッシュとラグナが喜ぶ。

しかし、それも束の間、すぐに水を差されることになる。

バルドルの言葉には続きがあったのだ。

「ただし、認めるのはそのペンギンを次の遠征に連れて行ってやることだけだ。そこで勇士たりえる資格が示すがいい。それまでこれは私が預かっておく」

そう言って、クラッシュから勇士の証をひったくった。

クラッシュは奪われた勇士の証を恨めしそうに見ていたが、大人しく従うことにした。

バルドルの言う通り、次の遠征で証明すればいい。きっと、ラグナならそれが出来るはずだと思ったからだ。

「わかりました。それでは・・・」

クラッシュがバルドルの元から去ろうとすると、その腕をバルドルが掴んで引き留めた。

そして、クラッシュの耳元で「あのペンギンのために死ぬことだけは許さん。貴様はこの私の跡継ぎなんだからな」と釘を刺した。

バルドルはクラッシュの手を離した後も「貴様は甘すぎる。それでは統治者は務まらん」と不満を口にした。

そして、その後もくどくどと小言を言い続けたので、クラッシュは目で合図をしてラグナにここを去るように促した。

ラグナも自分のせいでバルドルの気が変わってしまわないように、そそくさと館を後にした。


 ラグナが領主の館の外に出ると、クラッシュが後を追いかけてきた。

その手には二人分の酒杯が握られている。

「クラッシュ」

「おめでとう。ラグナ、夢が叶ったな」

「ありがとう。クラッシュのおかげだ」

ラグナはそう言いながらも、素直に喜べなかった。

何が心に引っかかっているのだろうか。

長年の夢が叶ったというのに。

勇士の証の首飾りがもらえなかったのは、確かに残念だったが、ラグナにとっては証はそれほど重要ではなかった。

誰かに認められたくて勇士を目指していたのではなかった。

では、何がそんなに自分にとって不満なのだろうか。

ラグナは、それが明らかにならない限り、クラッシュに対して気持ちの良い態度がとれないような気がした。

「どうした?浮かない顔だな」

クラッシュも意外なほど落ち込んでいるラグナを気遣い始めたようだ。

「父上の事か?」

「いや、そうじゃない、と・・・思う」

「それなら、何が気になってるんだ?まさか、遠征に行くのが怖くなったわけじゃないよな?」

「それはないよ」

そんなやり取りをしながら、ラグナは考えを巡らせていたが、ようやくその答えが浮かんできた。

そして、その疑問を素直にクラッシュにぶつけてみることにした。

「どうして、クラッシュはおれの事、そんなに助けてくれるんだ?」

それがラグナの気になっていたことだった。

幼いころに命を救ってくれたのは偶然だった。

しかし、その後も何かにつけて目を掛けてくれたし、今日も父親に歯向かってまで自分に助け船を出してくれた。

その理由が気になったのだ。

そう、クラッシュに対して後ろめたさのようなものを感じていたのだ。

「助けられたのは、これが初めてじゃない。なんで、そこまで・・・」

「初めて助けたのは、お前が凄く小さい時だったよな。あれは理由なんかない。単なる反射行動だ」

クラッシュは近くに手ごろな場所を見つけて腰を掛けた。

長い話になりそうだと思ったからだ。

「誰にも言うなよ」

そう前置きしてからクラッシュは語り始めた。

「俺はさ、落ち込むことがあるとお前の事を見に行くことにしてたんだ」

「え?なんで?」

「まあ、その、偶然とはいえ、自分が命を救ったやつが元気に過ごしているのを見ると、自信が取り戻せるって言うか・・・」

クラッシュは恥ずかしそうに言った。

ラグナは驚いていた。

まさかクラッシュにも落ち込むことがあるなんて思ってもいなかったからだ。

そして、やけにクラッシュと遭遇することが多かったのを思い出す。

あれはたまたま出会ったのではなく、クラッシュがわざわざ会いに来ていたのだと思うと合点がいく。

そうなると、その数だけクラッシュが落ち込んだのだと思うと、またそれにも驚いた。

集落で一番の勇士にそんなに悩みがあったなんて!

クラッシュは暫く気まずそうにしていたが、本題はこれから、と気を取り直した。

「・・・理由はともかく、俺はお前に何となく注目してたんだ。それでな、ある日、お前を湖で見たんだ。たしか十人近くの奴らと追いかけっこをしてた」

「・・・追いかけっこ?」

「そう、たしか春先だったと思う。湖の浅瀬で素早く泳いでいるお前を、他の連中が必死になって追っかけてた」

「・・・ああ!」

ラグナは思い出した。

あれは追いかけっこなんていう生易しいものではなかった。

ラグナを捕まえて痛めつけようとする連中から逃げていたのだ。

クラッシュからは遊んでいるように見えたのか、と思わず笑った。

「同じくらいの年の奴もいたけど、もっと年上の奴もいたよな。そいつらが寄ってたかって、お前ひとりに翻弄されていた。誰一人、触れることすら出来なかったんだ・・・その身のこなしに感心したんだ」

「そんなこと?それは、水の中だったから・・・」

「いや、本当に見事だった!」

嬉しそうに語るクラッシュにラグナは驚きながら悪い気はしなかった。

「そんな奴が俺と同じ勇士を目指しているって言うじゃないか。期待したくなるだろ。どんな勇士になるのかってさ」

ラグナは嬉しかった。

ただ、その言葉を完全に真に受けて浮かれるほど単純でもなかった。

だが、ラグナの中にくすぶっていた疑問や不満は消えていた。

「そんな風に思ってくれてるとは思ってなかった」

「浮かない顔しているから打ち明けたんだぜ。あー、恥ずかしかった」

「・・・ありがと、クラッシュ」

「おう!それじゃあ、乾杯しようぜ・・・あっ!」

クラッシュは持ってきた酒杯にストローが刺さっていないことに気が付いた。

これではペンギンのラグナには飲むことが出来ない。

「悪い、ちょっと戻って取ってくるからよ」

「いいんだ。クラッシュ、わざわざ取ってこなくたって。十分だよ。ありがとう」

「そうか・・・ところでその鎧、良い鎧だな」

「ああ!ありがと。じいさんの形見らしいんだ」

「そうか・・・あのさ、ラグナ・・・」

「なに?」

「今日は、父上がすまなかったな」

「う、うん・・・」

「領主のプレッシャーがあるとはいえ、あまりに失礼だった。父に代わって非礼を詫びるよ」

「いいさ、気にしてないから」

「普段は本当に聡明な父なんだ。尊敬してる。でも、やはり、領主には色々と考えなければならないことが多いらしくて・・・」

「そうかー・・・領主って大変なんだなー。勇士より偉いんだもんなー・・・」

「そうさ。この北の領土は食糧も乏しいし、暖を取るためにエーテルも大量に必要だし、外敵も多いからな・・・」

二人はそんな話で盛り上がり、宴の終わりの時間まで話し込んでしまった。

「もう、宴も終わりか・・・」

「そろそろ俺も帰るよ。家族が心配しているだろうし」

「そうか。気をつけて帰れよ。ラグナ、改めておめでとう」

「ありがと!クラッシュ」

ラグナは「それじゃ!」と言って歩き出した。

そして、しばらく歩くと振り返って「クラッシュ!いつか必ず恩返しするからな!」と言って再び歩き出した。

その後ろ姿を見守りながら、クラッシュは「頼むぜ」と言ってニヤリと笑った。

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