第4話
次の遠征までは、まだしばらく時間があった。
その間、ラグナの母親のヒルデは何とか息子が危険な遺跡領域に向かうのを止めるように説得を続けた。
「考え直す気はないの?」とヒルデが呆れながらに言う。
「エーテルランプがまた点かなくなった・・・勇士の報酬があれば、もっと明るくて丈夫なやつを買えるよ」
「それで死んでしまっては、元も子もないでしょ」と今度は苛立ちながら言った。
「死なないさ。じいさんの鎧があるから」
こんな風にラグナが聞く耳を持たないので、ヒルデも最後には諦めざるを得なかった。
兄弟たちの反応は様々だ。
一番上の兄のヨキはヒルデと一緒にラグナを諫めた(もちろん、ラグナはヒルデの時と同様に聞く耳を持たなかった)
弟たちは「すげー、兄ちゃん」と無邪気に憧れの眼差しを向けたり、「危ないんじゃないの?」と目を潤ませたりしていた。
祖母のトーナはというと「仲間から離れるんじゃないよ。じいさんは沢山の仲間に守られていたし、守っていたからね」と、
今までは語ることのなかった祖父の話の中でも、できるだけ、ラグナの教訓になりそうな話をしてくれた。
そして、遂に出発の日がやってきた。
見送りに来たヒルデは真剣な顔でこう言った。
「必ず帰ってきなさい」
そんなヒルデの言葉に対し、ラグナは母親の目をまっすぐ見て「分かった」と応えた。
ヒルデはその言葉を聞くと、堰を切ったように泣き出した。
祖母のトーナはそんなヒルデの背を撫でて慰めてながら「いってきな」と笑顔を見せた。
遠征団は総勢20名ほどの規模だった。
小柄なキツネを先頭に集落を出発する。
このキツネが遠征団のリーダーだった。
そのすぐ後ろにクラッシュたちが続き、ラグナやベリングのような新人たちは列の一番後ろにつかされた。
「ついて行くのがやっとみたいだな。ヨチヨチ野郎」
さっそくベリングがからかってきた。
ラグナは無視するが、歩くほかにやることがないのがよっぽど暇なのか、ベリングはしつこかった。
「あれ?勇士の証を持っていないやつがいるぞ?なんでだ?」
「まさか、お前のうちにペンギン用の鎧なんてもんがあるなんてな」
「金に困ったら、うちに持って来いよ。買い取ってやるからな。二束三文で」
「うちのパパにお前のじいさんの事聞いたら、そいつの名は出すな!なんて怒られたぜ。なにしたんだ?お前のじいさん、もしかして極悪人なんじゃないのか?」
これらの軽口をラグナは全て無視し続けた。
祖父の名が出たときは少しだけ興味をひかれたが、ラグナが応じることはなかった。
しばらく歩くとベリングの軽口も止まった。
慣れない道を鎧を着て歩くのは想像以上に大変なことだったからだ。
結局、最終的に皆の足を引っ張ったのはベリングだった。
ベリングの鎧は立派な全身鎧で、その重量によってベリングはばててしまったのだ。
槍を杖代わりにして、ホーンやコーディの助けを得て、隊列の数メートル後をついてくるのがやっとという状態だった。
ラグナも鎧を着て長い道のりを歩いたので、生まれて初めて体験するような疲労を感じていた。
だが、それと共に鎧の良さも感じていた。
(もしかして、これすごく良い鎧なんじゃないだろうか。歩くときに全然邪魔じゃないし、気のせいか普通の金属よりも軽い気がするぞ)
鎧の良さが何だか誇らしくて、歩く辛さはいくらか軽減されたような気がする。
(あれ?胸の所に不自然なくぼみが・・・)
その時、すぐ前を歩いていた1年先輩の勇士が「気を付けろ、ここからが遺跡領域だぞ」と教えてくれた。
ラグナが改めて周りを見渡してみると、景色が変わっていた。
見たことのない植物がたくさん生えていて、ラグナの集落の周辺とは明らかに生態系が異なっている。
こんなに植物が生い茂っているところは、北の領土のどこを探しても無いだろう。
危険さえなければ、住むのに最適な場所のように思えた。
「異世界に迷い込んだようだな・・・」
そんなラグナの独り言を聞いた誰かが「危険度も別物だからな。気を引き締めろ新人」と応えてくれた。
それを聞き、緊張感を高ぶらせて、必要以上にキョロキョロしながら歩いていたラグナだったが、今日の所は大きな危険もなく目的地に着いた。
到着した場所はエーテルの採掘場だった。
そこには採掘のための集団がすでに居て、エーテルの採掘を続けている。
採掘は交代制となっていて、今回の遠征団のメンバーの一部が交代要員として連れてこられていた。
そして、他のメンバーは遺跡領域の探索を行い、その帰りにエーテルを持ち帰るのがいつもの決まりだった。
ラグナが荷下ろしを手伝っていると遠征団のリーダーの姿が目に入った。
彼はキツネ族の男で名をフォッグといった。
ラグナは仕事をしながらフォッグの事を観察してみることにした。
彼の事は良く知らなかったが、リーダーをやっているくらいなので何か学べるところがあると思ったのだ。
フォッグは採掘メンバーに不在の間の様子を聞いていた。
「どうだ?新しい坑道は?」
「駄目ですね。」と採掘メンバーのウサギが応える。
「ちゃんとサボらず掘ってたのか?」
「ちゃんとやってましたよ。この辺りはもう掘り尽くしたってことじゃないんですか?」
「どうするんだ。冬を越せる分のエーテルがまだ足りてないんだぞ」
「・・・また、別の新しい坑道を掘ってはいますがね。過度な期待はして欲しくないですね」
ラグナがそんな様子を見ていると、その視線に気が付いたフォッグは「何見てんだ新人!」と怒鳴った。
ラグナは慌てて目を逸らして、仕事に専念していたが、暫くするとまたフォッグの怒鳴り声が聞こえてきた。
今度はどうやら別の者を怒鳴りつけているようだった。
「おい、そこ何している!?」
「ああ、クラッシュさんに古くなった道具について相談したんですが・・・」
「なんで、俺に相談しないんだ?アイツがリーダーか?違うだろ?それとも、あれか?俺はリーダーにふさわしくないか?」
「ああ、いや、そうじゃなくて、その、リーダーは忙しそうだったから・・・」
「黙れ!次はアイツじゃなくて、俺に相談しろ!分かったな」
フォッグは口答えしたイタチを蹴飛ばすと、文句を言いながら去っていった。
蹴られたイタチは「なんでクラッシュさんじゃなくて、あんな奴がリーダーなんだ・・・」と愚痴をこぼした。
すると、近くに居たウサギ族の男が「アイツは一番の古株だし、領主の言う事には絶対逆らわないからな」と言った。
「ふん、領主のオーダーを叶えてるのは、俺たちメンバーだってのにな」
「まったくだ」
ラグナはそれを耳にして、自分が憧れていた勇士にそんな性根の者がいるのかと驚いた。
しかも、まさか遠征団を束ねるリーダーに幻滅させられるとは思っていなかった。
ラグナはため息を一つついてから、気を取り直して、改めて周りを見渡してみた。
皆、自分の仕事に精を出している。
遺跡領域の拠点として、この採掘場を維持しようと働いている。
この拠点を守るための囲いを強化する者、武器を研ぐ者、掘った鉱石からエーテルを選別する者・・・。
その光景はラグナに再び勇士への憧れをよみがえらせるのに十分なものだった。
その時、ウサギのコーディがやってきた。
「おい、聞いたか?」
「何が?」
ラグナはそっけなく返事をした。
コーディはベリングと居るときは一緒になって敵意を向けてくるくせに、一人の時は別人のように気安く話しかけてくる。
その狡さのようなものが、ラグナには気に入らなかった。
だが、そんなラグナの気持ちを知りもせず、コーディは勝手に話し続けた。
「俺たち、ラッキーだぜ」
「何が?」
「今回、新しい領域探索をするらしい」
「本当か?」
ラグナはコーディに対する嫌悪感を忘れて、食い入るように話を聞いた。
ここ暫く新しい領域探索は行われていなかった。
新しい領域探索には大きな危険が伴うからだ。
しかし、領主の依頼を完遂するためには、新しいエーテルの坑道を発見する必要がある。
そのためにフォッグは危険を顧みず、領域探索を推し進めようとしていた。
そんな話し合いをコーディは盗み聞きしたようだった。
「クラッシュさんは危険だからって反対してたけど、他の奴はみんな行くのに賛成してたし、リーダーが息巻いていたから、たぶん実現するぜ?」
新しい領域探索では、手つかずの宝が手に入る可能性もある。
それも大多数の者を危険に駆り立てる理由だった。
「ベリングの槍よりもすごい武器が手に入ったら、アイツなんて言うかな・・・イヒヒ」
コーディもまだ見ぬ宝を想像しながらニヤニヤしていた。
クラッシュが反対するくらいだから、本当に危険なんだろう。
しかし、ラグナもニヤニヤが止まらない。
「知っているか?遺跡領域で見つけたエーテルはみんなで山分けだけど、アーティファクトは見つけた奴のモノなんだぜ?」
アーティファクトというのは、遺跡領域で稀に発見される不思議な力を持つ遺物のことだ。
誰が、いつ、どのような目的で作ったのか、どのような原理で動いているのかは分からない。
しかし、それは富や力など、とてつもない恩恵を与えてくれる。
更にワクワクするラグナ。
ラグナはその目で見たことはないが、旅人の話で何度も聞いた事があった。
その話の中で英雄たちは、不思議な力を持ったアーティファクトで夢のような冒険を繰り広げるのだ。
ラグナは自分が光を放つ剣を持って、ヒーローのように戦う自分の姿を想像した。
しかし、すぐに現実に戻り、剣など握るのに向いていない己の手を見て溜息をつく。
「凄い武器じゃなくても、金になる道具でもいいんだけどなあ・・・」
コーディもラグナと同じようなタイミングで溜息をつく。
二人だけではない、恐らく遠征団の誰もが似た様な想像をして、期待に胸を膨らませていた。
結局、クラッシュを含む、一部のベテランたちが反対したものの、新しいエリアの探索は断行された。
採掘場を出て数時間ほど歩けば、もうそこは未踏の地だった。
そこは鬱蒼としていて、見通しが悪く、どこに危険が潜んでいるか分からない。
全員が周囲を警戒し、武器を手に慎重に進む。
暫くして、斥候として先行していたウサギたちが慌ただしく戻ってきた。
「リーダー、この先は駄目だ。ヤツらがうじゃうじゃ居やがる」
「それじゃあ、迂回して別の道を・・・」
「全員で片っ端から他の道を探ってみたよ。だが、他に道はなさそうだ」
「そうか・・・突破できそうか?」
「無理だぜ。出来たとしても勇士が死ぬぜ。それも大量にだ」
その話し合いにクラッシュが加わった。
「具体的な敵の数は分かるか?」
「いや、アントがうじゃうじゃ、数えきれない」
「他には?」
「マンティスが・・・2,3匹・・・あるいはそれ以上」
それは遺跡領域を徘徊する昆虫の様なモノだった。
生き物なのか、機械なのかは分からないが、遺跡領域で何かしらの目的で活動し、侵入者を攻撃してくる。
アントは本来は戦闘用ではないらしく、戦闘力はそれほど高くはない。
しかし、数が多く、集まれば脅威である。
一方、マンティスは純粋に侵入者の排除を目的にしているらしく、アントとは比べものにならない戦闘力を有していた。
「マンティスと一対一で勝てる自信があるやつは居るか?」
クラッシュは皆にそう問いかけた。
クラッシュは不測の事態さえなければ、マンティスに後れを取ることはないと自負していたが、同じように感じているのは
他にセイウチの男ただ一人だった。
「だが、アントも居るんじゃ・・・」
最も古株で歴戦の勇士であるセイウチもそう言って自信がなさそうな顔をのぞかせる。
「やはり、この戦力じゃ心もとないな・・・。フォッグ、ここは態勢を整えるべきじゃないか?」
その提案に、フォッグは真っ向から反対した。
「ああ!?引き返すってのか?」
「もう少し戦力を強化すべきだ。それとも何か作戦を立てるとか・・・無策では・・・」
「領主がそれを許すかよ!もうすぐ冬だ!そうでなくてもエーテルが不足してる。もたもたしてたらリーダーの俺が何言われるか・・・」
「父上なら俺が説得する。まだ無謀な特攻をすべき時じゃない」
「七光りでいつまでも誤魔化せるかよ。作戦を決定するのは、この俺、リーダーである俺だ!」
フォッグがそう凄むと、クラッシュは顔色を変えた。
より真剣な表情でフォッグを睨み、毛を逆立たせた。
「な、なんだ、文句があるのか!?」
フォッグは必死に怯えを隠していたが、彼の尻尾は彼の恐怖を如実に表していた。
だが、すぐにクラッシュは息を吐き、冷静さを取り戻した。
「・・・バリー、他に道はないのか?本当に?」
名を呼ばれた斥候のウサギは、突然だったので驚きながらもクラッシュの質問に答えた。
「無い・・・とは言い切れないな。もう少し探ってみよう。ウサギの威信にかけてな」
「・・・そうか。ありがとうバリー。頼むよ。それでも駄目だったらリーダーの言う通り、ここを強行突破する。それでいいか?リーダー」
「・・・あ、ああ、それでいい。それで!」
クラッシュはこれ以上、仲間が死ぬのを見るのは嫌だった。
エーテルは確かに枯渇してきている。
確かに楽観できる状況ではないが、家には大量の備蓄があることもクラッシュは知っていた。
父である領主は、それを領民のために放出するつもりがないことも。
リーダーのフォッグも、それを知っているはずだ。
だから、もし、他に道がなくて、フォッグが勇士の命を犠牲にしようとするならば、
フォッグを殺してでも止めようとクラッシュは覚悟を決めた。
勇士の皆が、まだ行ったことのない道や、影に潜んでいる敵を探しながら歩いている中、
クラッシュだけは「覚悟を遂行するのに都合の良い場所」を探しながら歩いていた。
その表情はクラッシュ自身も想像しないほどに酷いものだったらしく、心配したラグナが顔を覗き込んできた。
「鬼気迫るって感じ」
「え・・・あ・・・?そんな顔してたか?」
「うん、仲間を守るぞ!って感じの迫力ある顔してた」
「・・・そうか」
「やっぱ勇士はそうじゃなくちゃね」
「・・・そうだな」
「いつか、おれもそんな風になりたい・・・と思ってる」
「そうだな。なれるさ、きっと」
「でも、今は役立たずだ」
「そんなことはない」
「いや、そうだよ。それでさ、おれ、一生懸命考えたんだ。・・・そしたら、見つけたんだ」
「見つけた?何を?」
ラグナはいつの間にか居なくなっていた。
だが、振り返れば直ぐに見つかった。
クラッシュが歩きながら上の空で話をしている間に、ラグナはある場所で立ち止まっていたのだ。
その視線の向こうには水場が広がっていた。
「お前、まさか」
「この水場の向こうに新しい道があるかもしれない。・・・もしかして、これが一番おれが役に立てる方法じゃない?」
「水の中にどんな敵が潜んでいるか分からないんだぞ?」
「でも、宝があるかも分からないんでしょ?」
「しかし、お前は新人だ。そんな無茶をさせるわけにはいかない」
「新人だけどおれも勇士だ。頼むよ、自分の特技を活かす方法を見つけたんだ。試させてほしい」
クラッシュは目を瞑り、眉間にしわを寄せた。
そして、無鉄砲な新人をどうやって説得するべきか、を考え始めた。
しかし、ラグナが次のようなことを言うと、考えを改めた。
「大丈夫だってクラッシュ。おれを信じてよ。おれは誰にも捕まらない!水の中なら」
その一言が決定打となった。
ラグナはクラッシュを納得させたのだ。
「・・・分かった。俺からリーダーに進言してみよう」
「やった!」
「だが、約束しろ、少しでも危険を感じたら、すぐに引き返すと」
「・・・分かった」
それはラグナとクラッシュにとって運命の分岐点だったに違いない。
もし、ラグナがこの提案をしていなかったら、クラッシュはその手を血で汚していただろう。
そしてラグナは何事もなく遠征を終えていただろう。
何事もないという事が良いことなのか、それとも悪いことなのか。
それは終わってみないと分からない事だった。
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