第5話

 クラッシュが事情を皆に伝え、遠征団の皆が見守る中、ラグナの作戦は決行することとなった。

フォッグは「水の中にエーテルが沈んでるとも思えんがなあ・・・」と、興味がなさそうな様子だったが、

勇士の中にはラグナの発想に感心する者もいた。

「でも、そういえば、誰も行ったことがない。盲点だったよな」

「そんなところ行こうなんて誰も思わないよ」

ざわつく勇士たちを制するように、クラッシュが言葉を発した。

「慎重に行けよラグナ。他の皆も武器を構えろ。何が起きるか分からないんだからな」

その言葉で勇士たちの緊張が高まる。

そんな中、ラグナは鎧を脱ぎ、静かに水に潜った。

 水の中は澄んでいて綺麗だった。

危険な領域に居る事を忘れそうになる幻想的な光景だった。

肌にひんやりと気持ちのいい清流。

陽光で緑に輝く水草。

水没した謎の建造物。

・・・思わず危険を忘れて、自由に泳ぎ回りたくなる。

しかし、すぐにクラッシュの顔を思い出して気を引き締めた。

できるだけ物陰に隠れながら、辺りを慎重に見渡す。

水の底に宝でも落ちていないかと期待していたが、さすがにそんなものは無かった。

張り切って来たはいいが、何を探せばよいか分からなくなって途方に暮れ始めた頃、それはラグナの目に飛び込んできた。

水の中の横穴だった。

確か、仲間が求めているのは「新しい坑道」だった。

それが頭の片隅にあったせいか、その横穴は鮮烈に目に映った。

ラグナはその横穴に迷いなく入っていく。

その横穴を進んでゆくと、ほどなくしてラグナは水面から顔を出すことになった。

「空気がある」

そこは広い空洞になっていた。

「・・・これ、エーテル、だよな」

ラグナは岩肌にほのかに光を放つエーテルを見つけた。

勇士たちが追い求め、ラグナ自身も喉から手が出るほど欲しいと思っているエーテルの結晶をあっさりと見つけたのだ。

本格的に掘れば、もっと沢山見つかるに違いない。

「やった、すごい、これ凄いぞ・・・あ!でも、この後どうすればいいんだ?」

狼狽えるラグナ。

そして、暗闇がラグナに恐ろしい妄想を抱かせる。

自分が敵に遭遇するなどして、皆にこの事を伝えることが出来ない、という妄想だ。

焦ったラグナは「と、とにかく戻って皆に知らせなきゃ」と今来た道を戻ろうとした。

しかし、皆、このことを信じてくれるだろうか。

何か証拠を持ち帰ろうとエーテルの結晶削り出そうとしたが、できなかった。

それに、もし削り出せたとしてもペンギンのフリッパーでは持ち帰るのも難しそうだ。

己の身を歯がゆく思っていると、洞窟の奥の方から物音がした。

ビクッと身を竦ませるラグナ。

その音に追い立てられるように、ラグナは元の道を駆け戻った。


 案の定、皆はラグナの言葉を信じなかった。

ラグナさえも未だに信じられないくらいなので、無理もない話だ。

なにせ話がうますぎる。その上、ラグナは新人で信頼がない。

しかも、遠征団の大半はウサギやクマなどの陸上生物が大半なのもあって、皆、水の中に入るのを躊躇していた。

「だったら、俺が一緒に行って見てこよう」

そう言ってくれたのはクラッシュだった。

クラッシュの言う事なら、皆も信じるに違いない。

それに証拠としてエーテルの結晶を削り出して、持ち帰ることも出来るかもしれない。

「ありがと。クラッシュ」

「礼は良いさ。実を言うと俺もお前を見て、泳ぎたい気分になったんだ」

クラッシュはそう言って笑うと、ラグナよりも先に水に入った。

慌てて後を追うラグナ。

そして、クラッシュを追い抜き、先行してクラッシュをあの横穴に案内する。

二人は横穴をまっすぐ最短距離で目指した。

そうすれば空気のある洞窟までそれほど距離は無く、クラッシュはもちろん、おそらく、泳ぎに慣れていない者でも問題なく到達できそうな距離だった。

「着いた。ここだよ」

「空気があるのは助かるな。おい、エーテルの光じゃないか。こんなに沢山!」

「気を付けて、奥に敵がいるかもしれない。さっき、怪しい音がしたんだ」

「大丈夫さ。もしそうなら、急いで逃げればいい」

「大丈夫かな・・・」

「安心しろって、今、エーテルランプをつけるから」

クラッシュが持ってきたエーテルランプの強力な明かりが洞窟の全貌を照らす。

「凄いぞ・・・見渡す限りのエーテルだ。お手柄だぞ」

「自分自身、今でも信じられないよ。まさか、こんなに上手くいくなんて」

「時にはこういうことがあるんだ。遺跡領域は」

まだ敵が潜んでいる可能性があるので、二人とも声を潜めながら喜び合った。

ラグナはまだ現実感が得られず、戸惑いながらだったが、クラッシュは興奮を抑えられないという様子だった。

二人はエーテルランプの光を頼りに、さらに奥へ進んだ。

仲間たちをここに誘う前に、ある程度の安全を確保しておくためだ。

暫く進むと、岩肌とは異なる質感のモノが光に照らされ、二人の前に現れた。

打ち捨てられるように落ちていたそれを見たクラッシュの興奮は最高潮を突破し、思わず歓声を上げた。

「見ろ!アーティファクトだぞ!」

すぐさま口を押えるクラッシュ。

息を潜め、辺りを警戒する。

しかし、暫く待っても静寂は続き、敵が現れることは無かった。

それは、この場所が安全であることの証拠となった。


 発見したアーティファクトは、腕に装着するガントレットタイプのアーティファクトだった。

先端に金属の刃が付いており、エーテルを充填させることで駆動するようだった。

「おそらく、ここからエーテルを入れるんだろう」

過去にアーティファクトを見たことのあるクラッシュが、実際に腕に装着して調べてみる。

ラグナは食い入るように、それを見ていた。

「そうすると、どうなるの?」

「たぶんだが、この先端の金属の刃が高速で回転するんじゃないのか」

刃の部分を反対の手で触ってみると、確かに回転するようだった。

「固くて鋭い刃だ・・・これなら硬い岩盤も砕けるだろう。採掘に使うアーティファクトだな。これは」

「でも、戦いにも使えそうだ」

「そうだな」とクラッシュはニヤリと笑った。

 ラグナとクラッシュは、そのアーティファクトとエーテルの結晶を持って皆の元に戻った。

その証拠を前にしては、誰もラグナの功績を疑うことは出来なかった。

なによりクラッシュの事を疑う者など遠征団にはいなかった。

「リーダー、さっそく採掘隊を呼びに行こう」

「お、おお」

リーダーの承諾を得たクラッシュは皆に号令を発する。

「皆、行くぞ。採掘隊の連中も呼んで総出で掘ろう!もしかしたら、まだアーティファクトも眠ってるかもしれないぞ!」

「おぉ!」

皆が歓声を上げ、我先にと走り出す。

それを見送りながらクラッシュはラグナに話しかけた。

「これを見つけたのはお前だラグナ。だから、これはお前のモノだ」

アーティファクトは先に見つけた者に権利がある。

実際、これを目にしたのは同時だが、ラグナが居なければ見つからなかったものだ。

クラッシュはラグナにこそ権利があると思ったのだ。

だが、ラグナはその申し出を断った。

「おれは、それ持てないから。クラッシュにあげるよ」

「いいのか!?金に換えることも出来るんだぞ。そうだ、俺が買い取ろうか?すぐには払えないけど、なんとか・・・」

「いいって!クラッシュがおれを信じて、一緒に来てくれたからだろ?それが手に入ったのは」

「ほんとにいいのか・・・?」

「もちろん」

「恩に着るよ。ラグナ!」

「違うよ、これは恩返しだ!それもまだ全部じゃない。もっとあるよ。期待してて」

命の恩人のクラッシュに恩返しができた。

勇士になれたのもクラッシュのおかげだ。その恩だってある。

それを少しでも返せたようで、ラグナは嬉しかった。

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