第6話
それから遠征団の皆にとって忙しい日々が始まった。
ラグナにとっても充実した日々だった。
ラグナは水の中の横穴に皆を案内する役目を担った。
中には泳ぎが苦手な奴もいるので、そんな彼らを無事に発掘現場まで送り届ける重要な役目だ。
特にベリングを助けるのは大変だった。鎧を脱ぐのを嫌がって、鎧のまま水に入ったものだから溺れたのだ。
だが、ラグナにとって、それらは苦ではなかった。
それ以上に充実していた。憎い相手のベリングを助けるときでさえ、ラグナは悪い気分ではなかった。
遠征団の面々も発掘は完全に順調という訳ではなかった。
時折、敵が現れて妨害してきたのだ。
しかし、意欲に溢れ、士気の高い勇士たちの前に、ことごとく粉砕された。
「・・・もうじき帰還だなぁ」
ラグナにそう声を掛けてきたのは、ベテラン勇士のセイウチだった。
彼は泳ぐのが苦手で、何度かラグナの世話になるうちに、すっかり打ち解けたのだった。
「あー疲れた。もう限界だ。酒飲みたい。家族に会いたい!」
セイウチはそう言って笑った。
掘れば掘るほどエーテルが出てきて、仕事が着実な成果となって返ってくる充実した日々だったが、やはり発掘作業は楽ではない。
勇士たちの気力や体力を鑑みて、クラッシュの提案により、あと数日で集落に帰還することとなっていた。
ラグナも帰ってからの事を想像する。
家族は自分が手柄を立てたことを聞いたら、どんな反応をするだろうか。
喜ぶだろうか。
最初は半信半疑かもしれない。
でも、報酬を見たら信じるに違いない。
報酬がどれほどもらえるか分からないが、自分は功労者なのだから、きっと沢山もらえるだろう。
どのくらいだろうか。想像もつかない。
「家族、会いたいっすね」
「そのためにも、気を引き締めないとな。最後まで何が起きるか分からないのが遺跡領域だからな」
ベテラン勇士のセイウチは新人のラグナにそう言った。
散々新人の前で泳げないことで格好の悪いところを見せたので、少しでも取り繕うとしたのだ。
ラグナはベテランの助言を素直に聞くことにした。
水の中で敵に襲われたことはないが、この先も安全とは限らないのだ。
・・・だが、この遠征では水中の脅威には襲われなかった。
そして、大きな犠牲も無く遠征団は帰還を果たした。
勇士たちが戻ると、近年まれにみる大きな成果に集落全体が沸き立った。
荷台に溢れんばかりのエーテルに目を丸くする住民たち。
そして、滅多に目にすることがないアーティファクトに目を輝かせる子供たち。
勇士たちは、まるでパレードのように住民たちに見送られながら領主の館に向かった。
住民たちからの称賛に満足した勇士たちが、次に考えるのは報酬の事だった。
皆、今回の報酬は今までにないほどの額になるだろうと期待せざるを得ない。
その期待を裏付けるように、遠征団を出迎えた領主の機嫌はよく、今までに見たことがないほどだった。
「まずは宴だ。宝の分配や報酬の事はそれからにしよう」
領主であるバルドルは上機嫌のまま、勇士たちに酒やごちそうを振舞った。
クラッシュはその様子を冷めた目で眺めていた。
宴は良い・・・勇士たちを美食で労うのは良い事だ。
だが、報酬の話をする前に酒で酔わせて、うやむやにしてしまおうという父親の狙いをクラッシュは知っていたからだ。
これがいつもの父親の手法だし、それが自分の父親なのだ。
だが、まあ、宴は嫌いではないし、そういう父親の老獪なところを、ある部分では認めていた。
「皆!こいつを見てくれ」
クラッシュは手に入れたばかりのアーティファクトを高く掲げた。
細かいことを気にするのは止めて、宴に興じることにしたのだ。
「このアーティファクトは、こいつのおかげで見つけたんだ!」
そう言って、アーティファクトを装着していない方の腕でラグナを掲げ、アーティファクトと一緒に並べて見せた。
ラグナは照れくさそうにしているが、悪い気はしていないようだ。
嘴がにやけている。
「クラッシュ!動いているところ見せてくれよ!」
誰かのリクエストにクラッシュは快く応じた。
クラッシュのアーティファクトにはエーテルを装填する口があった。
そこにエーテルを入れれば装置が駆動し、先端の刃がドリルのように高速回転するのだ。
しかも、精製していないエーテル鉱石を入れたとしても、勝手にエネルギーを抽出してくれるように出来ていた。
「おぉー!」
クラッシュがアーティファクトを駆動させるたびに歓声は上がった。
人垣ができて、誰も彼もがもっと近くで見たいと殺到した。
皆の興奮はいつまで経っても冷めやらなかった。
むしろ、酒の酔いのせいで右肩上がりにテンションが上がっていった。
キリがないと見たクラッシュは、アーティファクトを外した。
「おい、クラッシュー、もっと見せてくれよー」という勇士の仲間たちをなだめながら、
クラッシュはラグナを連れ立って領主であるバルドルの元に向かった。
「父上、ラグナは十分、勇士の資格を証明した。違いますか?」
クラッシュはラグナに勇士の証である首飾りを、今こそバルドルの手から授与させようと図ったのである。
バルドルは面白くなさそうな表情を見せていたが、この状況では認めざるを得ないようだった。
「ああ、お前の見る目は確かだったようだ」
バルドルは面白くなさそうに、勇士の証をクラッシュに向かって投げた。
そして、お前が渡してやれ、と目配せをした。
クラッシュは、少し残念そうにしたが、すぐに気を取り直してラグナに勇士の証を授与した。
周りから歓声が上がる。
ラグナもクラッシュに勇士の証を首にかけてもらえたのは、むしろ良かったと思った。
そうして、ラグナはようやく正式な勇士として認められた。
そんなラグナを祝うために勇士たちが集まってきた。
その中には幼馴染のベリング、ホーン、コーディたちも含まれていた。
「水の中での事だけどよ・・・助けられた、礼・・・言ってなかったよな。ありがとよ」
ベリングはホーンとコーディたちに促される形で、ラグナに礼と祝いの言葉を持ってきたようだった。
「今回の手柄は祝ってやるけどな!俺だって、この後、お前よりもすごい手柄を立てるんだからな!」
ラグナも今までのわだかまりを捨て、素直に彼らの言葉を受け入れることにした。
「そしたら、またお前よりもすごい手柄を立ててやる。張り合いがあるように頑張ってくれよ?」
「なんだと!やっぱりお前は生意気だ!このヨチヨチ野郎め!」
結局、喧嘩のようになってしまった。
酒のせいもあって、荒っぽい言葉の応酬になってしまったが、以前のように気分の悪いものではなく、
むしろ、その言い合いが楽しくて仕方ないくらいだった。
フォッグはその様子をつまらなそうに見ていた。
リーダーである自分に称賛の声を向ける者が居ないことに憤りを感じながら、自分で注いだ酒を呷っていた。
そうしていると、同じようにラグナを見ているものの視線に気が付いた。
その視線の主はバルドルだった。
その視線にはフォッグとは比べ物にならないほどの負の感情が込められていた。
憎しみが込められているように見える。
何となく気になったフォッグは酒瓶を片手にバルドルの元に向かった。
「どうしたんですか?」
バルドルは暫くフォッグの事を無視していたが、気が変わったのか、フォッグをじろりと見ながら声を発した。
「・・・私はペンギンが嫌いだ。虫唾が走る」
「へえ、領主のペンギン嫌いは、昔からですからね。俺も、あんまり好きになれないって言うか・・・」
「ところで、お前は何でここに居る?」
「・・・いや、なんでって、その・・・領主の酒杯が空いているようなら、お注ぎしようと・・・」
「お前は遠征団のリーダーだ。もっとも称賛されるべきじゃないのか?」
「いや、そりゃあ、そうですかね」
「だが、称賛の輪の中心にいるのは、あのペンギンだ。どう思う?」
「いや、そりゃあ、面白くはないですがね・・・」
領主は酒を自分で注ぎ、うんざりしたような顔でフォッグを見た。
「遠征団のリーダーを替えろという者がいる」
「ええ!?」
「クラッシュにしろと」
フォッグは口ごもった。
文句を言いたいが反論できない。
いつか来るべきだった時が来たとさえ思える。
それが何よりも口惜しい。自分自身が仕方ないと納得していることが悔しい。
「だが、私はお前の忠誠心を知っている」
バルドルの言葉はフォッグにとって意外なものだった。
目をぱちくりさせながら領主を見るフォッグ。
「そうだろう。そうだとも」
バルドルは人が変わったかのように、にこやかな顔を見せた。
そして、フォッグの両肩を掴み、顔を近づけて、こう言った。
「あの目障りなペンギンを殺せ。それが出来たら、お前をもっと良い地位にしてやってもいい」
フォッグは後ずさりをしようとしたが、両肩を掴まれて一歩も逃げられなかった。
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