第7話
勇士たちは一週間ほどの休暇を経て、再び遠征に駆り出されることになった。
いつもよりも短い休暇だったが、文句を言う者は居なかった。
前回の遠征の報酬が良かったからだ。
それもラグナが見つけた例の洞窟のおかげだった。
大量に採掘したエーテルのおかげで皆の報酬にもいくらか色がついたのだ。
それに、あの洞窟にはまだ掘り切れていないエーテルが残っており、今回の遠征もより沢山の報酬が期待できた。
前回の遠征の時、ラグナは名もなき新人だったが、今ではすっかり一目置かれていた。
「よう!次も頼むぜ、ラグナ!」
「今度、泳ぎのコツを教えてくれよ!ついでにエーテルの掘れる洞窟の見つけ方もな!」
先輩の勇士たちがそんな感じで気軽に声を掛けてくれる。
ラグナは以前まで働いていた場所でも、そんな扱いを受けたことは無かったので戸惑っていた。
戸惑いながらも、浮かれていた。
ベリングたちは遠巻きにそんなラグナの様子を見ていた。
彼らは相変わらず新人として粗雑な扱いを受けており、ラグナだけ特別扱いされているのは面白くないようだ。
ラグナはその視線に気が付いていた。
不愉快さを感じてはいたが、それよりも皆が声を掛けてくれることが嬉しくて、気にならなかった。
しかし、不愉快な視線はベリングたちからのみならず、別の者からも注がれていた。
その視線の主はフォッグだった。
ラグナは彼から向けられていた不気味な視線についてもっと注意を払うべきだったが、今のラグナには無理からぬことだった。
遠征団は再び、遺跡領域でエーテルの採掘に勤しんだ。
目的地までの道のりも平穏無事だったし、例の洞窟からは相変わらず多くのエーテルが採掘できた。
全てが順調だった。
勇信たちの表情も明るかった。それも当然だ。
ついこの間まで、掘っても掘ってもエーテルが見つからない不毛な労働を強いられていたのだ。
それに比べると、同じ動作、同じ仕事でもその意味合いが違ってくる。
今は誰もが喜びを伴いながら体を動かしていた。
そんな中、ラグナは水中の警護の仕事に従事していた。
まだ、水の中は安全と決まったわけではない。
それに泳ぎが得意ではない者も居る。
そんな水中を移動する仲間をサポートしたり、危険が迫った時には仲間に知らせるという仕事を仰せつかったのだ。
そんなラグナにとっても充実した日々が続いたある日の事だった。
ラグナにフォッグが声を掛けた。
それは、もうすぐ採掘したエーテルが荷台にいっぱいになり、そろそろ集落に帰還しようか、という話が出始めた頃だった。
「あー・・・ラグナ、君に頼みたいことがあるんだが」
「おれ、ですか?ここの仕事は・・・?」
「いいんだ。それはアシカ共に任せておけば。それよりも、こっちに来てほしいんだけど」
ラグナは不穏な空気を感じ取って、水中に入るために鎧を脱ごうとしていた手を止めた。
「え?どこですか?」
「いいから!」
苛立つフォッグに、ラグナは更に不信感を募らせる。
それを感じ取ったのか、フォッグは態度を改めた。
「あー・・・その、なんだ、まだ見ぬ宝に興味はないかね?」
「なくは、ないですけど・・・」
「そうか!実は、俺が前から目をつけている場所があってね。そこに案内したいと思うんだ」
「なんで、俺に?」
「それは水場の向こうにあるんだよ。私が知っている秘密の場所を教えるから、君に取って来てほしい。もちろん山分けだ」
「・・・二人で?」
「そうだ。だって、分け前が減るからね!」
ラグナは正直まだフォッグの事が信じられなかった。
だが、宝という言葉に惹かれているのも事実だった。
「アーティファクトもあるかもしれない。クラッシュの奴よりずっと凄くて、君にぴったりなやつが」
宝よりもアーティファクトという言葉の方が、より具体的な魅力を持っていた。
ラグナの中で警戒心よりも興味の方が大きくなる。
「危なくないですか?二人だけじゃ・・・」
「危険を冒さずに栄光は得られないと思わないかね?」
確かに・・・ラグナはそう思い始めていた。
「それとも、ここでの仕事の方が大事かね?」
水中で皆を護衛する仕事も、最近ではそれほど価値を見出せなくなっていた。
水中の脅威は、今のところベリングが溺れかけたこと以外には無く、だんだんと皆も水中の移動に慣れてきたからだ。
この辺りで新しい功績を上げなければ、ラグナはまた勇士たちのお荷物に戻ってしまうかもしれない。
そういう不安があった。
だけど、そういう不安を打ち払えるようばアーティファクトがもしも、あったなら!
「・・・行きます」
ラグナはそう答えた。
フォッグと出会って日が浅く、彼をよく知らず、そして、彼が領主から受けた密命も知らないラグナは彼を十分に疑うことが出来なかった。
フォッグの案内する道のりは、ラグナが思っていたよりも遠かった。
ラグナが元来た道を見失い始めた頃、フォッグは話し始めた。
「ところでラグナくん、私が遠征団のリーダーになれたのは何でだと思う?」
「さあ、経験・・・ですかね」
「半分は当りだ。ほとんどの勇士は経験を積む前に死ぬからねえ。私は誰よりもこの仕事が長いんだよ。それはつまり、誰よりも生き延びてきたということだ」
危険を冒さず、ときには他人を踏み台にしてフォッグは生き延びてきた。
「だけど、長く続けるなんて、誰にも誇れない。そう思わないかね?」
「そんなことはない、と思いますけど。正直、凄いと思います」
「・・・そうかね。それは嬉しいね。けど、私はさっさと勇士なんて引退したいんだよ」
「勇士なんて」という言葉に若干の反感を覚えるラグナ。
それに、リーダーが新人にする話じゃないな。とも思った。
「さて、私には生き延びるための特技があってね」
「特技?」
「そう、鼻が利く、っていうのかな。ヤバい場所とそうでない場所を嗅ぎ分ける、みたいな感じの特技がね」
そう言い始めたあたりからフォッグが早足になってゆく。
「いやあ、ここはヤバい。凄くヤバい。私の鼻がそう言っている。早く立ち去らなければ」
「ちょ、ちょっと待って、リーダー!ちょ、フォッグさん?」
ラグナは焦ってフォッグを追いかけるが、徐々に彼との距離は離れてゆく。
「いやあ、私にしては冒険だったよ。初めてかもしれないな。これほど我が身を危険にさらしたのは!」
その言葉を最後にフォッグの姿は消えてなくなった。
「おい!待て!待てよ!」
必死にフォッグの姿を探して走り回るラグナ。
だが、どこにも彼の姿は見つけられなかった。
それどころか冷静さを一気に失ったためか、そうしているうちに元の場所の方向さえも見失ってしまった。
「・・・え、いや、本当に?」
ここはヤバい。
ラグナはそう感じた。
長年の経験なんてなくても分かる。ここはヤバい。
そこかしこから何者かの気配を感じる。明らかに風の音とは思えない物音もする。
ラグナは走った。
かつてないほどに真剣に走った。
走りながら、何者かの気配がどんどん迫ってくるのを感じる。
いくら必死に走っても、それを振り払うことは出来なかった。
それどころか気配は増え、集まってくる、包囲が狭まってゆく感じがする。
・・・それは、ラグナの気のせいなのかもしれない。
知らない銛に一人、置き去りにされた恐怖のせいでそう思っているだけなのかもしれない。
そう思ったラグナは足を止めた。
「気のせいだ。きっと、そうだ」
静寂が辺りを包んだ。
「・・・ほら、やっぱり気のせい」
その時、決定的な証拠がラグナの目の前に現れた。
茂みから敵が現れたのだ。
ラグナの危機察知能力は正しかったのだ。
「うわ、でた!やっぱり!」
目の前に現れたのは、アントと呼ばれる、蟻のような小型の敵だった。
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