第8話

 アントは幼いころにラグナを襲ったのと同型の敵だ。

頭部はアリのモノだが、その体は人間に近い。

獣人たちが獣と人の間の姿であるように、アントはアリと人間の中間のような姿をしていた。

そして、アントはどこか機械的で無機質だ。

ラグナに向かって何も言わずにジリジリと歩み寄ってくる。

その様子からは、とても話が通じそうにない。

 あの時はクラッシュがラグナを庇ってくれたが、今は誰も庇ってはくれない。

今、ラグナの目に映っているアントの数は三体だったが、その背後にもっと多くの気配を感じる。

自分の勘の正しさは、今、実証されたばかりだ。

もっと多くの敵が集まりつつあるという直感もきっと正しいのだろう。

「・・・戦うしかない」

ラグナは逃げるという選択肢を捨て、戦って包囲を突破するという覚悟を決めた。

「もうおれは、あの時のおれじゃない。勇士なんだ!じいさんの鎧だってある!!」

ラグナは先頭のアントに向かって突進した。

アントはラグナよりも一回り大きいくらいだったので、体当たりで簡単に吹き飛ばすことが出来た。

そして、ラグナはすぐに横倒しになっているアントに馬乗りになってフリッパーを振り下ろす。

刃で覆われているフリッパーはアントに深々と刺さり、二度三度と振り下ろすとアントは動かなくなった。

「いけるぞ!」

 ラグナは他の二体も同じ要領で倒すことにした。

だが、残りの二体を倒すのは、最初に一体ほどは簡単ではなかった。

アントたちも最初は様子見だった。最初の一体を使ってラグナの動きや戦闘能力を測っていたのだ。

ラグナの戦闘力を測り終えた、残り二体のアントたちは連携してラグナに対抗した。

 二体同時を相手にした戦いは、一体だけの時よりも段違いに苦戦した。

それに、鎧を着たままの戦いは初めてだったので、体力の消費も大きかった。

それでも、何とかラグナは二体のアントをようやく破壊した。

「やった、やったぞ!おれでも敵を倒せるんだ!おれは勇士だ。おれは勇士だあ!」

 自分の祖父もこうやって遺跡領域で奮闘したに違いない。

気分は高揚し、多少の傷も気にならないほどだった。

今までにないくらい勇士であることの実感を感じていた。

・・・その時、茂みから新手が現れた。

戦いの構えを取るラグナだったが、すぐにそれを解いた。

ぞろぞろと、十体以上のアントが現れたからだ。

・・・更にその奥に何者か別の大きな影も見える。

勝利して得た高揚感が、恐怖によってあっという間に冷めてゆく。

「これは・・・駄目だ!逃げよう!」

ラグナは走り出した。

実は戦っている最中に逃げる算段を見出していた。

少し離れた場所から水音が聞こえていたのだ。

水の中なら誰も自分を捕まえられないはずだ。

問題は水場まで自分が持つか、という問題だった。

既に息は切れ、上手く走れない。

敵は徐々に自分との距離を詰めている。

ラグナはもう少し捕まりそうなギリギリのところで必死に走った。

そして、敵に捕まる寸前で水場に到着した。

「間に合ったぁ!」

躊躇なく水面に向かって飛ぶラグナ。

(ああ、でも、この水場が泳ぐのに十分な深さが無かったら、詰むなぁ)

着水するまでのわずかな時間に最悪の想像をするラグナだったが、幸運は彼に味方した。

ドボンという着水音が鳴り、深さが十分にある水の中にラグナは居た。

アントたちは、水に逃れたラグナを岸で立ち尽くしながら見ている。

「逃げきってやったぞ!来れるもんなら来てみろ!」

ラグナがそう言って笑う。

無機質なアントたちには挑発に乗るという概念はなさそうだが、まるでそうするかのように次々と水の中に入ってきた。

「追ってくるのかよ!」

アントたちに泳ぐことは出来なかったが、水底を歩くことが出来た。

無機質にラグナを追い詰めろという命令を、ただただ遂行しているようだった。

アントたちが追ってきたときは、ぎょっとしたラグナだったが、すぐに平常心を取り戻した。

アントたちの速度は地上に居た頃と比べると断然遅く、ラグナの方は水の中では圧倒的に速いからだ。

鎧を着たまま泳ぐのは初めてだったので、不安だったが、鎧はそれも考慮した設計になっているのか、それほどは邪魔にならなかった。

しかし、散々走った後だったし、鎧の重さは確かにラグナの体力を奪っていた。

「なんとか、皆の・・・いや、クラッシュの所に戻らないと・・・」

あちこちを泳ぎながら、何とか帰り道を探していると、嫌なものがラグナの視界に入った。

得体のしれないものが見えたのだ。

ずっと、水の中では自分以外の者を見かけなかったので、ラグナは遺跡領域の水の中は自分の領域だと勘違いをしてしまっていたが、

そんなはずは無かったのだ。

それは、悠々と泳ぎながらラグナに接近してきた。

しかも、向こうがラグナを発見してからは加速しているように見える。

そいつは大きなタガメのような姿をしていた。

そいつが勇士たちからレソケラスと呼ばれ、恐れられていることをラグナは知らなかったが、

アントたちと同じく、ラグナに害をなす存在であることはラグナにも分かった。

 レソケラスは鎌のような前足を展開し、獲物であるラグナを狙って追いかけてくる。

普段の万全なラグナだったら、難なく逃れられただろう。

しかし、すでに体力は限界に近かったし、泳げるように設計されいてたとしても鎧を着たまま泳ぐのは容易なことではなかった。

水の中で追い詰められたラグナが逃れる場所は、もはや地上にしかなかった。

水から出て、地上であおむけに倒れるラグナ。

何とか息を整え、体力を回復しようと努める。

そのラグナの荒い呼吸音は、またも敵を引き寄せた。

複数のアントたちが、またラグナの目の前に現れたのだ。

水の中にはレソケラス。地上にはアント。ラグナにはもう逃げ場がなかった。

ラグナは上体を起こし、最後まで抵抗をしようとする。

「どこに行ってもいるじゃん。どこに逃げても追ってくるし、なんなんだよお前ら」

アントたちは答えない。

無機質に命令を実行するだけだ。

その命令とはラグナを殺すことだ。

アントたちはラグナの元に殺到し、体当たりでラグナを押し倒した。

そして、ラグナを押さえつけた。

「ちょっと、やめろ!離せって、気持ち悪いぞ、お前ら!」

必死に抵抗するラグナだったが、思うように力が入らない。

それに、すでに数匹のアントに押さえつけられていて、もし、ラグナが全快状態だったとしても身動きは取れないであろう状態となっていた。

ラグナの体から力が抜けてゆく。

消耗と諦めがラグナから最後の力も奪い取ってしまった。

絶体絶命の状況でラグナは覚悟を決めざるを得なかった。

・・・すべてを諦めたラグナが最後にしたのは、アントたちから目を逸すことだった。

せめて、とどめの瞬間からは目を逸らしたかったのだ。

その逸らした視線の先に、ラグナは奇妙なものを見ていた。

 それは大木が地面に落とした影だった。

何の変哲もない影だったが、何かが蠢いている。

遠くで蠢いていたそれは、ラグナに気が付いたかのように影の中を「泳いで」急速にこちらに近づいてきた。

そして、木の影から、アントたちの影に移った。

まるでトビウオのように飛び移ったのだ。一瞬、影から全身を現したが素早すぎて、その者の正体は分からなかった。

 その間にもアントたちは、ラグナにとどめを刺そうとしていた。

むしろ、その行為を終えようとしていた。

先端が鋭利に尖った手をラグナに突き刺そうと振り下ろしていたところだった。

・・・その先端は鎧の隙間を狙い、ラグナの柔らかい肉を刺し貫く筈だった。

しかし、ラグナの背後に落ちていた影から延びた腕によって、それは阻止された。

影から延びた腕には鉤爪のついていて、それがアントの腹部を刺し貫いたのだ。


 その後、腕は一度影に潜った。

支えを失ったアントは、ラグナに覆いかぶさった。どうやらすでに死んでいるらしく力を失っていた。

ラグナはそれを押しのけて、その場から逃れた。

他のアントたちも、新たに現れた正体不明の何者かを警戒して退いた。

 ラグナとアントたちが注目する中、正体不明の何者かが影から全身を現した。

それは、オオカミだった。ラグナが見たことのないオオカミだ。

オオカミは「いま、終わらせるから待ってろ」と言うと、アントたちに襲い掛かった。

まるで道端のごみでも拾うかのように面白くなさそうにアントたちを破壊し始めた。

オオカミの右腕には爪型の刃のついた大きなガントレットをつけていた。

それを使って金属質なアントたちの外殻を難なく切り裂いていた。

見たことのない意匠のそれは恐らくアーティファクトだろう。

きっとあれの力なのだ。影の中を潜り、泳いでいたのは。とラグナは思った。

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