第9話

 アントたちの駆逐はすぐに終わった。

それだけではなく、オオカミは水の中に潜むレソケラスも仕留めた。

それをラグナが知ったのは、オオカミが水に入り、ほどなくして腹を破られたレソケラスが浮いてきたからだった。

「助かった。すげー強いな。あんた」

「・・・まあ、それなりにな。そんなことよりお前は何だって一人でこんなところに居るんだ?」

「仲間とはぐれちゃって・・・」

嘘だった。

フォッグに騙されたという事を思い出す。

そして、そのせいで危うく死にかけたことを改めて思い出す。

ラグナにとって、命に係わる裏切りは初めての経験だったので、身震いするほどの恐怖と怒りを感じていたが、

それを目の前の恩人に訴えた所で意味がないと思ったので、その感情を抑えながら話を続けることにした。

「名前・・・名前を聞かせてくれない?恩人の名前くらい知っておきたい」

「キャシディだ」

「キャシディ・・・?キャシディって、もしかして、シャドウウルフのキャシディ!?」

遺跡領域で活躍する者の中には二つ名を持つ者がいる。

シャドウウルフの名は様々な領域へ知れ渡っていた。

「・・・ま、そう呼ぶものもいるな」

「すごい!シャドウウルフ!シャドウクロウの使い手!昔からあんたの冒険譚を聞いていたよ!おれもいつかアナタのような二つ名が欲しいと思ってるんだ」

「二つ名か・・・あればあったで面倒だぜ?」

「でも、憧れなんだ!」

シャドウウルフは顔をほころばさせた。

しかし、すぐに表情を整えた。、

「ところで、ここはどのあたりなんだ?」

「おれも良く分からない。必死に逃げてきたもんだから」

「そうか・・・もうすぐ、北の領土の近くだと思うんだけどなあ・・・」

「北の領土の近くなのは間違いないよ。おれはそこから来たんだから。おれはそこの勇士なんだ」

「そうか!良かった!実は北の領土に住むペンギンに用事があって、クソほど遠くから来たんだ」

ラグナはそれを聞いて「もしかしたら自分の家族の誰かかも」と思った。

北の領土に住むペンギンの一族はラグナの家族しか残っていないからだ。

領主からの風当たりが強いせいか、自分たち以外のペンギン族は他に移り住むか、死んでしまったから。

「ロズロって名の家なんだけどな」

「やっぱり。うちの事だ。おれはラグナ・ロズロっていうんだ」

「お前が!?」

シャドウウルフは驚きと少しの疑いの顔を見せた。

ラグナを信用していないというよりは、そんな偶然があるか?という顔だ。

「・・・本当かよ。俺はよ、今までツイてない事ばかりでよ。何をやっても上手く行かねえ。そんな俺だから上手い話は信じられねえんだよなあ。それに、これは手違いがあっちゃいけない話だ。念のために聞くがお前の祖父の名前は?」

「同じラグナだよ。おれの名はじいさんからもらったんだ」

「マジか。まさか俺にもツキが回ってきたのか?いや!いやいや、これは絶対に手違いがあっちゃいけないからな。もう一つ聞く。お前の祖母の名は?」

「トーナ」

「・・・ふー・・・マジか・・・さすがに、そこまで一致しているなら間違いないだろう」

そう言うとシャドウウルフは自分の影に手を突っ込んだ。

ラグナは驚きつつ、シャドウウルフの挙動に目を見張る。

シャドウウルフが取り出したのは、握りこぶし大の何かだった。

「こいつはお前のじいさんのもんだった」

シャドウウルフはそう言ってラグナに見せた。

それはラグナが見たこともないモノだった。

「アーティファクトだ。名前があったな・・・たしか、リベルタ」

「アーティファクト・・・リベルタ・・・」

「ま、お前の物だ。これからは好きに呼べばいいさ」

「え?」

「これは今からお前の物だ。俺はお前のじいさんの形見を家族に手渡すために遠くからやって来たんだぜ?」

「おれのじいさんの形見・・・?」

「そうだ。本当はそれを渡すのはお前のじいさんの相棒だった俺の親父の役目だったんだが、俺の親父も死んじまって、それで俺が」

「そうなのか・・・」

シャドウウルフはなおも困惑するラグナにそのアーティファクトを手渡した。

しかし、ラグナは驚いていたこともあり、上手く受け取れず落としてしまった。

「ああ、そうか。ペンギンの手はこういう時に不便だよな」

そう言ってシャドウウルフはラグナの鎧の真ん中に、そのアーティファクトを装着した。

元々、そこが本来あるべき場所なのだろう。カチッ、という音がして、アーティファクトは鎧にくっついた。

シャドウウルフはやっと肩の荷が下りたかのように立ち上がって背伸びしながら「あー、これで親父の遺言も果たしたし、ようやく自由だ」と言った。

ラグナは暫く不思議そうにアーティファクトを眺め、そして、シャドウウルフに尋ねた。

「これって、どういうものなの?」

「そうだなあ、望みをかなえてくれるお守りって感じだな」

曖昧な物言いだった。

不十分な説明にラグナは困惑する。

「お守り?持ってるだけで何か良いことがあるの?」

「そうだなあ、口で説明するのは難しいが・・・。そうやって胸にはめた状態で願うんだ」

「願う・・・?」

「そう、そうすりゃ、凄いことが起きる」

「凄いことって!?何!?」

「それはー・・・」

シャドウウルフは「よし、それじゃあ、試してみよう」という言葉を発しかけて、止めた。

口で説明するよりも実際に見せてしまえば良いというのは良い考えだと思ったのだが、一つ不安がよぎったのだ。

このアーティファクトは特殊なもので扱いが難しい。

もしかすると、暴走して凄惨な結果をもたらすかも知れない。

最悪、使用者を死に至らしめるかもしれない。

そうなると、今度はラグナの遺骸をもって、ラグナの遺族を探す羽目になる。

ようやく形見を渡すという面倒から解放されたシャドウウルフは、新たな面倒をしょい込むのを避けたかった。

「それはー・・・お楽しみだ。あとで試してみな?」

「えー・・・」

ラグナは不安そうだ。

シャドウウルフは誤魔化すために話を逸らすようにこう言った。

「とにかく、色々と試してみると良い。訓練が必要だろうが、もし、使いこなせればお前のじいさんのように敵なしになれる!」

「ええ!?敵なし?おれのじいさん強かったの!?」

「ああ、強かったなあ。まさに縦横無尽って感じだったぜ」

「そうだったのか・・・」

ラグナはすっかり気分を高揚させ、シャドウウルフに聞きたかったあれこれを忘れ去ってしまった。

それは無理もない事だった。

ラグナにとって祖父は謎めいた人物で、家族も祖父について語らなかったからだ。

それがシャドウウルフの口から「敵なしだった」なんて聞くと、すっかり興味はアーティファクトから祖父に切り替わってしまうのだった。

「じいさんも勇士だったんでしょ!?」

それがラグナが知る祖父の唯一の情報だった。

「勇士・・・?ああ、この辺りじゃ遺跡領域に潜る連中をそう呼ぶんだったっけな。そう、お前のじいさんは凄腕の勇士だったぜ」

「凄腕!!」

ラグナは子供のように飛び跳ねた。

ラグナの着ている鎧ガチャガチャと音を鳴らす。

ラグナは興奮して、ここが危険な遺跡領域だなんてことはすっかり忘れてしまっていた。

シャドウウルフは少し呆れながらも、仕方ないな。という風な顔で話を続けた。

「お前のじいさんと俺の親父は一緒に遺跡の探索をしてたんだ。城塞王国・・・ここから遠く離れた俺の故郷じゃ、名を知らぬ者は居ないほどの勇士だったぜ」

「名を知らぬほどの・・・」

「名を知らぬ者は居ないほどの。だ」

シャドウウルフがラグナの間違いを訂正するも、ラグナは目を丸くしたまま固まってしまった。

憧れのシャドウウルフに会い、知りたかった祖父の話を聞き、しかも、その祖父が偉大な勇士だったとシャドウウルフが言う。

もはやラグナには何が何だか分からないほどに嬉しくなってしまった。

嬉しさで感情のメーターが振り切れてしまって、一周回って無感情になってしまうほどだった。

もしかすると、実はさっき自分は死んでいて、死ぬ間際に夢でも見ているんじゃないかとすら思えてくる。

「ゆっくり話してやりたいが、あいにくここは遺跡領域だ。そのうち面倒な連中も湧いて出てくるだろう。帰り道の道すがら話してやるからついてこい」

シャドウウルフがそう言うと、ラグナはようやく我に返った。

「おっと、そのまえに」

シャドウウルフはそう言うと、自分の影に手を突っ込んで、手ごろな革袋を取り出した。

それから鎧からアーティファクトを外して、革袋の中に入れた。

そして、革袋をラグナの鎧に紐で括り付けてやった。

「とりあえず、こいつはしまっておけ。あとで誰も見てないところで試してみると良い」

「うん、分かった」

ラグナはそう言ったが、シャドウウルフは自分の言った意図をラグナが理解しているとは思えなかったので念押しした。

「それは一級品のアーティファクトだからな。誰もが欲しがる。そいつが使いこなせるようになって、盗みの手から守れるようになるまで隠しておけってことだ」

「ああ、そうか。そうだね!」

「それじゃ、行くか。ちゃんとついて来いよ」

シャドウウルフはそう言って歩き出した。

シャドウウルフの移動速度は速く、ラグナは置いてけぼりにならないように必死に走った。

シャドウウルフも多少は速度を落としていたのだが、影を利用して移動できるので、障害物は無いに等しいのだ。

それに対し、ラグナは倒木を乗り越えるのもやっとという感じだった。

シャドウウルフはその様子を見て、影を利用するのを止め、ラグナの移動速度に合わせて歩き始めた。

「じいさんの話が聞きたいんだったよな?」

そう言われてラグナは口を開きかけたが、すぐに黙ってしまった。

不思議そうにシャドウウルフがラグナの顔を覗き込むと、ラグナは恥ずかしそうに顔をそむけた。

「聞きたいことが有り過ぎて、頭がぐるぐるする」

「そうか、まあ、ゆっくり考えればいい」

実際、シャドウウルフの後を追うのが精一杯で質問どころじゃなかった。

祖父の事ももちろん聞きたいし、シャドウウルフ本人の事も知りたい。

しかし、疲労のせいもあって考えがまとまらない。

その時、敵と遭遇した。

それはラグナも初めて見る遺跡領域の番人だった。

アントに似ているが、一回り近く大きく、アントの亜種という感じの敵だった。

シャドウウルフはあっさりとそれを撃破し、興味深そうに倒した敵を観察している。

「こんなところにザクトが出るとはなあ・・・こんな辺境にも影響がでてるのか。まったく先行き不安ってやつだぜ」

その姿を見て、ラグナは一つだけ質問が頭に浮かんできた。

「ねえ、シャドウウルフ!やっぱり遺跡領域の探索って・・・」

その続きは何だか言葉に出来なかった。

怖い?興味深い?難しい?自分にも祖父と同じように出来そう?良いことがある?

どうやって聞こうかと言葉を選んでいると、シャドウウルフは「ああ、面白いぜ!」と答えた。

それを聞いたラグナはにんまりと笑った。


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