第10話

 気付かないうちにずいぶんと遠くに来ていたようで、ずいぶんと長く走り続ける羽目になった。

水に流されたときに遠く離れてしまったのかもしれない。

ラグナは走りながら、今日ほど必死に走った日は無いなあ、と思った。

敵に追われ、死なないために走った。

そして、今は憧れていた人に置いていかれないように走っている。

今日ほど足が痛くなった日は無い。そして、こんなに足が痛いのに走るのが苦ではない日は無い。

きっと明日はもっと足が速くなっているだろう。

 その時、どこからか声がした。

それはラグナを呼ぶ声だった気がする。

足を止めて、声のする方向を探ってみると、いつの間にかシャドウウルフが傍にやってきていた。

シャドウウルフは既に声の方向や、その理由を察した様だった。

「お前を探してる声だ。仲間か?」

ラグナはその声の主を知っていた。クラッシュだ。

「うん、仲間だ。おれの事、探してくれてたんだ・・・」

嬉しくなった。

泣きそうになったが、それだけは必死に堪えた。

だが、声が増えていったので、堪えられなくなった。

ラグナを探す声はクラッシュだけではなかった。沢山の仲間の声がラグナを探していた。

「・・・ここらでいいみたいだな」

そう言い残して、いつの間にかシャドウウルフは居なくなった。

「シャドウウルフ?」

ちゃんとお礼を言いたくて、辺りを探したが見つからなかった。

まるで最初からいなかったかのように、シャドウウルフは痕跡も残さず消えていた。

「ラグナ!」

その時、クラッシュがラグナを見つけた。

「どこに行っていた!?」

クラッシュはすごい剣幕で怒っていた。

その迫力に圧倒されたラグナは「実は・・・」と、ありのままを伝えようとした。

つまり、フォッグに騙されて置き去りにされたことをだ。

だが、少し、考えて嘘を言うことにした。

「その、迷子に・・・」

「迷子・・・」

「そう、迷子に」

「いいかげんにしろ!ガキじゃないんだぞ!勇士だぞ!お前が憧れて勇士はそんなマヌケ者か!?」

「ごめん、クラッシュ」

「・・・がっかりだ、ラグナ。お前は自分だけでなく仲間も危険に晒したんだぞ」

二人は歩き出した。仲間の元へ。

ラグナは歩いた。クラッシュに怒られた悲しみにへこたれながら。

そして、歩きながら考えた。

フォッグがラグナにしたことを・・・。

それが実は領主の差し金による、罠だという事は、ラグナには知る由もない。

しかし、咄嗟にクラッシュに嘘をつき、フォッグの事を伏せたのは、僅かながらその可能性を感じていたからだった。

「・・・ラグナ。無事でよかった」

クラッシュが不意にそう言った。

ラグナはそれに対し、何も言い返せなかった。

唯一出来たのは、下を向いて涙を隠すことだけだった。


 遠征団のキャンプに戻ってきたラグナ。

帰ってきたラグナを見た勇士たちの反応は様々だった。

ラグナの無事を喜んでくれる者。

無事に帰ってきたことに驚く者。

そして、最も多くを占めていたのは、ラグナに対し苛立ちの感情を向ける者たちだった。

彼らはラグナの捜索に駆り出された者たちで、その怒りは無理もないものだった。

ラグナの捜索に駆り出された者は、自分の仕事が疎かになるばかりではなく、命の危険すらあるのだ。

遺跡領域で何かを探すという事は容易ではない。

「まさか生きてたとはなあ。どうりで見つからねえわけだ。動き回ってるんだからな。亡骸になってりゃ、簡単に見つけられただろうに」

そんな嫌味をぶつけてくる者も居た。

 ラグナはそんな嫌味を受けるたびに怒りを募らせた。

そして、その怒りの矛先はフォッグだった。

この状況の元凶。

勇士のリーダーであるにも関わらず、自分を置き去りにしたフォッグ。

・・・そういえば、フォッグは今、どこで何をしているのだろうか。

ラグナは、勇士たちの冷たい視線に耐えながら、あちこちを探して回ったが、フォッグの姿は見つからなかった。

ラグナはフォッグは自分を置き去りにして、何食わぬ顔でこのキャンプに帰ってきているに違いないと思っていたが、

フォッグを探しているうちに、もしかしたら、そうではないのかもしれない。という考えが浮かんできた。

「他人を悪く考えすぎるなって、いつも母ちゃん言ってたっけ」

わざと自分を置き去りにしたのではなく、何か危険に遭遇し、そうせざるを得なかったという可能性もある。

そう考えると、少し気持ちが楽になってくる。

やはり、ラグナの中には勇士への強い尊敬の念がある。

勇士のリーダーであるフォッグを卑怯者として、糾弾するのはラグナにとって強いジレンマだったのだ。

ジレンマと怒りが、ラグナの心を消耗させていた。

「クラッシュに聞いてみよう。リーダーの事。まだ、探しているなら、俺も・・・」

ラグナはそう独り言をいいながら、振り返った。

その視線の先にフォッグが居た。

 フォッグはラグナを見つけると「やばっ!」という一言を残して脱兎のごとく逃げ出してしまった。

その姑息な態度は、ラグナの中にあった僅かな希望を打ち砕いた。

ラグナは再び怒りを滾らせてフォッグの後を追った。

何としてもフォッグを問い詰めて、自分を置き去りにした理由を吐かせねば気が済まなかった。

 だが、逃げ足が自慢のキツネを追い詰めるには、ラグナの足は鈍足過ぎた。

フォッグを見失い、ラグナが息を切らせて座り込んでいると、そこにクラッシュがやってきた。

「ラグナ、やっと見つけた」

「あ、クラッシュ・・・」

「そんなに息を切らしてどうしたんだ?」

「・・・いや、なんでもない」

ラグナは口ごもった。

やはりクラッシュに事情を伝える気にはなれない。

相談した方が良いような気もするが、フォッグから事情を聞きだす前にクラッシュを巻き込むことはためらわれた。

「おれ、急ぐから」

そう言ってラグナが再びフォッグの事を探しに行こうとすると、クラッシュはその行く手を遮った。

「まて、何を急いでいるか分からんが、俺の話を聞いていけ」

「なに?」

「お前、皆に埋め合わせをしたが方が良いんじゃないのか?」

「埋め合わせ?」

「そうだ。お前を探すために力を尽くしてくれた皆に、詫びと礼が必要だろう?」

「たし・・・かに」

「お前を探すために危険を冒した者たちだ。敵と遭遇してケガをした者も居る」

ラグナははっとなった。

遺跡領域で遭遇した敵を思い出す。

自分を探してくれた者たちだって、あの恐ろしい敵たちと遭遇する危険があるのだ。

「おれ、どうすれば・・・?」

「俺が一緒に行ってやる。ちゃんと言葉を尽くして礼を言うんだ。それに仕事の手伝いを頼まれるかもしれない。

お前を探している間、自分たちの仕事が出来なかった分の埋め合わせってわけだ」

「そっか・・・そうだよね」

フォッグの事も気掛かりだったが、ラグナはクラッシュの言う通りにしようと思った。

なぜなら、フォッグを探している間に感じた、皆の冷たい視線を思い出したからだ。

クラッシュに言われて気が付いたが、迷惑をかけたまま走り回っているペンギンを見たら、皆、腹を立てるのも当たり前だ。

それに皆の手伝いをしている間に、フォッグと遭遇することもあるかもしれない。

「やっぱり早い方が良いよね?」

「ああ、もちろんそうだ。こういうのは間を空けると気まずくなるからな・・・だが、急用の方は良いのか?」

「大丈夫」

「よし、じゃあ行こう」

「・・・あ!」

ラグナが何か思いついた様子で立ち止まる。

「ごめん!クラッシュ」

「どうした?やっぱり急用があるのか?」

「違うよ。おれ、まずはクラッシュに謝らないと。それにお礼も」

「俺はいいよ」

「そんなわけいかないよ。そうだ、埋め合わせ。おれはクラッシュにどんな埋め合わせをすればいい?」

「いいって」

クラッシュはそう言ったきり、黙ってしまった。

暫く二人で黙って歩いていたが、不意にクラッシュが口を開いた。

埋め合わせについて、何か思いついたようだった。

「俺への埋め合わせだけどな。お前の事を探すのを手伝ってくれたのは、皆、俺の大事な仲間だ。お前が十分に彼らに報いてくれれば、それが何よりだ」

ラグナはそれを聞いて、なんてクラッシュらしいんだろうと思った。

「分かった。おれ、頑張るよ」

ラグナがそう言うと、クラッシュは満足そうに頷いた。


 ラグナが最初に向かったのは、ラグナ捜索の際に足を怪我したバリーという名のウサギだった。

「彼は凄腕の斥候なんだ」

そう言ってクラッシュはラグナに彼を紹介した。

バリーは気まずそうに「怪我してなけりゃ、胸を張って同意するんだけどな」と言った。

バリーは体中に沢山の古傷のあるウサギだった。

中でも片耳が失われているのは特に目を引いた。

それらはバリーがこの遺跡領域で斥候として、仲間の代わりに沢山の危険を冒してきたことの証だった。

「バリーは、最も危険なエリアを捜索してくれた。他の誰もが行きたがらないところだ」

クラッシュはラグナにそう教えてくれた。

それを聞いたラグナは、改めて申し訳ない気持ちになった。

「ごめんなさい。おれなんかのために・・・」

「いや、無事で良かったよ。あいつら、時折、仲間を攫うことがあるから。俺はてっきり攫われたのかと。いったい何処に居たんだ?」

「それが、どこに居たのかは・・・無我夢中だったから」

「そうか。なんにしても良かった」

「バリーさん、おれ、罪滅ぼしに何をしたらいいですか?仕事を手伝ったり、します」

「残念だが、君は俺たちの仕事は向いていないだろう。そうだな、足が治るまで、身の回りの世話をしてくれると助かる」

「分かりました!」

「・・・といっても、たいして困ってないけどな。俺よりも、ドーリンの機嫌を直す方が大変だろう。アイツは気難しいから」

それを聞いたクラッシュは苦笑いを浮かべて言った。

「ラグナ、次はドーリンの所に行こう。彼はバリーほど優しくないからな」

「わかった。銛投げ名人のドーリンだね」

「知ってるのか?」

「勇士の事はみんな、良く知ってるよ」

「そうか、俺の事も?」

バリーが食い気味に聞いてきた。

「もちろん知ってるよ。バリーは斥候部隊のリーダー」

「一番古株なだけだけどな」

「遺跡領域じゃ、生き残るのが一番大変だって。誰かが言ってた」

バリーはそれを聞いて、すっかり気分を良くしていた。

彼はそれほどラグナに悪感情は持っていなかったが、この短い時間ですっかりラグナを気にいったくらいだった。

二人の様子から十分な成果を感じ取ったクラッシュが、ラグナに声を掛ける。

「それじゃ、行こうか。ラグナ。今日中に全部回らないといけないからな」

「分かった。バリーさん、また来ます」

「おう、気をつけてな」

 ラグナはこうして「埋め合わせ」に没頭することになる。

そんな中、フォッグの事など気にする余裕はなかった。

だが、ラグナは満足だった。

勇士たちと距離が縮まった気がするし、色んな勇士たちと知り合う機会が出来た。

むしろ、こうなって良かったと思うくらいだ。

しかし、その一方で、フォッグの事は忘れていなかった。

フォッグへの怒りと恨みは、少しも色褪せなかった。

だが、結局、ラグナはフォッグと一言も話す機会もないまま、遠征団が帰還する日がやってきた。

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