第11話

 結局、遠征中にはフォッグに接触するチャンスは来なかったが、ラグナの決意は変わらない。

何としても、必ず、問い詰めて、理由を聞き出し、その理由によっては、命を懸けた報復を。という決意だ。

その決意を胸にラグナはチャンスを窺っていた。

 遠征団が集落に戻ると、きまって無事の帰還と成果を祝う宴が領主の館で開かれる。

それが格好のチャンスだと思われた。

宴の最中に報酬の話も出るからだ。

そこにフォッグが出てこない訳がない。

 宴ではみな、当然だが浮かれていて、張り詰めた顔をしているのはラグナだけだった。

そんなラグナに声を掛ける者があった。ベリングだった。

「よう、どうした?腹でも痛いのか?」

ラグナはベリングと話すような気分ではなかったが、下手なことを言って、絡まれても困るので

適当にあしらうことにした。

「まあ、そんなところ、かな」

「へー、お前が俺なら、そんな顔はしないけどなー。きっと今回も、たんまり報酬がもらえるんだろうしなー」

「そうかな?失踪騒ぎで皆に迷惑をかけたのに?」

「あー・・・、それがあったかー・・・でも、それを差し引いても、お前の功績は十分だと思うぜ?」

フォッグを探しつつ、適当に聞き流していたラグナだったが、ベリングらしくない発言に思わず意識を奪われた。

「ベリング?お前、まさか今、おれの事、褒めたのか?」

「ほ、褒めたわけじゃねえよ!けど、俺も勇士になって、厳しい仕事の中で少しは大人になったってことよ」

「そう・・・なのか」

「そうよ!あれ?おまえ、酒飲んでないじゃないか!持ってきてやろうか?」

「また、それもお前らしくないセリフだな。酔ってるのか?」

「まだ酔ってねえよ。まだまだ飲めるぞ。お前の分も持ってきてやるからな」

そう言ってベリングはふらつきながら酒を取りに行った。

だが、少し行った所で今度はコーディと話し込んでいる。

酒を持って戻ってくる保証はなさそうだ。

 ラグナは再びフォッグの姿を探した。

だが、一向にフォッグの姿は無く、まさか、あの人一倍、報酬に執着心のあるフォッグが

この期に及んで現れないのかと、諦めそうになった時だった。

 ラグナはフォッグの姿を見つけた。

フォッグは領主の影に隠れるように、コソコソとしていた。

宴に参加することも、酒を飲むこともなく。

 ラグナが一直線にフォッグの元に向かおうとしたとき、バルドルがいつもの合図で宴を中断させた。

「さて、獲得した成果の分配をしなければな」

勇士たちから大きな歓声が上がる。

ラグナはタイミングを見失い、席に戻った。

フォッグへの用事は報酬の分配が終わってからにするしかなさそうだ。

「さあ、今回、最初に報酬を受け取るべき功労者は誰か?」

領主であるバルドルがそう呼びかけると、勇士たちの大半は「ラグナ!ラグナ!」と雄叫びを上げ始めた。

中には「クラッシュ」や他の勇士の名を上げる者もいたが、殆どの者が「ラグナ」の事を推していた。

 ラグナは驚いた。

そして、フォッグへの恨みとか、色んなことを忘れて歓喜一色に染まりそうになる。

「・・・おれ?だって、あんなに迷惑をかけたのに」

「確かに、迷子は頂けねえけどよ。でも、その失態を取り返すくらい一生懸命働いてただろ?」

そう言ったのは、ラグナのすぐ傍に居た、話したことも無いカモシカの勇士だった。

「皆、見てたぜ」

「もう迷子になるなよ!」

周りから(一部ヤジのようなモノが混じりながらも)激励を受け、ラグナは押し出されるようにバルドルの前に進み出た。

「ペンギン族の勇士よ。お前の働きはリーダーからも、我が息子クラッシュからも聞いている。最も多くの報酬を受けるべきだとな」

「ありがと・・・ございます」

ラグナは戸惑いながら礼を言った。

バルドルの言葉は確かに称賛しているように聞こえるが、その声色や視線の中にうすら寒い威圧感のようなモノを感じる。

「立てた功績には報いなければならない。それが、たとえ偶然であってもな」

バルドルの言葉に含まれているトゲは、それを向けられたラグナには特に強く感じられた。

気にするほどではないかもしれない。けれど、ある疑念が頭から離れないラグナには看過できないものだった。

「・・・ところで、それはなんだ?」

唐突にバルドルが話を逸らした。

「それ?」

「そう、それだ。鎧に大事に括り付けている革袋だ」

「これは・・・何でもないです」

ラグナがそう言ってごまかすと、いつの間にか傍に来ていたフォッグが革袋を奪った。

素早い動きでバルドルの元に運び、手渡した。

バルドルはその中身を取り出し、暫く吟味するように見つめた。

その様子には、どこか懐かしいものを見るような雰囲気があった。

暫く、バルドルはそうしていたが、すぐに興味がなさそうにエーテルの山の上に放り投げた。

「おい!それは、おれが貰った大事なものだ!返せ!」

激高するラグナに対し、バルドルは冷ややかに言い放った。

「いや、これは単なるエーテルを貯蔵しているカプセルだ。つまり、皆の生活の糧だ。分け合うべきものだ」

大事なアーティファクトに駆け寄るラグナだったが、バルドルの側近たちに阻まれる。

「返せよ!」

「逆らうつもりか?」

その言葉にラグナの中の疑惑は確信に変わってゆく。

フォッグに命令し、自分を害そうとしたのはこいつだ。領主のバルドルだ。

何故なのかは分からない。

だが、確実に自分に害意を向けている。

「それは・・・」

ラグナは口ごもらせた。

それがアーティファクトだと宣言すれば、確実に自分のものになるだろう。

遺跡領域で見つけたアーティファクトは、見つけた本人のものになるはずだから。

それがここの法律だ。

領主であるバルドルが法律を破るはずがない。

だが、ラグナは躊躇していた。それを宣言すれば、アーティファクトを狙う盗人どもに悩まされるかもしれない。

ラグナは悩んだ挙句、「このまま取られるくらいなら」と声を上げることにした。

だが、ラグナが口を開こうとした瞬間、クラッシュが先に声を上げた。

「今回の最大の功労者はラグナだ。そのエーテルの山から好きなだけ持っていく権利があるはずだ」

ラグナは嬉しくなった。

身震いするほどだった。

またクラッシュに助けてもらった。そう思った。

しかし、領主はアーティファクトを手に取ってラグナの傍に来て、小声で囁いた。

「これはお前の手に余る代物だ。手を引かないなら、お前だけでなく家族ごと皆殺しにする」

それは、信じがたい言葉だった。

自分にとって生殺与奪の権を持つ領主が、なりふり構わず自分の命を奪うと宣言したのだ。

しかも、家族までも。

 ラグナが戦慄しながらも、動けずにいるとバルドルは皆に向かって言った。

「これは確かに大量のエーテルを格納できる便利なものだ。しかし、ただの入れ物に過ぎない。私はそんな物よりも価値あるものを

功労者ラグナに与えることにした。300kgのエーテルと金貨300枚だ!」

破格の報酬に、勇士たちから驚きの声が上がる。

「もちろん、他の勇士たちにも、いつもより多くの報酬を与えよう!」

再び歓声が上がる。

ラグナを蚊帳の外にして。

 ラグナはこの一連のやり取りを耳にして血が沸騰するかと思うくらいの怒りを覚えた。

しかし、すぐに恐怖で血が引いて行く。

領主が立ち去った後も、ラグナは脳内で様々なことを考えていたが、

結局、その場から立ち去るという選択しかできなかった。


 とぼとぼと宴の席を後にするラグナをクラッシュが追いかけてきてくれた。

「ラグナ!どうしたんだ?父上に何か言われたんじゃないのか?」

ラグナは暫く俯いていたが、顔を上げて精一杯の笑顔を見せた。

「いや、何も言われてないよ。聞いての通りだよ」

「だったら、なぜ、そんな顔をしている!?」

「戸惑っているんだ」

クラッシュはそんな嘘で取り繕える相手ではないと思ったラグナは、思考停止していた頭を再起動させて、

クラッシュが納得してくれそうだと思う言い訳を考えた。

「ほら、おれって新参者だし、迷子になったし、あそこで浮かれてたりしたら良くないかと思って」

「そんなことは・・・」

「いや!そうだよ。少し頭を冷やそうかと思って外に出ただけなんだ」

クラッシュは、それを鵜呑みにはしなかったが、これ以上の追及はしてこなかった。

クラッシュは何か考えているようで、沈黙している。

ラグナは気まずさを誤魔化すように、虚勢を張り、沈黙を誤魔化すように口を動かした。

「家族に報酬の話したら、きっと驚くぞ。信じてくれないかも」

「でも、実物を見たら信じるしかないよな。そん時の皆の顔を見るのが今から楽しみだな」

「色々あって疲れたから、先に帰ろうかな。家族の話してたら、早く顔を見たくなっちゃったよ。クラッシュも家族、大事だろ?」

「あ・・・ああ、そう・・・だな」

クラッシュは何か言いたげだったが、結局、ラグナの言葉に応えるのがやっとだった。

「それじゃ、帰るよ。皆によろしく」

そう言ってラグナは去っていった。

必死に取り繕ったので、顔の表情は上手く作れていた。

しかし、その足取りは力なく、明らかにその失意を現していた。

クラッシュは、そんなラグナの後姿を見えなくなるまで見つめていた。

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