第12話

 それから数日が経ったある日。

 バルドルはラグナから奪い取ったアーティファクトを執務室で眺めていた。

そこは首領としての仕事を執り行うための部屋だった。

執務用の机に向かいながら、重苦しい表情を浮かべていた。

部屋は薄暗く、まるでバルドルの暗い気持ちを表しているようだ。

「また、この忌々しい球を見ることになるとはな」

そう言いながら、机の上に転がっているそれを指で小突いた。

 その時、ノックの音が飛び込んできた。

そのノックの主はフォッグだった。

バルドルが部下に言って、フォッグの事を呼びつけていたのだ。 

「入れ」とぶっきらぼうにバルドルが言うと、フォッグはおどおどしながら執務室に入ってきた。

 彼は失態を責められることを恐れ、怯えていた。

ラグナを遺跡領域で始末するように言われていたのに、出来なかったからだ。

ラグナから革袋をかすめ取ったことが唯一の功績だった。

もし、バルドルに責められたら、それを盾に言い訳をするつもりだった。

 部屋に入り、フォッグが怯えながらバルドルの顔を見ると、そこには想像していたのとは違った首領の表情があった。

フォッグは怒りや失望の表情を予想していたのだが、バルドルの顔にはどんな感情も浮かんでいなかった。

もし、フォッグが恐怖に抗い、注意深く見ていたら、僅かに恐怖と殺意を読み取れたかもしれない。

だが、フォッグはすぐにバルドルから目を逸らし、床を見つめながら言った。

「首領、お呼びだと伺って・・・」

「来たか。フォッグ、これを奪ったのは見事な手並みだった」

バルドルはそう言いながら、ラグナのアーティファクトを革袋にしまいながらフォッグに見せた。

フォッグは最初、バルドルが何を言っているのか分からなかったが、見覚えのある革袋を見てバルドルの言っている意味を察した。

「あ、はい!あ、いや、その、大したことでは・・・」

フォッグはバルドルの言葉を聞いて、一瞬、ぬか喜びをしたが、バルドルの表情がいまだに無表情で読めないので身を強張らせた。

「ペンギン一匹を始末できなかったと、聞いたときは、いやいや、どうしたものかと思ったが」

ほら来た。と、フォッグは思った。

フォッグは上目遣いでバルドルの機嫌を窺おうとする。目を合わせないように気を付けながら。

そうして観察していると、フォッグにもバルドルが深い、深い、負の感情を滾らせているのが見て取れた。

それがどのような種類のものかまでは分からないが、十分に凶兆を孕んでいることだけは分かった。

「さて、お前には次の仕事を頼みたい」

「はい!なんなりと」

「次の仕事はもっと簡単だ。ペンギンを始末するよりも、もっと、な」

バルドルがそう言って、フォッグから視線を逸らした。

そして、意味ありげに部屋の隅を見つめる。

フォッグがその視線の先を見ると、そこには二人、誰かが居るのが分かった。

その二人はバルドルの視線に応えるように、ゆっくりとこっちに歩いてきた。

 フォッグはギョッとした。

フォッグも遺跡領域で生き残ってきた勇士だ。

部屋が薄暗いとはいえ、誰かが居ればすぐに察知できるはずだ。

それなのに彼らが身動きするまで、そこに人が居ることを気付くことも出来なかったからだ。

 まず最初に現れたのはハイエナだった。

ハイエナは死を連想させるような不吉さを纏っていた。

その汚らしい風貌も、血に飢えてそうな顔つきも、腰から下げた毒々しいデザインのナイフも不吉そのものだった。

フォッグは一目でそのハイエナがフォッグにとって、いや、誰にとっても歓迎しがたい存在だと悟った。

フォッグが逃げ出したい衝動に駆られると、ハイエナに続いてもう一人の姿が部屋の明かりによって姿を現した。

 それはウサギだった。

ただ、ウサギには違いないようだったが、その姿はフォッグの知り合いのウサギの誰とも違っていた。

何よりもまず美しかった。

ウサギはすらりと伸びた八頭身の肢体を持ち、長毛で、フォッグの知る誰よりも人に近い姿をしていた。

その上、獣の体毛とは明らかに違う、柔らかく美しい髪の毛を持っていた。

その美しさに目を奪われたフォッグは、バルドルやハイエナによって与えられた恐怖心を忘れて見惚れてしまっていた。

だが、すぐにフォッグは思い出す。

このウサギもただ者ではないに違いない。

何せハイエナと同じくフォッグに気配を悟らせなかったからだ。

それに気付いたフォッグが、二重の意味でウサギから目を離せないでいるとバルドルが口を開いた。

「お前の仕事はこの二人をあのペンギンの所へ案内することだ」

「・・・この二人は?」

「私の客人だよ」

バルドルはそう言ったが、フォッグは「どうせ金で雇った傭兵か殺し屋の類だろう」と思った。

そして、その予想は大きく外れてはいなかった。

ただ、ペンギンを殺すためにわざわざ雇ったとは思えない。

別の用事で雇った殺し屋についでの仕事をさせようとしているのだろう。

「分かりました」

フォッグは気が進まなかったが断れない。

むしろ、肩の荷が下りた気分だった。

「分かったなら下がれ」

尚も不気味な表情を浮かべるバルドル。

フォッグはそんな彼から一刻も早く離れたい一心で、彼の執務室を後にした。

扉が閉じ、部屋に一人になるとバルドルは押さえていた感情を解放した。

「集落の端で魚でも採っていれば生かしておいたものを・・・」

そう呟くバルドルの顔には深い憎悪が刻まれていた。


フォッグは二人を伴って館を出た。

気まずい空気の中、最初に口を開いたのはウサギだった。

「・・・気が進みませんね」

明らかに不満そうな顔をしながら、子供のように文句を言った。

それに対し、ハイエナは無表情のまま答えた。

「楽な仕事だ。報酬を貰えるなら何でもいい」

「私は正直パスしたいです。仕事の内容だってボディーガードだって聞いていたのに」

「だったら、お前は黙って見てろ。ボーナスは俺の一人占めだ」

「ボーナスもあれですが、サボってたと思われるのはちょっとあれですねー・・・」

ハイエナは蔑む様に鼻を鳴らし、ウサギの事を無視した。

ウサギは喋りたりないらしく、今度はフォッグに声を掛ける。

「私、ペンギンって見たことないんですよ。噂によると、とてもかわいいとか」

「さあ、どうかな」

フォッグもそんな話に付き合う気が起きず、邪険にあしらった。

しかし、ウサギの方はお構いなしに話を続ける。

「かわいい子を殺すのは気が引けるなあ・・・でも、お仕事だしなあ」

道中、ウサギは話を続け、最初は相槌くらいは返していたフォッグも次第に黙ってしまった。

ウサギは一方通行な言葉の発信を気が済むまで続け、そして、最後に思い出したように「あ、自己紹介してなかった」と言った。

「私、レティって言います。これからよろしくですね」

二人ともこれから暗殺に向かうに相応しい殺伐さで、ウサギの場違いな自己紹介を聞き流した。

レティは「ちゃんと、自己紹介したのになあ・・・」と文句を言った。

思い返せばハイエナの名前もちゃんと聞いた事が無い。

「名前知らないと不便じゃないかなあ・・・あ!そうだ、あだ名!あだ名決めましょうよ!」

尚も食い下がるレティだったが、彼女の申し出が受け入れられることはなかった。

ハイエナは不愉快そうにだんまりを決め込み、フォッグはハイエナに倣って無視をした。

結局、ずっとレティは返答を貰うことは出来なかった。

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