第13話

 ラグナはその頃、兄の職場に居た。

ラグナの兄、ヨキは漁師だ。

集落のすぐ傍には湖があって、そこで魚を獲るのを生業にしている。

 ラグナは兄の仕事が好きではなかった。

この世界において、漁師はあまり誇れる仕事とは言えない。

かつて、肉食動物が草食動物を狩り、草食動物は肉食動物を恨み、無残な戦いが繰り返された歴史があった。

エーテルによって、その必要がなくなった今、魚を獲って食べるという行為はかつての血生臭い歴史を思い起こさせるのだ。

だから、漁師は人々から蔑まれ、見下されていた。

ラグナも昔から兄の仕事の事で虐められたし、兄の仕事の手伝いを嫌い、勇士を目指したのだった。

・・・しかし、今は勇士になったことを少し後悔している。

せっかく、シャドウウルフと出会い、譲ってもらったアーティファクトを領主に奪われたからだ。

勇士になどならずに、大人しく兄の仕事を手伝っていれば、こんな目に合わなかったのだろうか。

これが出る杭が打たれるということなのか、と思ってしまっていた。

そう思うあまり、いつもの無鉄砲さは息を潜め、落ち込み、無気力になってしまっていた。

ラグナはそんな心境を家族の誰にも打ち明けなかった。

ヨキはそんなラグナの気持ちを察し、仕事の手伝いにかこつけて「悩みを聞いてやろう」と思ってラグナを呼んだのだった。

「最近らしくないじゃないか。嫌な事でもあったのか?」

そう聞かれてもラグナは素直に認めることが出来ない。

「ないよ。有ったとしても、おれは勇士だ。乗り越えられる」

「そうか、漁師だって、あらゆる困難を乗り越えられる。知っていたか?」

そう言われてラグナは返答に困ってしまった。

正直、漁師という職業を見くびっていたからだ。

でも、よく考えれば、漁師は辛い職業だ。危険もある。

だから、ラグナの答えは「知っている」だけど、その答えを言うタイミングは既に過ぎていた。

ヨキはラグナの返答を待たずに続けた。

「乗り越えられるが・・・そういうとき、漁師は相談するものだ。仲間や、家族に」

ヨキは仕事道具を片付けながら言った。

ペンギンの手は道具を扱うのには向いていない。

けれど、慣れた手つきで仕事を済ませてゆく。

「誰かと一緒に問題を解決したとき、それは一人で解決した時とは違う、価値が生まれる」

「なにそれ」

「なに、と言われると困ってしまうが、とにかく一人で悩むよりも誰かを頼った方が良いこともあるってことだ」

「それって、つまり、悩んでないで相談しろってこと?」

「うん、まあ、そうだな。兄としては弟の悩みは気になってしょうがない」

ラグナはそう言われたものの、すぐに悩みを打ち明ける気にはならなかった。

代わりに別の質問をした。

「ヨキはどうして漁師になったの?」

話を逸らす意図もあったが、その質問はラグナの悩みにもつながっているような気がした。

ヨキは少し驚いた後、しばらく考え込んだ。

ペンギンが就ける仕事は少ない。仕方なくこの仕事を選んだというというところはある。

しかし、弟はそんな事を聞きたいわけではないはずだ。

ヨキはそう思いながら、答えを頭の中で組み立てた。

「決まってるだろ、好きだからさ。魚を獲るのが」

ラグナは意外な答えに驚いて見せた。

「ええ?この仕事が好き?皆に酷いこと言われたりするのに・・・」

「他の連中が何言おうと関係ない。というか、そういう事じゃない。・・・そうだな、この仕事は確かに称賛されることは少ない」

称賛はされない。とは敢えて言わなかった。

獲った魚を家に持ち帰ったとき、昔は可愛い弟たちが喜んでくれたからだ。

それはラグナ達が幼かったころの事だし、最近はめっきり歓迎はされなかったが、それこそがヨキがこの仕事を続けている最大の理由だった。

ただ、そんな事はラグナに言えない。

「誰かに何かを言われるためにやってるんじゃない。純粋に魚を獲るのが好きなんだ」

「・・・そうなんだ」

それはラグナにも共感できた。

ラグナ自身も水の中を泳ぐのも、魚を追いかけるのも嫌いではない。

ヨキにとってはその点が重要なのだと言う。

しかし、ラグナはそれだけでは満足できない。人々からの称賛がラグナにとって重要だった。

ただ、ヨキのその答えはラグナの悩みを少しばかり軽くした。

領主からの嫌がらせがあったとしてもラグナは勇士でいたいと思えた。

それはラグナが勇士という職務が気に入っているからに他ならない。

それが分かった分、ラグナの心は軽くなった。

ただ、アーティファクトを領主に奪われたままにはしておけない。

それを思い出すと、ラグナの心は再び重くなるのだった。

そんな風にラグナが気分が浮いたり沈んだりを繰り返すたびに、その表情もころころと変えていた。

ヨキがその様子を嬉しそうに見ているのも気付かずに。


 そんな二人のペンギンの様子を遠くからフォッグたちが見張っていた。

そして、様子を窺いながら「なかなか一人にならないなあ」と愚痴をこぼした。

その言葉にすぐ後ろに立っているハイエナが反応する。

イライラした様子でフォッグの肩を強く掴み「何を待っている?」と聞いた。

「いや、なかなか標的が一人にならないから・・・」とフォッグが応えると、ハイエナは舌打ちをした。

そして、フォッグを蔑む様に見下して言った。

「二匹まとめてやればいいだろ。あそこにいるペンギンのどちらかが標的なんだろう?」

「いや、そうだけど・・・」

戸惑うフォッグにハイエナは詰め寄る。

「何か問題があるのか?」

フォッグはその問いに答えが見いだせず、暫く考えたのち「い、いいや」と応えた。

ハイエナはそれを聞くと、すぐに行動を開始した。

まるでヘビが獲物を狙うときのように、音も立てずにラグナ達に近づいて行く。

フォッグはその機械のような動きに無慈悲さを感じ、ぞっとしながらをそれを見送った。

そして、ハイエナの姿が見えなくなると、振り返ってレティを見た。

レティは相変わらずそこに立っていた。

「お前は行かないのか?」とフォッグが声を掛ける。

レティはその言葉に反応しなかった。

初めて見るペンギンに目を奪われ、何も考えられなくなっていたからだ。

様子のおかしいレティに怪訝そうにしながらも、フォッグは再び声を掛ける。

「おい、どうした?お前、何か変だぞ?」

フォッグの声掛けでようやくレティはいくらか現実に戻ったが、まだ心ここにあらずといった様子だった。

そんな状態のレティが呆けたように口を開く。

「あ・・・はい、あれが、ペンギンですか。想像していたよりも・・・その、かわいいですね。シュッとしているし、それにまるっとしています・・・」

「知らんけどあんたは行かなくていいのか?可愛いから殺せないなんて言わないよなあ?」

「んんー。一応プロなんで、そんな事は言わないですけど」

レティは正直、気が進まなかったし、きっと自分が手を下す必要を感じていなかった。

目を逸らしていれば、ハイエナが仕事を片付けてくれるだろう。

そう思ってレティは静観していた。

そんなレティをフォッグがチラチラと見る。

フォッグは物珍しい(というか特段美麗な)レティをチラ見していただけだったが、レティはその視線を別の意味に捉えた。

フォッグが監視役で、このままここに留まっていたらサボっていたと報告され、報酬を減らされる口実にされるかもしれない、と思ったのだ。

そう思うと、居ても立っても居られなくなってきた。

相変わらずペンギンを害する気にはならなかったが、せめてハイエナの傍に行って仕事をしているふりをしようと思った。

「それじゃ、行ってきますね」

「え、お、おう」

レティは尋常ではない跳躍力でその場を後にした。


 ハイエナはラグナ達のすぐ傍までやってきていた。

漁具置き場の小屋の裏でナイフを手にして、今にも襲い掛かろうというタイミングだった。

そこにレティがやってきた。

ハイエナの背後に降り立つレティには気配も音も無かった。

しばらく経ってもレティに気付かないハイエナに、レティは「あのう」と声を掛けた。

声を掛けられるまでレティの存在に気付いていなかったハイエナは驚き、声を上げそうになる。

そして、そこで初めてレティに気付き、怒りのこもった視線を向けた。

レティの行動に他意はなく、気配を消していたのも癖に過ぎなかったが、ハイエナはそれを挑戦と受け取ったのだ。

背後を取られ、命を奪える間合いにレティを入れてしまい、あまつさえ声を掛けられるまで気付かなかったことはハイエナの自尊心をズタズタに傷つけた。

それに加え、ハイエナは優劣を決めなければ気が済まない性格だった。

そして、ウサギより自分が劣るなどということは、どうあっても受け入れられなかった。

だから、ハイエナはこんな提案をした。

できるだけ平静を装いながら。

「そうだ、勝負をしないか?」

「勝負ですか?なんで?」

「あそこに居るペンギンを早く、あるいは多く殺した方が勝ち、って勝負だ」

「え?え?二人しかいませんけど、お互い一人ずつだったらどうするんですか?」

「そりゃあ、早く仕留めた方が勝ちだ。あそこに居るキツネにジャッジしてもらう」

「え?というか、ルールはともかく、なんでそんな勝負を突然?それに、なんだか気乗りしないです」

「だったら、俺の勝ちだな!もし、負けたら、もう偉そうにするなよ!?」

そう言い捨ててハイエナは飛び出していった。

「え?ちょっと!まって・・・ああ、もう!私、そんなに偉そうでしたぁ?」

レティも戸惑いながらハイエナの後を追った。

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