第21話

 ドーリンたちを見送り、二人だけになるとシャドウウルフは顎髭をいじりながらこう切り出した。

「さて、どうするかね」

「おれ、家族の所に行かなきゃ!合流してこの集落を出るはずだったんだ。きっと、おれの事待ってる」

「そうか。それじゃあ、俺は領主の所からアーティファクトを盗み出してやるかな」

シャドウウルフが簡単そうに言うので、ラグナは少し驚いた。

けれど、驚くほどの事ではないかもしれないと思いなおした。

影に隠れて移動できるシャドウウルフなら相手が領主だろうが、どんな厳重に守れらている宝物だろうが盗み出せるに違いない。

「問題はどうやって合流するかだなあ」

「おれの家は・・・シャドウウルフ、おれの家の場所知らないしなあ」

「俺がこの集落で唯一知ってるのは、さっき通った集落の出口くらいだ。ここから出るはずだったなら、そこで待ち合わせるか?」

「うん!そうしよう!」

ラグナは意気揚々としている。

その一方でシャドウウルフは少し不安を感じているようだった。

シャドウウルフは自分自身のミッションについては何も不安はなかったが、その間のラグナとその家族の安否を気遣ったのだった。

しかし、ラグナ達を取り巻く状況を把握しているわけではなかったので、それは漠然とした不安でしかなかった。

シャドウウルフの野生の勘ともいえる、その予感は正しかった。

「お前の方が大丈夫か?ラグナ」

「大丈夫だよ。むしろ楽しみだ。きっとみんなシャドウウルフに会ったら驚くよ」

ラグナはもっと慎重に考えるべきだったのだが、マンティスの脅威からの生還という体験をしたばかりだったので、気分が高揚して注意力が散漫になっていた。

「そうか、それじゃあ、作戦開始と行くか」

「うん!」

シャドウウルフは、一瞬で影に潜み、あっという間にどこに居るのか分からなくなった。

その忍者のような、隙の無い動きに改めて羨望の眼差しを送るラグナ。

ラグナも行動を開始した。

家に帰って旅支度をしなければならない。

憧れやすく、影響を受けやすいせいでシャドウウルフをまねて、出来る限り素早い動きで家に向かった。

しかし、疲れた体で、慣れない動きをしたせいか、いつもよりも転ぶ回数が増えただけだった。


 ラグナは自分の家に着くと、いつものように気軽に玄関の扉を開けようとして手を止めた。

今はいつもとは違って慎重に行動しなくてはいけないと思ったラグナはまず聞き耳を立ててみた。

・・・家の中からは何も音はしなかった。

暫く様子を窺っていたラグナだったが、意を決して扉を開く。

一番望ましいのは家の中に家族が揃っていて、帰りが一番最後になったラグナを叱ってくれることだった。

そして、一番最悪なのは領主の手下が待ち受けている場合だ。

「ヨキ・・・母さん・・・いるのか?」

ラグナは兄の名を、そして母を呼んでみた。

しかし、暗い家の奥からは何も返答がなかった。

おかしい、とラグナは思った。

母は仕事場から家に帰ったと聞いていたし、ヨキとは家で待ち合わせをする約束なのに、と思った。

嫌な予感が膨らんでゆく。

「誰かいないのか?」

ラグナは今度は闇の中に潜んでいるかもしれない何者かに呼び掛けてみた。

それに対しても何も返答がなかった。

ラグナは最初までは慎重に家の中を探していたが、ここには誰も居ないという結論に至ると、普段通り家の中を歩き回った。

無遠慮に音を立てて歩き回っても誰も出てこない。

本当にこの家には誰も居ないのだとラグナは思った。

「みんなどこへ行ったんだ。どうなってるんだ・・・」

気分を落ち着かせるために旅に必要なものをかき集めるラグナ。

それなりに時間が掛かったが、旅の準備が終わった後も家は静寂に包まれたままだった。

(これだけ待っても誰も帰ってこないなんて・・・)

不安感が大きくなってゆく。

居ても立っても居られなくなったラグナは家族を探すために家を出ることにした。

すれ違いになったらどうしよう・・・と思いつつも、ラグナはこの静かな家で不安を抱えたままで待っていられる性格をしていなかった。


 ラグナが玄関から外に出ようとすると、外に何者かの気配を感じた。

息を潜めてそいつの正体を探る。

足音から察するに、そいつは大きい体をしているようだった。

少なくともペンギンではなさそうだった。

ラグナはそいつが領主の手下かも知れないと警戒心を高めつつ、玄関の扉を薄く開け、そいつが家の前を通り過ぎるのを待った。

ラグナが扉の隙間から外の様子を窺いながら暫く待っていると、そいつが家の前を通り過ぎるのが見えた。

それは近所に住んでいる幼馴染のヒグマのホーンだった。

ホーンはなにやら慌てながらドスドスと走っていった。

ラグナは少し安心して、走り去ろうとしているホーンを背後から呼び止めた。

「ホーン!」

「うえっ!?だ、だれ?・・・え!ラグナ!?」

ホーンはひどく驚いているようだった。

いきなり呼び止められたからではない、呼び止めたのがラグナだったから驚いていると居様子だった。

「そんなに急いでどこに行くんだ?」

「どこって、領主の館に・・・」

領主の名が出てラグナは少し不安になった。

そして、こんな夜更けにホーンが領主の館に向かう事の不自然さが引っかかりながら、それを無視して、今、最も大事な質問をホーンに投げかけた。

「ホーン、おれの家族を見なかったか?探してるんだ。どこに居るのか・・・」

「どこって・・・むしろ、ラグナ、お前こそ何でここに居るんだ?」

微妙に噛み合わない会話に少し苛立ちを感じながらラグナは言った。

「何でここに居るって・・・ここはおれの家だ」

「いや、そうじゃなくて・・・ええっと・・・」

「なんだよ?」

「うーん、その、なんというか」

歯切れの悪いホーンに苛立つラグナ。

こいつはいつもそうだ。強気なベリングと一緒の時はずけずけといらないことを言うのに。

そういう思いもあって苛立ちを募らせたラグナは大声で言った。

「はっきり言えって!」

「ほら、はっきり言うの難しいことってあるだろ」

「ホーン、おれ、ゆっくりしていられないんだ。早く家族を探さないと」

ホーンはもごもごと口籠っていたが、家族というキーワードを耳にして目をギュッとつぶった。

意を決してラグナに伝えることにしたのだ。

そして、ホーンは目を瞑ったままこう言った。

「ラグナ、お前の家族が領主に連れていかれたって!」

「え・・・?なに?なんだって?」

ホーンが突然、早口で言ったものでラグナは言葉の大半を聞き逃してしまった。

ホーンは改めて覚悟してラグナに言いにくいことを伝える羽目になる。

「詳しいことは分からないよ。とにかく、これから裁判だって聞いた。なんでそんなことになったのか・・・」

またも早口だったのだが、辛うじて「裁判」というキーワードが耳に止まった。

「裁判だって?おれの家族が?おれの家族、領主の館に居るのか!?」

「俺も良く分からないけど、ベリングの母ちゃんに聞いたんだ。お前の家族が領主の館で裁判にかけられるって・・・」

今度はラグナの耳に確かに聞こえた。

「領主の館で裁判にかけられる・・・?」

ラグナは反芻するようにそう呟いた。

呟きながら考えを巡らせた。

助けに行かなければ。

しかし、おれ一人のこのこ行っても一緒に捕まるだけかもしれないし・・・。

シャドウウルフが助けてくれるだろうか・・・。

いくらシャドウウルフでも表立って領主と事を構えたくないと思うかもしれない・・・。

ラグナが一人悩んでいると、ホーンが突然に声を上げた。

「あ!!」

「なんだよ」

「裁判じゃなくて処刑だったかも」

「なんだと!?」

「いや、ちがう、ちがうって!おれじゃなくて、ベリングの母ちゃんが裁判じゃなくて処刑って言ってたような、そうでないような・・・」

「ふざけんなお前!裁判も無しにいきなり処刑されるわけないだろ!」

「いや、おれもそう思うけど、だから余計に不思議に思ったって言うか・・・」

ラグナは領主の館に向かって走り出していた。

もう悩んでいる余裕はラグナには無くなっていた。

ホーンには、その行動を止めるべきか迷ったが、ただ、茫然とラグナの後姿を見送ることしか出来なかった。

(家族の誰かが死ぬなんて考えたくもない!)

ラグナが走る。

「俺が!身代わりになったって!」

それはかつてのようなヨチヨチ走りではなかった。

前のめりに倒れてしまいそうなギリギリの前傾姿勢で矢のように走っていた。

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