第22話

 領主の館の前には人だかりが出来ていた。

ラグナがそこに到着した時、こんな宣言が聞こえてきた。

「こいつらペンギンは謀反を企てた!その責でこうして囚われ、刑に処されようとしている」

声の主は領主バルドルだった。

とんでもない濡れ衣だ。

ラグナは人混みをかき分けて進んだ。家族の元へ、バルドルの元へ。

しかし、思うように進めず、焦りばかりが募ってゆく。

その間もバルドルの宣言は続いた。

「末弟のラグナだけは今も逃れているが、そいつこそがこの企ての張本人だ!ラグナを捕らえろ!捕らえた者には報奨金を与えるぞ!」

それまで誰も強引に進もうとするラグナを気にしていなかったが、報奨金という言葉のせいか、少しずつ群衆の中にラグナを認識する者が現れ始めた。

ラグナを見つけ、目を凝らすシロフクロウの女。

ラグナを指差すキツネの少女。

それらを強引に振り切って、ラグナは人混みをかき分けて進む。

ついに人混みを抜け、ラグナがその最前列に立つと、そこには大広間で捕縛されているラグナの家族の姿があった。

全員、捕縛されているだけでなく、猿轡をかまされ発言の自由すら奪われていた。、

その傍にはすでに首切り役人が着いていて、すぐに処刑されてもおかしくない状況だった。

「待て!俺はここに居るぞ!家族を放せ!」

「まさか・・・逃亡者が戻って来るとはな」

「家族を解放しろ!殺すのは俺だけで十分のはずだ!家族には何の関係も無い」

「何を言っている?反逆者は一族もろとも処刑と決まっている」

「反逆なんか・・・そんな企てはしていない!お前が始末したいのはおれだけだろう!?」

バルドルは静かにラグナの方に近づいてきて、小声でこう言った。

「確かに最も目障りなのはお前だが・・・ついでだ。目障りなペンギンどもを一掃する良い機会だからな」

それは小声だったので、群衆の耳には届いていなかったが、ラグナの耳にはやけにはっきりと聞こえた。

その言葉はラグナに理解不能すぎて、一瞬、硬直してしまった。

頭が真っ白になり、混乱してしまう。

だが、思考能力の全てを駆使して、ようやく一つの答えを出す。

バルドルは何故だか分からないが、自分たちペンギンの事を目の敵にしている。

それに集落に住む全てのペンギンを消そうとしている。

それが何のためなのかまでは分からない。

とにかく、分かっているのは、目の前の為政者は自分とその家族を皆殺しにしようとしている事実だけだ。

「結論は変わらない。反逆罪は一族もろとも処刑だ」

バルドルはそう冷徹に告げた。

そこには、予定されていたペンギンたちの処刑を多少強引でも完遂しようという意思が現れていた。

「反逆罪だって?そんな証拠がどこにあるっていうんだ!」

ラグナが絞り出すように反論すると、バルドルは奥の部屋に向かってなにやら合図をした。

領主の合図で現れたのは、ラグナが見たこともないウサギの男だった。

彼は偽の証人であり、偽の手紙を持っていた。

「事もあろうに、このペンギンは最北のホワイトウルフ達と通じて、この北の領土を攻めるよう要請したのです。手紙には我が領土の防備の情報が事細かく書かれている!」

「おれは字が書けない」というラグナの反論は無視された。

 その時、裁きの場に誰かが入ってきた。

それはクラッシュだった。

ラグナはまるで救い主が現れたかのように期待し、表情を一転して明るくした。

しかし、クラッシュの表情は、ラグナのそれに反し意気消沈した表情だった。

「・・・クラッシュ」

ラグナが気まずそうに声を掛けると、クラッシュは唇を噛んで俯いただけだった。

そして、そのままクラッシュはバルドルの隣に用意された席についた。

 ラグナは望みを絶たれたような気持ちになった。

クラッシュならば、この状況を何とかしてくれるという気がしていた。

だが、その望みはなさそうだ。

「・・・許さねえぞ。どいつもこいつも俺の憧れを踏みにじりやがって」

「なんだと?」とバルドル。

「勇士は俺の憧れだった!卑怯なやつも!腰抜けも!勇士には居ない。そう思ってた」

勇士への憧れは、幼いころからラグナにとって、全ての原動力だった。

はっきり言って、それはラグナの思い込みに過ぎないし、それが全く正しい認識であるとはラグナ自身も思っていなかった。

ラグナ自身が勇士になることで現実を思い知ったし、色んな奴がいることも分かった。

だが、だからこそ、ラグナの原動力である「憧れ」は何としても守らなければならなかったのだ。

「だから!俺が見せてやる!勇士はこうでなきゃ、ってのをな!」

ラグナは自分にそう言い聞かせた。

「勇士への憧れ」という力をかき集めることで、これからの爆発的な行動への原動力とした。

 ラグナは特攻した。

領主を守る護衛達をすり抜け、ペンギンらしからぬ素早さで、特攻した。

そして、通常ではありえない瞬発力を発揮し、シロクマの頭上を越える高さにまで飛びあがった。

「くらえっ!」

ラグナは乾坤一擲の一撃を加えた。

その相手はクラッシュだった。

クラッシュに平手打ちをお見舞いしたのだ。

「しょぼくれた顔をしやがって!アンタらしくないぞ!」

そして、ラグナは改めて領主の方に向き直った。

クラッシュは驚いた表情のまま固まっている。

「さあ、待たせたな。次はアンタの番だ。言っておくけど、平手打ちじゃ済まさないからな!」

その場に居る、全ての者がラグナの行動に驚き、固まっていたが一番最初に行動を再開したのは護衛達だった。

自分の職務を思い出したかのように動き出し、ラグナを取り押さえる。

「ぐあっ」

護衛のシロクマ達にのしかかられ、ラグナは身動きが取れなくなった。

「ふ、ふはは、ペンギンごときが驚かせおって、見たか?息子よ。ペンギンがお前に牙を剥いたぞ。これがこいつらの本性だ。恩を仇で返す。野蛮で愚かなのだ。こいつらは!」

それを聞いてもクラッシュは、反応を返せなかった。

自分に起きたこと、そして、置かれた立場、それらがクラッシュの頭を混乱させていた。

おもむろにバルドルは立ち上がり、ラグナに歩みよった。

「さて、それでは、私自らが処刑を執り行おう。お前ら、そのまま押さえておけ」

「俺を殺すなら、一人でかかってこい!腰抜け!」

「ふん、なぜ、そんなことをしなければならない?」

「お前もかつて勇士だったんだろ!?知ってるぞ」

ラグナの言う通り、バルドルも勇士だった。

その活躍は今でも記録に残されており、ラグナはひそかに憧れても居たのだ。

「今は領主だ。そして、これが領主の力だ。ほら、跳ねのけてみろ、はははは!」

「くそぉ!一対一で勝負しろ!バルドル!領主には挑戦を受ける義務があるはずだ!」

この北の領土において、領主であるための資格は「強さ」だった。

領主には、挑戦者からの決闘を受ける義務があり、負ければ領主の座から退かなければならないという決まりが、遠い昔からあったのだ。

だが、バルドルはそれを突っぱねた。

「反逆者・・・犯罪人のいう事は聞けんな」

「このぉ!卑怯者め!」

バルドルが処刑用の斧を振り上げる。


 その時、ラグナの危機を救ったのはラグナの兄、ヨキだった。

ヨキが立ち上がり、縄で縛られたままで体当たりを敢行したのだ。

ラグナを押さえつけている護衛がよろけて、その隙にラグナは自由を取り戻した。

「・・・兄ちゃん!?」

ヨキが何とかさるぐつわを外して声を発した。

「お前だけでも逃げろ!」

「でも・・・」

「ラグナ、さっきの啖呵、立派だったぞ・・・生きろよ」

ヨキは、一矢報いたものの、すぐに再び取り押さえられた。

捕えられていないのはラグナだけだったが、ラグナにも護衛たちが迫っており、捕まるのは時間の問題かと思われた。

広間に緊張感が走る。

ラグナの家族たち、そして、広間に居る野次馬たちすら、ラグナが逃亡できるか、それとも敢え無く捕まってしまうかを

固唾を飲んで見守っていた。

「えらいことになってるなあ。ラグナ」

そんな極限の緊張感の場にふさわしくない呑気そうな声が響いた。

その声の主に向かって、ラグナは「シャドウウルフ!」と叫んだ。

「もしかして、俺のせいか?」

ラグナは首を振る。

「じゃあ、これのせいか?」

そう言ってシャドウウルフが取り出したのは、ラグナのアーティファクトだった。

シャドウウルフは約束通り、宝物庫からアーティファクトを盗み出していたのだった。

シャドウウルフが「ほら!」と言って、ラグナにアーティファクトを放り投げる。

 だが、それはラグナまで届かなかった。

ラグナに届く前にクラッシュが空中で掴み取ったのだ。

己の手の中にある、それをクラッシュはじっと見つめた。

クラッシュはアーティファクトを見つめながら葛藤していた。

「やっぱり、これはアーティファクトだったんだ。父上はもしかして知っていたのでは?」

バルドルがラグナから「それはエーテルの貯蔵カプセル」だという理由で奪い取った。

だが、それが嘘だったなら、父の行いは到底許されるものではない。

「そして、それを横取りするためにこんな裁判を開いた!違いますか?」

「お前は私がそんなつまらん事でこんな茶番を演じていると言いたいのか?」領主が反論した。

「・・・わかりません。でも、この状況は、そう思わざるを得ない・・・」

「息子よ。きれいごとだけで統治は出来ん。後でゆっくり教えてやる」

バルドルがそう言って手の平を向けて、クラッシュにアーティファクトを自分に渡すように促した。

・・・だが、クラッシュはまだ迷っていた。

父親の含みのある言い方は、単なる言い訳なのか、それとも正当な理由があるのか・・・。

いつまでも煮え切らないクラッシュにバルドルは見切りをつけた。

「もういい!今はとにかくそれを持っていろ。ペンギンには死んでも渡すなよ?」

 バルドルはそう言い捨てると、今度はシャドウウルフに語りかけた。

「シャドウウルフ、なぜ、貴様がそのペンギンの肩を持つのか知らんが、今、武器を収めるならば、罪は軽くなるだろう。

ただのコソ泥だからな。反逆罪とは全く訳が違うと思わないか?」

「コソ泥はお前の方だろ?領主さんよ。そのアーティファクトは親父の遺言でラグナに譲るはずのものだったんだ。

それを横取りされるのを黙って見てるわけにはいかないだろうがよ」

「なるほど、そういう繋がりか・・・。なら、仕方ない」

バルドルは苦い顔をして短いため息をつくと、奥の部屋に向かって声を張り上げた。

「おい!仕事だ!二人とも出てこい!」

その呼びかけに応じて姿を現したのは、例のハイエナとウサギの用心棒だった。

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