第23話

 ハイエナは奥の部屋から様子を窺っていたので、仕事の内容は既に承知していた。

その上でニヤリと笑う。

「シャドウウルフか・・・」

ハイエナはほくそ笑んだ。

彼はシャドウウルフという極上の獲物に出会い、戦う機会を得られたことを喜んだ。

そして、すでに頭の中には自慢のナイフをシャドウウルフに突き立てる未来を想像していた。

 もう一人の用心棒、ウサギのレティも笑みを浮かべていた。

レティの視線はラグナ達一家に注がれていた。

「ああ、やっぱりかわいいなあ・・・」

すっかりペンギンのファンになっていたレティは広間にラグナの一家が集められている光景に恍惚としていた。

そして、葛藤もしていた。

「でも、仕事かあ・・・」

ペンギンを傷つけたくないという気持ちと、雇い主の命令を聞かないといけないという葛藤だ。

レティは少し悩んだが、すぐに考えるのを止めた。

「とりあえず、こっちかな」

レティはその手にボーガンを持っていた。

その身の丈に合わない巨大なボーガンだ。

レティはそのボーガンをシャドウウルフに向けて構えた。


 そんな二人に向かってバルドルが叫ぶ

「やれ!ペンギンとシャドウウルフを殺せ!そのために高い金を払っているんだからな!」

その叫び声をきっかけにその場の空気が殺伐とした戦いの空気に置き換わってゆく。

 観衆たちもそれを感じ取った。

誰も彼もがこれから苛烈な戦いが始まるという予感を感じ、巻き込まれたくないと悲鳴と共に去った。

 その予感は正しかった。

観衆が去りきるのを待てないとばかりに、ハイエナがシャドウウルフに襲い掛かったのだ。

ハイエナは人々に犠牲が出ることなど全く意に介していないようだった。

むしろ、逃げ遅れた子供をシャドウウルフに向かって投げ飛ばし、それによって出来た隙をつく。

シャドウウルフは子供を優しく受け止め、逃げるように促すとハイエナを睨んだ。

「てめえ・・・」

シャドウウルフの怒りのスイッチが入り、一気に戦闘態勢に入る。

だが、ハイエナは全く怯まない。

それにハイエナは卑怯なだけでなく、戦闘能力も高かった。

巧みに手にしたナイフで牽制し、シャドウウルフが影に逃れようとするのを妨害している。

(あのナイフ・・・アーティファクトか・・・あれで傷つけられるのは不味そうだな)

シャドウウルフはそう分析した。

それに敵は目の前のハイエナだけではない。

このハイエナだけに集中していたら、領主か誰かがペンギンたちを処刑してしまうかもしれない。

シャドウウルフは攻撃をいなしながら、ハイエナに話しかけた。

「報酬貰ってるんだって?いくらだ?」

「ケッ!アンタを殺るには少ねえが、アンタを消せば俺の名が上がるからな」

シャドウウルフはあわよくばハイエナを買収しようと思っていたが、それは出来ないようだった。

それが分かると、シャドウウルフはすぐに頭を切り替えて覚悟を決めた。

「そうか・・・それじゃあ、かかってきな」

オオカミとハイエナの本気の速度は、周囲の全ての者を翻弄した。

・・・だが、それを冷徹な目で見つめている女が居た。

それはレティだった。

彼女はその手に持っている身の丈に合わない大きなボーガンを構え、シャドウウルフに狙いをつけ、トリガーを引いた。

勢い良く放たれた矢はギリギリでシャドウウルフには当たらなかった。

だが、その一撃はハイエナに集中していたシャドウウルフの意識を逸らせ、隙を作らせた。

「良い援護だ!女!」

ハイエナが嬉しそうに言うと、ウサギは不満そうに答える。

「別に助けてるつもりはないんですけど・・・」

その言葉通り、ウサギは二射目を放つ。

またも、それはシャドウウルフの命を直接的に狙ったものだった。

シャドウウルフは目の前の凶刃と、正確無比な射撃を同時に相手にしなくてはならないという事を思い知らされる。

「くそッ!」

苦戦するシャドウウルフ。

ボーガンの矢がシャドウウルフの逃げ道や行動の選択肢を奪ってゆく。

ハイエナは、思うように戦えないシャドウウルフに刃を突き立てるだけで良いのだ。

「くく、あの女、いけ好かねえが腕は確かだ。殺れる、殺れるぞ!」

徐々に追い詰められるシャドウルフ。

そして、遂にシャドウウルフがボーガンの矢を避けようとして体勢を崩した。

「殺った!」

ハイエナのナイフの刃がシャドウウルフに突き立てられた。

「これは猛毒のアーティファクトだ!もう、お前は助からねえ!」

そう高らかにハイエナが宣言する。

だが、シャドウウルフは冷ややかに言う。

「わざわざ説明ありがとよ。俺のアーティファクトの説明もしなきゃいけねえか?」

シャドウウルフの体を影が覆い始めていた。

ハイエナの刃は影の鎧に妨げられていて、シャドウウルフの体には到達していなかった。

「・・・いらねえみたいだな」

「くそッ!」

慌ててシャドウウルフと距離を取ろうとするハイエナだったが、もう先ほどまでのように逃れることは出来なかった。

影を纏ったシャドウウルフの動きは先ほどまでよりも遥かに俊敏なものになっていたのだ。

 黒い霧のようにシャドウウルフの体を覆うそれには、鎧のように守るだけでなく身体能力を向上させる力もあった。

霧のように見える微細な影はシャドウウルフの体内にも取り込まれ、筋力や瞬発力を強化する。

 急激な強化はシャドウウルフの体に負担を強いるものの、ハイエナとの形勢は既に逆転していた。

シャドウウルフのスピードはハイエナのそれを遥かに凌駕し、レティのボーガンによる援護がありながらもハイエナは徐々に追い詰められていく。

「言っておくが、俺はかなり頭に来てる。関係ない子供を戦いに巻き込みやがって」

「そ、それがどうした!俺は勝つためならなんでもやる!なんでもだ!」

その言葉のやり取りでハイエナは次の作戦の着想を得た。

その視線の先にはラグナ達ペンギンが居た。

ペンギンの誰かを人質に取ろうというのだ。

ハイエナはすぐに行動を起こしたが、その浅はかな考えは誰の目にも明らかだった。

シャドウウルフはハイエナの行く手に立ちはだかった。

そして、その考えを見透かしたレティも援護を止めてしまったのだ。

「嫌いですね。そういうの」

レティはそう言い、シャドウウルフは「・・・全く、頭にくる野郎だぜ」と言った。

オオカミとウサギが奇妙に意見を一致させたことでハイエナの命運は尽きた。

「ま、まて・・・」

ハイエナはそう言いかけたが、シャドウウルフは聞き遂げず、その影で覆われた爪を振り下ろした。

その一撃はハイエナを戦闘不能に陥らせるのに十分な威力を放っていた。

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