第24話
レティはそれを見てため息をつく。
シャドウウルフの噂は聞いていたが、その強さは予想を超えていた。
そして、大口をたたいていたわりにハイエナは弱くて、それも的外れだった。
「あーあ、やられちゃった・・・」
「お前も金で雇われてるんだろ?それは命を懸けるほどの額か?」
シャドウウルフが揺さぶる。
レティは、それに真面目に答えた
「今の契約金・・・安すぎるんですよねー。相手がシャドウウルフだなんて聞いてなかったし」
その言葉にバルドルが憤りながら口を出す。
「安いだと・・・?ふん、それなら倍払えばシャドウウルフを仕留められるというのか?」
「倍・・・倍かぁ・・・えーと、そうですねー・・・それでも安いかな・・・でも、仕事を途中で投げ出すのもアレだし・・・」
レティの反応にシャドウウルフは困惑した。
・・・軽すぎる。
レティのその言動はシャドウウルフを脅威と見ていない感じだった。
まるで、予定外に頼まれた残業を嫌がるような素振り。
(やりたくはないけど、できなくはない)そういう態度だった。
シャドウウルフはウサギの用心棒に得体の知れない何かを感じ始めていた。
(こいつ、何か持っていやがるな・・・)
「やってみないうちから諦めるのは良くない、って誰かが言っていたし」
シャドウウルフは得体の知れなさを感じながら、ウサギの緩い言動にいまいち緊張感を持てていなかった。
だが、次のレティの行動を見て、シャドウウルフは警戒を最大にまで高めた。
レティはおもむろに屈む。
それは、履いていた銀製のアーティファクトを発動させるためだった。
変哲のない靴に擬態していたそれは、急激に変貌し、レティの両足を覆ってゆく。
そして、あっという間に変形を終え、銀色の足鎧(グリーブ)となっていた。
「珍しいな。足に着けるタイプのアーティファクトか」
「そうです。シャドウウルフさんのは腕に着けるタイプですね。そうだ!ちょっと貸してみてください。足と腕、両方に着けたら格好いいかも!」
「・・・駄目に決まってるだろうが」
「そうですか。ケチですね。いいですよ。無理やり!もらっちゃうので!」
レティは無邪気な笑みを浮かべたかと思うと、笑顔のまま助走し、そして跳躍した。
その跳躍の方向は意外にも真上だった。
てっきり自分に向かって飛んでくるものだと思って身構えていたシャドウウルフは、意表を突かれた形となった。
レティが飛んでいったのは館の天井だった。
結構な高さがあり、館の中が薄暗いのもあってシャドウウルフは一瞬、レティを見失った。
その一瞬ですぐにレティは跳ね返ってきた。
「ぐあっ!」
レティの蹴りをくらったシャドウウルフが呻き声をあげる。
レティは天井を足場にしてシャドウウルフに蹴りを叩きこんだのだった。
咄嗟に腕でガードしたもののその威力を受け止めきれず、シャドウウルフは吹き飛んだ。
また、足場となった天井もその威力を物語っていた。
遺跡領域から伐採してきた大木で建てられた、とても強固なものだったが、それがバキバキに折れ、材木の一部がガラガラと落ちてきた。
「どうです?死んじゃいましたか?」
派手に吹き飛ばされたシャドウウルフだったが、すぐに立ち上がってレティの問いに答えた。
「驚いたが、あいにく死んでねえよ」
「ああ、身に纏ってる、そのゾワゾワした影のせいですか。それ厄介そうですね」
「・・・もう気が済んだか?」
「それなら、こっちも試してみますね。よいしょっと・・・」
レティはそう言って、持っていたボーガンに矢をつがえ始めた。
シャドウウルフはそのボーガンの矢の威力は既に知っている。
だが、その威力の源である弦を引き絞るためには、相当な力と時間が必要そうだ。
ボーガンは規格外に大きく、それに対し、レティは小柄で非力そうに見える。
身の危険を感じたシャドウウルフは、矢を放つ準備が整う前に決着をつけるべく、レティとの距離を詰めようとした。
しかし、シャドウウルフの思惑通りには事は進まなかった。
レティは足の力を使って、いとも簡単に弦を引き、あっという間に矢の装填を終えてしまったのだ。
そして、自慢の脚力を使って後ろに飛びのき、シャドウウルフから距離を取り、そして、矢を放った。
「うぉっ!」
距離を詰めようとしたシャドウウルフは急停止し、回避する。
・・・運よく。矢はシャドウウルフに当たらなかった。
代わりにシャドウウルフの背後の壁に深々と突き刺さり、その威力の高さを物語る。
シャドウウルフは、やみくもに距離を詰めることを止め、身構えた。
その様子を見たレティは確信する。
シャドウウルフは矢の威力を恐れている。
このボーガンの威力なら、シャドウウルフを鎧のように守っている影を貫けるかもしれない。
「・・・これは、頑張れば勝てるかも」
レティはそう呟き、次の矢をつがえ始める。
シャドウウルフは難しい選択を迫られることになる。
下手に距離を詰めようとしても、レティはウサギらしくピョンと飛んで逃げてしまう。
レティを捕まえようとすればするほど、ボーガンを避けるのが難しくなる。
かといって、ボーガンが飛んでくるのを身構えて待っているだけでは、勝つことは出来ない。
距離があれば、レティは矢が尽きるまで撃ってくるだろう。
それを躱し続けることは不可能に違いない。
「こいつは参ったぜ・・・」
だが、その言葉通りに降参するわけにはいかない。
シャドウウルフは覚悟を決める。
目の前のレティを脅威と認め、己の能力を全て傾け、それに挑むという覚悟だ。
戦いは始まったばかりだが、恐らくギリギリの戦いになるだろう。
しかし、シャドウウルフは今までもそういう戦いの中で勝機を見出してきた。
戦いは駆け引きだ。
目の前の若いウサギに経験の差を見せてやろう。
そう思った矢先だった。
シャドウウルフと距離を取っていたレティが急に距離を詰めてきたのだ。
アーティファクトによって劇的に強化された脚力によって、一気にシャドウウルフに迫り、素早い連続の蹴りをシャドウウルフにくらわせた。
「固っ・・・!やっぱり、そのゾワゾワした影、すっごく固い!!」
文句を言いながら、一方的に蹴り続けるレティ。
シャドウウルフも、その素早い動きに防戦一方だった。
さらにレティは連撃の最後に思い切り力を入れた一撃を入れ、その反動で飛び退き、空中でボウガンを発射した。
レティの蹴りによって、シャドウウルフは完全に体勢を崩していた。
(避けられない・・・っ!)
そう思ったシャドウウルフは覚悟を決め、ボーガンの矢を受けることした。
ただ受けるのではなく、ボーガンの着弾箇所・・・つまり心臓のあたりに全身を覆っている影を集中させたのだ。
それにより防御力が格段に跳ねあがり、ボーガンの矢がシャドウウルフの体に届くのを阻んだ。
ボーガンの矢がポトリと床に落ちるのを見たレティは、うんざりしたような声を上げる。
「うわー、ボウガンの矢も刺さらないじゃないですか。これサイだって射貫く特注品なのに。ずるいー」
シャドウウルフが纏った影は、レティの攻撃を受け切った。
しかし、無傷という訳ではないらしく、苦しそうに膝をついた。
影の防護により、肉体的なダメージは軽微だが、その代わりに体力と精神力を大量に消耗したためだった。
「・・・あれ?全く効いてないってわけでもなさそうですね」
レティがニヤリと笑みを浮かべ、攻撃を再開した。
しかし、年若い・・・いや、むしろ幼いとさえいえるウサギがこれほど熟達した戦いを見せるとは意外だった。
距離を取って戦うと見せかけ、意表を突き、体勢を崩したところにボーガンを撃ち込む・・・。
シャドウウルフはその戦い方に感心するほどだった。
そして、それ以上に戦慄していた。
「くそう、痛えじゃねえか・・・」
シャドウウルフはボーガン矢が当たった胸のあたりを抑えながら、ちらりとラグナの方を見る。
自分が投げたアーティファクトは、別のシロクマが奪い取ってしまった。
どういう事情か知らないが、ラグナとそのシロクマはアーティファクトを奪い合うでもなく、何やら話し込んでいる。
もしも、ラグナが例のアーティファクトを使って自分に加勢してくれれば・・・。
そんな考えが頭をよぎる。
シャドウウルフは、その甘い考えを振り払いながら、自分がそれほど追い詰められた状況なのだと自覚する。
・・・だが、シャドウウルフは更なる窮地に陥ることになる。
シャドウウルフとレティの戦いを見ていたバルドルが、急遽、参戦を決意したのだ。
「あれを持ってこい」
バルドルは部下にそう命じて持ってこさせたのは、中央に赤い宝玉がはめ込まれた盾のアーティファクトだった。
それはバルドルにとっての奥の手だったが、つい先ほどまで使うつもりはなかった。
なぜなら、このアーティファクトを使用するためには大量のエーテルを消費するので、もっと危機的な場面で使うつもりだった。
そう・・・シャドウウルフはバルドルにとっては、まだ最大の危機とは言えなかった。
雇った傭兵のウサギは健闘しているし、領主の危機を聞きつけて勇士たちも続々と集まってくるだろう。
何せ、敵はたった一人。
数で圧し潰せば、(部下に多大な犠牲が出たとしても)確実に勝利を得られる。
そう思っていた。
その考えを変えたのは功名心だった。
老いて一線から身を引いたバルドルですら「シャドウウルフを己の手で討つ」という事は、あまりにも魅力的だったのだ。
そして、バルドルには奥の手のアーティファクトがあった。
それはバルドルに勝利を確信させるだけの性能があった。
バルドルはシャドウウルフ達の戦いを注視しながら、戦いの準備を始めた。
バルドルの部下はせっせとエーテルを奥の貯蔵庫から運び出してくる。
バルドルはアーティファクトを起動させ、エーテルを吸収させた。
床置きしたエーテルにアーティファクトをかざすと、エーテルは赤い宝玉に光となって吸い込まれてゆく。
人一人が冬を越すのに十分な量のエーテルが一瞬で消える。
「まだだ、もっと持ってこい!」
それでもアーティファクトを扱うにはエーテルの量が足りず、バルドルは部下に檄を飛ばす。
エーテルを運び出していたトナカイは、その量に慄きながら独り言をつぶやく。
「とんでもない量だ・・・まだ足りないって言うのか?」
「急げ!早くしろ!」
三人がかりでエーテルを運び出し、何往復もしてようやく赤い宝玉は一度の戦闘に耐えるだけの力を蓄えたようだった。
「・・・よし、いいだろう」
バルドルが満足そうに笑みを浮かべる。
そうして、バルドルは壁に掛けてあった愛用の斧を右手に持ち、戦いの準備を完成させた。
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