第20話

 シャドウウルフは全く緊迫感のない様子で立っていた。

その様子からラグナは、この人はマンティスに気付いていないんじゃないか。と思った。

「シャ・・・」

ラグナが言葉を発するよりも早く、マンティスの鎌がシャドウウルフに向かって振り下ろされた。

しかし、シャドウウルフはそれを見もせずに躱した。

「もしかして、何かの訓練の最中だったか?邪魔しちゃったか?」

「あ、いや」

「そうか!俺が渡したアーティファクトの練習か?あれはホントに使いこなすのが難しいからなあ、俺も挑戦したことがあるんだが、全然ダメだったぜ」

シャドウウルフはそう言って笑っている。

ラグナは、そんな風に落ち着いていられなかった。

死の恐怖が依然そこに居て、シャドウウルフがなぜそんなに落ち着き払っていられるのか理解できなかった。

「シャドウウルフ!マンティスが!」

ラグナはやっとの事でそう叫んだ。

それを聞いて、シャドウウルフはようやくマンティスに意識を向けた。

「ああ、こいつらが居たら落ち着いて話も出来ないな。壊すけど、いいか?」

ラグナがその言葉にとにかく頷くと、シャドウウルフはすぐに行動を開始した。

シャドウウルフはまるで簡単な用事でも済ませるかのような軽く、そして少し気怠そうな足取りでマンティスに向かって行った。

そして、その爪をマンティスに向け、戦いを開始した。

しかし、その戦い方は、かつて見たスタイルとは違っていた。

影に潜り、敵の意表をつくという点は同じだったが、それだけではなかったのだ。

シャドウウルフは影を纏っていた。

黒い霧を更に濃くしたような影がシャドウウルフの全身を覆っていたのだ。

それは影を凝縮した鎧の様だった。

そして、それは武器でもあった。影はシャドウウルフの両腕に大きな爪を形成した。

鎧は強固でマンティスの攻撃を容易く跳ね返し、爪はマンティスの堅い外殻を容易く切り裂いた。

それに何より影を纏ったシャドウウルフの身体能力は、通常時とは比べ物にならないほどに向上していた。

影がシャドウウルフの動きを助け、常人ならざる身のこなしを可能としていた。


月明かりの下、影の鎧をまとい、目だけを赤く光らせたオオカミが次々と敵を破壊する光景はとても幻想的で、ラグナは思わず見入ってしまった。


 シャドウウルフはあっという間に全てのマンティスを破壊した。

身に纏った影を解除しながら、ラグナの元に戻ってくる。

「これ使うとすげえ疲れるし、体が痛くなるんだけどな」

言葉とは裏腹に、ちょっとした運動を終えたかのような様子のシャドウウルフ。

腕の関節を動かし、運動後のストレッチでもするかのような仕草をする。

「でも、ま、待たせるのも悪いから、頑張ったわけだが」

シャドウウルフは、そう言って手頃な場所を見つけて腰掛けた。

「訳を聞かせてくれるか?戦ってる途中で気付いたんだが、おまえ、俺が渡したアーティファクト持ってねえじゃねえか」

それを聞いたラグナは、あの戦いの最中にそんな事に気を配っていたのか、と驚いた。

そして、その突然の質問の答えを頭の中で整理しなければならなかった。

「・・・ごめん、せっかく届けてくれた、あのアーティファクト・・・その、盗られちゃって」

背後でドーリンがきまり悪そうにしている気配を感じる。

「がっかりだぜ、ラグナ。俺がどれだけ苦労して、あれをお前に手渡したと思う?」

「・・・ごめん」

「・・・もしかして、その事と、この連中は関係あるのか?」

その言葉と共に、急激にシャドウウルフからの威圧感が高まった。

再び死の気配を感じる羽目になったドーリンは「ひっ!」と短い悲鳴を上げる。

「いや、そうなんだけど、こいつらは、命令されただけだから・・・」

「命令?命令だと?」 

シャドウウルフは一瞬、怪訝そうな顔を見せたが、すぐに何か心当たりを見つけたらしく、納得したような表情に変わった。

「もしかして、盗ったってのは権力がある奴ってことか?」

ラグナは無言で頷き、肯定した。

「そうか、そういう事は良くあるからなあ、俺も、そこまで考えてやるべきだったかもなあ、そうかあ・・・相手は誰だ?」

「・・・領主のバルドル」

「領主!?・・・領主かあ」

シャドウウルフは、考え事を始めた。

自分の斜め上のあたり虚空を睨め付けながら眉間にしわを寄せ、への字口にしたり、もごもごと動かした。

それは彼が考え事をする時の癖だった。

 そして、顎髭を撫でたり、引っ張ったりしていたが・・・最後にすごく嫌そうな顔を見せたかと思うと、

頭をガーッと掻きながら「あー!もう、面倒くせえ!」と叫んだ。

そして「乗り掛かった舟だ。俺に任せとけ」と決意したように言った。

「・・・それって、もしかして取り返すのに力を貸してくれるってこと?」

「ま、そういう事だな」

そうして、シャドウウルフはきまり悪そうに頭を掻きながら言った。

「それで?こいつらは?どうする?」

その時のシャドウウルフの目は、ラグナが今まで見た、どんな生き物よりも無慈悲な目をしていた。

ラグナが返答を間違えば、シャドウウルフはあっという間にこの場に居る全員を始末してしまうだろう。

「いや!いいんだ、大丈夫!」

ラグナは咄嗟にそう答えていた。

すると、シャドウウルフはいつもの、気さくそうな目に戻っていた。

口元にも笑みが戻っている。

「そうか」

ラグナは胸を撫で下ろしながら「うん」と答えた。

「それじゃあ、早速行くか。ついてきな」

シャドウウルフはそう言って、影から影に飛び移りながら先を行った。

ラグナはその後を追う。

振り返るとドーリンたちも後をついてきていた。

シャドウウルフを恐れつつも、この森に残されるのも恐ろしく、仕方なくとぼとぼとついてきているようだった。

彼らの背後には、遺体が横たわっていた。

無残に打ち捨てられ、集落に帰ることが出来なくなった者たちの亡骸が。

ラグナはその者たちに複雑な思いを抱きながら、シャドウウルフの後を追って走った。


 ラグナが集落に戻ると、すっかり夜は更けていた。

出歩く者も無く、静寂に包まれている。

しかし、どこか普段の集落の雰囲気とは違う、謎の違和感があった。

それはいつもよりも篝火が多いとか、何となく重苦しい空気が立ち込めているような気がするというような些細なものだった。

そんな僅かな違和感よりも、ラグナは無事に帰ってこれたことの喜びの方に気を取られていた。

「帰ってきたのか・・・おれ・・・帰ってこれたんだ」

ラグナはそう呟いていた。

集落を出たのは小一時間ほど前だったが、色んなことがありすぎて、まるで遠い昔の様だった。

 ラグナがそんな感慨に浸っていると、ドーリンが声を掛けてきた。

「ラグナ・・・謝罪をしないとな。領主の命令とはいえ、悪かった。それに助けてもらった・・・だから、その・・・」

ドーリンは何かその先を言いずらそうにしている。

しばらくドーリンが口ごもっていると、シャドウウルフが助け舟を出した。

「助けたと言っても成り行きだからな。別に恩に着ることはねえ。さっさと行っちまいな。一緒に居れば反逆者だ」

「・・・そう言ってくれると、正直助かる。すまねえ・・・すまねえシャドウウルフ」

そそくさと立ち去るドーリン。

僅かに生き残った勇士たちもそれに追従する。

ドーリンの背にはバリーが背負われていた。

バリーは出血のせいで気絶しているようだった。

ドーリンはきっとこの後、バリーを医者に診せるだろう。

ラグナは遠くなってゆくバリーの姿を見つめながら、その無事を祈った。

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