第18話

 ラグナはすぐに隠れられる場所を探した。

幸運にもそれはすぐに見つかった。

そこには倒木があって、その影が丁度ラグナの体を隠すのにうってつけだった。

ラグナはこれ幸いとそこに隠れると、次にあることが気になった。

(そうだ、足跡・・・)

雪についた足跡がラグナの居場所を知らせてしまうのでは?という不安に駆られたのだ。

ラグナが周囲を見回すと、その心配がないことがすぐに分かった。

地面は既に誰かに踏み荒らされていて、ラグナの足跡を追うどころではないほどに乱れていたからだ。

ほっとしたラグナは再び身を隠そうとした。

・・・そこをドーリンに運悪く見つかってしまった。

「とうとう捕まえたぞ!このチビネズミが!」

「おれはネズミじゃねえ!!」

「同じようなもんだ。こんなところまで走らせやがって!とにかくこれでボーナスゲットだぜ」

ドーリンが口走った一言をラグナは聞き逃さなかった。

「なに?なんだって?ボーナス?」

ラグナは一気に怒りを爆発させた。

勇士とは誇り高い存在であり、金や権力ではなく、皆の安全や誇りのために働くべき存在だ。

少なくともラグナにとってはそう言う存在だった。

「ボーナス!?あんた、金で領主の手先になったのか!?」

ドーリンは面倒くさそうな顔をして見せた。

ラグナにとっては勇士にとって最も大事なのは誇りだったが、ドーリンにとっては違っていた。

とはいえ、ドーリンも若い頃はそう思っていたし、今だって建前はそうだったので、ラグナの反応は面倒でしかなかった。

(これだからチビは面倒くさい)

そう思いながら、ドーリンはあっさりと開き直った。

「ああ!悪いか?見ろ。俺のデカい体を。俺のカミさんはもっとデカい。食費がかかる。旨いものを食わしてやりたいんだよ」

ラグナはそれを聞いて怒りを高ぶらせた。

だが、同時に「カミさんに旨いものを食わしてやりたい」という部分には共感して困惑した。

そんなラグナに向かってドーリンは更に主張を続けた。

「だから、お前の懸賞金がいるんだ。悪いか?」

その言葉を聞いてラグナは意を決した。

「悪くない・・・けど!捕まるわけにはいかない!」

ラグナはそう叫んで走った。

そして、ラグナを捕まえようと伸ばしたドーリンの腕と足をそれぞれすれ違いざまに斬った。

ドーリンは思わぬペンギンの反撃に意表を突かれ、前のめりに倒れた。

ラグナはドーリンの背後に立ち、少し考えて「やっぱり悪い!」と言って、更にドーリンの背中を斬りつけた。

「痛ぁ!」

ラグナに斬りつけられた傷はトドの分厚い皮膚からすると、大したダメージではなかった。

それでもドーリンを怯ませ、ラグナが逃げる隙を作るには十分だった。


 ラグナが走り、その後をドーリンが追いかける。

足を斬りつけられたせいもあって、思うように走れないドーリン。

森の中という事もあり、障害物が多く、体の大きいドーリンの方が不利だった。

(これなら逃げきれる)

ラグナはそう確信した。

実際、ラグナとドーリンの距離は少しずつ開いていた。

・・・そんな油断したラグナにバリーが飛び掛かった。

「なっ!!?」

バリーはウサギの斥候部隊のリーダーだ。

ちょうどラグナと同じくらいの背丈のバリーが勢いよくラグナに飛び掛かったことで、ラグナとバリーは二人してゴロゴロと転がり、最終的にはバリーが上になってラグナを押さえつける形に落ち着いた。

見上げる形で突然の来襲者の正体を知るラグナ。

「いたた・・・バリー・・・さん!?」

雪と泥にまみれたバリーはラグナを押さえつけ、厳しい口調で言った。

「もう逃げられないぞ。ラグナ」

ラグナは藻掻き、暴れながら「あんたも金か!」と叫んだ。

それに対し、バリーは何だか分からないという顔を見せ、こう言った。

「何を言っているんだ。少し落ち着け、ラグナ」

ラグナはバリーの答えを聞いてもなお、暴れ続けた。

ドーリンが、憧れていた勇士が金のために自分を捕まえに来たことがショックで誰も信じられなくなっていたのだ。

バリーもどうせ、しらばっくれているだけで懸賞金が欲しいに違いない。

確かにそれも分かる。北の集落の暮らしは誰も楽じゃないから。

・・・だが、実際はバリーはドーリンから分かれて応援を探しに行ったセイウチから話を聞いてここに来たに過ぎなかった。

バリーはセイウチから「とんでもない犯罪をやらかしたペンギンを捕まえなきゃいけない」という話だけを聞いてここに来ていたのだった。

「落ち着けラグナ!何があったか知らないが、大人しく裁きを受けろ。秩序がお前を守ってくれる!」

そんな行き違いがあるとは知らず、ラグナは逃れるために全力で暴れていた。

バリーの説得も耳には入っておらず、ラグナに冷静に話す余地も無かった。

バリーが困り果てていると、他の面々が遅れてやって来た。


 遠くから複数の声が聞こえてくる。

フォッグが集団を率いるように先頭を歩いていた。

その後ろをペンギン一匹を捕まえるには大げさな数の勇士たちが後に続く。

集団の最後は息を切らしたセイウチだった。

 フォッグは押さえつけられて身動きの取れないラグナを目にすると、余裕ぶってゆっくりと歩き、ラグナの傍にやってくると「ほらな、ペンギンを狩るのなんか簡単だ」と言った。

フォッグはかなりいい気分になっていた。

腕利きの殺し屋二人がしくじった仕事を自分がやり遂げたのだ。

・・・実際にはフォッグの力ではなく、勇士たちの力だったが、フォッグはそれを自分の力だと思い込み、信じて疑わなかった。

 フォッグは改めて勇士団のリーダーという立場によって得られる力に酔いしれた。

そうなるとその力を失うのが怖くなる。

実際には既にバルドルにリーダーの地位をはく奪されている。

もし、目の前のラグナを再び逃すことがあれば、確実にフォッグは何の力もない惨めな存在になってしまうだろう。

フォッグはそんな思いから、こんなことを言い出した。

「ここで殺してしまおう。運ぶのが楽になるし、何より逃げる心配がなくなるからな」

フォッグは心を入れ替えたのだ。

リーダーの地位をはく奪され、追い詰められたことで、冷酷な手段も辞さない性格に変わろうとしていた。

 その言葉に皆が驚いた。

誰よりも驚いたのはラグナを押さえつけていたバリーだった。

「何言ってるんだ!貴様!」

あまりに驚いたために、その拘束がゆるみ、ラグナは隙をついて抜け出した。

フォッグはそれを見て焦り、叫んだ。

「おい!!逃がすな!誰か捕まえろ!」

その声に反応し、ラグナを捕まえたのは、たまたま逃げる先に居たドーリンだった。

「よしよし、捕まえたぞ。さっきはよくもやってくれたな」

ドーリンはそう言いながらも、ラグナを捕まえる手が必要以上にラグナを痛めつけないように気を付けていた。

自分が傷つけられたことよりも、まさか体の小さなラグナがここまでやるとは思わず、称賛の念が湧いていたためだった。

ラグナはドーリンがそんな事を思っているとは知らず「離せ!この!」と叫びながら暴れた。

「こら暴れるな。じっとしていろ」

ドーリンがそう言ったからというわけではないが、ラグナは暴れ疲れて動かなくなった。

ラグナはぐったりしながら、いつものような力が出ないのを感じていた。

力が抜けてしまってどうにもならない感じだ。

「よしよし、そうだ。抵抗しても良いことは無いからな」

ドーリンが幼子に言い聞かせるようにそう言った。

ドーリンはフォッグとバリーのやり取りを聞いていなかった。

フォッグがラグナをこの場で理不尽に殺すつもりだということは少しも知らず「さあ、領主様の所に連れていこう」なんて吞気に言っていた。

そんなドーリンの元に血相を変えたフォッグとバリーが駆け寄ってくる。

その理由は二人の間で異なっていた。

フォッグは「良く捕まえた!そこの切り株に押さえつけろ!俺がこの手で首を刎ねてやる!」と叫んだ。

バリーは「ドーリン!いう事を聞くな!フォッグ!貴様おかしいぞ!」と叫んだ。

バリーはこの時すでにフォッグの精神異常に気付いていて、ラグナには何の罪もないんじゃないかと疑い始めていたので、続いて「ラグナ逃げろ!」とも叫んだ。

ドーリンは戸惑った。

・・・いや、ドーリンだけでなく、勇士たちに動揺が広がっていた。

勘の良い者はフォッグの乱心に気付き始めていた。

だが、勘の良くない者や報奨金に目のくらんだ者は相変わらずフォッグに妄信的に従っていた。

白毛のオコジョもその一人だった。

「バリー!貴様、リーダーに逆らうのか!?いつも決まりを守れって五月蠅いのはおまえだろ!?リーダーの言いつけは決まりと同じで守らなきゃいけないんだぞ!」

シャーと威嚇音を立てながらバリーに飛び掛かるオコジョ。

それをきっかけに言い争いが始まった。

バリーを支持する者が一割、オコジョのようにフォッグを妄信する者が二割。

フォッグ側についている者はフォッグその人についているわけではなかった。

フォッグがすでにリーダーから解任されているとは知らず、フォッグをリーダーに任命した領主に従っていたのだ。

つまり権威に妄信的に従っている者たちだ。

だから、バリーの方が圧倒的に人柄において勝っていたが、彼よりフォッグを支持する者の方が多かったのだ。

そして、残りの七割は傍観者だった。

ほとんどの者がこの異様な状況に混乱し、狼狽えていた。

突然のフォッグの乱心が混乱の主な原因だが、日が沈み、暗くなってきたのも皆の不安を掻き立てる要因だった。

フォッグも不安感を募らせ、焦り、叫んだ。

「ドーリン!さっさとそいつを殺せ!領主の命令だぞ!」

しかし、ドーリンは動かない。

彼も混乱し、行動を決められない一人だった。

とはいえ、もう既に彼はラグナの事を気に入り始めていたので、たとえ領主の命令でも手を下すことは出来なかっただろう。

そんな無言の拒絶を示すドーリンを見て、フォッグはしびれを切らした。

「誰も出来ないなら、俺がやってやる!」

フォッグはそう言ってラグナに向かって歩き出した。

懐にしまっておいたナイフを抜き、ドーリンに向かって「そのまま押さえていろ!」と叫ぶ。

フォッグが向かってくるのを見て、ドーリンはいよいよ決断をしなければならなかった。

このままラグナを押さえておくという事はラグナを殺すことに加担することに他ならない。

かといって、手を放し、ラグナを逃がすのは領主に背く行為だとドーリンは思っていた。

ラグナはドーリンの手が震えているのを感じた。

バリーはフォッグの行為を止めさせようとしたが、オコジョに邪魔され、ラグナを助けに行けない。

・・・そして、遂に日は完全に沈み、森を闇が支配した。

フォッグは足元も良く見えなくなったので、つまらなそうにこう言った。

「おい、誰か灯りを持ってないのか!?」

こう暗くてはラグナを上手く処刑できないかもしれない。

それに暗闇に乗じて逃げられてしまうかもしれない。

そう思うと焦りが生まれ、怒りが募った。

「おい!誰か一人くらいエーテルランプを持っているだろう!?さっさとつけろ!」

そのヒステリックな叫びに呼応するかのように、一つの明かりが灯った。

それは赤黒い光だった。

そして、やけに位置が高かった。

見上げるような場所にぼんやりと赤い光が灯っている。

見慣れたエーテルランプの明かりとは違う、何とも言えない不吉な赤い光だった。

「誰の明かりだ?それに高すぎる。足元が見えないじゃないか・・・」

その時、勇士の一人がエーテルランプを灯した。

その灯りに照らされて、赤い光の正体が露になる。

皆が一斉にそれを見た。

「・・・なんでこんなところに」

そう呟いたのはフォッグだった。そして、叫んだ。

「なんで、こんな集落の近くでマンティスが出るんだよぉ!」

皆の視線の先には目を赤く光らせたマンティスが無機質な殺意を湛えながら立っていた。

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