第17話
フォッグたちが血眼で探しているとも知らず、ラグナは母の元へと向かっていた。
ラグナの母の仕事は見張りだ。
集落は丸太で組まれた壁に囲まれていて、要所には木造りの見張り台が設置されていた。
他所の集落や盗賊の類から襲撃を受けることは珍しくないし、遺跡領域から現れた脅威が集落に迷い込むこともまれにあるので、見張りが必要なのだ。
集落の皆の命を守る大事な仕事だが、見張り台は殆ど吹きさらしだし、冷たい風にさらされながら、長い時間、真っ白な雪原を見張る仕事は大変なものだ。
ラグナが見張り台の傍まで行くと、そこには口論をするクロアナグマの男とシロフクロウの女が居た。
クロアナグマは見張り台の傍にある小さな門の門番で、シロフクロウはわざわざ見張り台を降りて、クロアナグマに何かを訴えているようだった。
「見たんだって。あれは絶対にマンティスだった。森の方にマンティスが見えたんだって」
「見間違いじゃあないのか?枯れ木がそういう風に見えたとか?」
「アタシは、そいつが森の奥に消えていくのを見たんだ。枯れ木が動く?」
「風で揺れたのがそう見えただけじゃないのか?そうだ、噂を聞いたせいで、そう思い込んだんじゃないの?」
「それだ。噂だよ。見たのはアタシだけじゃないんだ。アタシだけだったら見間違えかもって思うけど・・・」
ラグナはそんな二人を横目に母を探したが、どこにも見当たらない。
そんなラグナに気が付いたシロフクロウがラグナに声を掛けた。
「ラグナじゃないか。ヒルデを探しているんだろ?」
ヒルデとはラグナの母の名だ。
ラグナはシロフクロウに「そう」と応えた。
するとシロフクロウは溜息をつきながら「ヒルデなら帰ったよ」と言った。
「え?」
「嫌な予感がするって言って帰った」
ラグナが聞き返すとシロフクロウはそう教えてくれた。
それでラグナは合点がいった。
母は昔から神がかっていると言っていいほどに勘が良い。
たぶん、虫の知らせを受け取って家に帰ったのだ。
入れ違いになってしまったのは予定外だったが、すでに家に向かっているのなら都合が良さそうだ。
ラグナはシロフクロウに「わかった、ありがと」と礼を言って、すぐにその場を後にした。
「ヒルデが帰っちゃったから代わりにアタシがかりだされたんだ。ヒルデに言っておいてよ。これは貸しだって!」
シロフクロウはそんな事を叫んでいたが、それを振り切ってラグナは走り出した。
走り出した先でラグナは急停止する羽目になった。
それは行く先に二人の勇士を発見したからだった。
嫌な予感がしたので足を止めたのだが、ラグナはすぐにその直感が正しいことを知る。
その二人の勇士もラグナを発見し、いかにも探し物を見つけたかのような態度を見せたからだ。
ラグナの耳にかすかに二人組の声が聞こえる。
二人のうち、先にラグナを発見したトドが相方のセイウチに向かってこう叫んだ。
「いた!いたぞ!俺が見張っておくから、お前は応援を呼んで来い!」
それを聞いたラグナは予感を確信に変えた。
トドにそう命じられたセイウチは慌てた様子で来た道を帰ってゆく。
そして、トドはラグナの方に走って来た。
トドはラグナに警戒させないように出来るだけ平静を装い「おい、おまえ。そこで待ってろ!」と言った。
ラグナの方は全てを察していたので、そんな見え透いた演技を無視し、来た道を全力で引き返した。
「あっ!逃げやがった!」
ラグナが走り出したのを見て、トドは慌てて追いかける。
ラグナは慌てた走り出したものの、この先に逃げ道がないことに気が付くことになる。
このまま行けばすぐに集落を囲っている壁に突き当たるのだ。
ラグナは走りながら逃げ道を探したが、道は一本道だし、隠れられそうな場所も見当たらなかった。
ラグナが焦り、追い詰められ、諦めそうになった時、一つの光明が示された。
それは集落の外へと繋がる門だった。
門番のクロアナグマがたまたま門を開けていたのだ。
それは外から運ばれてきた物資を集落の中へと運び込むためだったが、ラグナはとにかくそこを走り抜けた。
クロアナグマは突然走ってきたペンギンに驚き、その無礼な振る舞いに怒りをぶつけた。
「おい!何だ!この!って・・・ペンギン?ラグナか!?」
クロアナグマは同僚の息子に気付くと、その行く先を心配した。
「おい、どこへ行く!集落の外に出たら危ないんだぞ!」
そんな彼を後ろから突き飛ばしつつ、追手のトドが通り抜けた。
「痛っ!なんだ・・・!?」
トドは走りながら「すまん!」と一応の謝罪を置いていく。
こうして二人の追いかけっこが始まった。
集落の外は雪原が広がっていて、その800m先には深い森が広がっている。
森に入れば隠れられる場所が沢山ある。
そこでトドをやり過ごせば、まだ逃げ切れるチャンスはあるのだ。
とはいえ、森に入るまで掴まらないかどうかが問題だった。
決して足が速いとは言えないトドだったが、それでもペンギンよりは速い。お互いの距離は少しずつ短くなっていく。
ラグナの腰くらいまで積もっている雪がその行く手を阻む。
それをかき分けて進むのは簡単な事ではなかった。
ついにトドがラグナに迫り、その頭を掴み取ろうとする。
・・・しかし、今度は厚く積もった雪がラグナの窮地を救った。
ラグナはモグラのように雪に潜って、あと少しで捕まりそうになった所を逃れたのだ。
しかも、トドは雪の下に潜ったラグナを見失い、再び二人の間に距離が出来た。
その時、距離が出来たことでラグナの心に余裕が生まれたせいか、ある考えがラグナの中に生まれた。
(あれは・・・ドーリンか)
勇士に憧れを抱いているラグナは勇士の名前を一通り覚えていた。
そんな憧れている存在に追いかけられることにラグナは少なからずショックを覚えた。
そして、強く思い知らされる。
もうこの集落で暮らすことは出来ないのだと。
・・・ネガティブな感情は更に嫌な想像も引き起こす。
母の職場であるここに追手がやって来たという事は、家にも行っているかもしれないという事だ。
もし、こうしている間にも家族が捕まっていたら・・・。
唯一残された家族という心の頼りが失われるかもしれないという心細さはラグナの心を打ちのめした。
・・・足が止まりそうになる。
だが、ラグナは震える足に力を込めた。
(家族が捕まっているかもしれないなら、助けられるのは俺しかいないじゃないか!)
再び力強く走り出す。
(何とかドーリンをやり過ごして、一刻も早く家族の元に向かおう)
そう強く決心して、雪をかき分けて走る。
一方、ドーリンの方は心が折れそうになっていた。
「ええい!面倒なペンギンめ!」
トドは苛立ちながら、そう叫んだ。
トドにとっても雪をかき分けて走るのは結構な運動だった。
しかも、もぐらたたきと追いかけっこを強いられる苛立ちも手伝って、段々とこの仕事に嫌気が差してくる。
そこでドーリンは一計を案じた。
「まて!逃げても無駄だ!手間を掛けさせると余計に罪が重くなるぞ!」
そう呼びかけて、ラグナの足を止める作戦だった。
しかし、ラグナは既に決心を終えていて、一心不乱に走り出していることをドーリンは知らなかった。
ラグナが止まる様子がないことを見て、ドーリンは次なる手に出た。
「まてい!俺の手に銛がある。これをお前に投げる。すると、絶対に当たる。だから、止まれ!」
ラグナは止まらない。
「当たったら痛いじゃ済まないぞ。俺には当てる自信がある。嘘じゃないぞ!」
尚もラグナは止まらない。
ドーリンは、立ち止まって銛を投げるモーションになっているので、その間にラグナは走る。
そうしている間に二人の距離はどんどん開いていった。
「くそっ!」
ドーリンは諦めて再び走り出した。
銛を投げる気など最初から無かったのだ。
もし、このようなことをせず、走り続けていたらドーリンはラグナを捕まえられただろう。
ドーリンは走るのを面倒がってそうしたのが裏目に出たのだ。
・・・そのおかげでラグナは何とか森に入ることが出来た。
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