第16話
フォッグは領主の館に向かっていた。
仕事の結果の報告とその後の行動について指示を受けるためだった。
ラグナ達が危惧したように家や家族の職場で待ち受けるという選択肢もあったが、彼はそれを思いついても実行するタイプではなかった。
彼がやるのは言われたことのみで、それ以外の事はしない。
完全な従属。何でも言う通りにしてきたから勇士のリーダーにもなれたと思っていたし、これからもそうするつもりだった。
しかし、今回はそれが仇になった。
「よお、気が重そうだな」
フォッグにそう声を掛けてきたのはハイエナだった。
心なしかいつもよりも優しげな声色をしていた。
「それはそうだ。あんたらは知らないかもしれないが、バルドル様はホントに恐ろしい人なんだ。ああ、また何を言われるか・・・」
「そうだろうなあ・・・。なに、心配をすることはない。失敗したのは俺たちだ。あんたに責任はない。そうだ!領主様へは俺が上手く言っておいてやるよ」
「・・・本当か!?」
「ああ!アンタは外で待っていてくれ」
領主の館に着くと、ハイエナは一人、約束通りバルドルの執務室に入っていった。
フォッグは担がれているとも知らず、扉の外でハイエナがどんな責めを受けているのかを想像して身震いした。
・・・暫くして、執務室からバルドルが出てきた。
そして、明らかに失望したかのような顔をフォッグに向けた。
「道案内も出来んとは。そこまで役立たずだとは思わなかったぞ」
バルドルはそう言い捨てて、去って行ってしまった。
少し遅れてハイエナも執務室から出てきた。
わざとらしく肩をすくめて「説得したが駄目だった」というような演技をフォッグに見せた。
唖然としているフォッグ。
その言葉の意味を理解するのには時間が必要だった。
長い時間を要したが、一つの仮説がフォッグの頭に思い浮かんだ。
ハイエナが虚偽の報告をしたという仮説だ。
その想像は間違っていなかった。
ハイエナはペンギンを逃がしてしまったのではなく、ペンギンに会わなかったという報告をして、全ての責任をフォッグに押し付けたのだった。
フォッグはすぐにバルドルの元へと向かった。
とにかく自分に向けられた怒りの矛先を何とかしなくてはならない。
弁解をすべくバルドルに向かって「首領!」と声を掛けるが、バルドルはその声を徹底して無視した。
フォッグは自分の話を聞いてもらうべく、バルドルに追いすがり、その衣服を手で引っ張ってでもその意識を自分に向けようとした。
そうまでされれば、バルドルもフォッグの話を聞かないわけにもいかず、心底嫌そうな顔をしながらフォッグの方に向き直った。
その威圧にフォッグは一瞬怯んだが、震える声で弁解を始めた。
「私はきちんとラグナの元へと案内しました!失敗したのは奴らです。あいつら逃げられたんです!ラグナに!」
「腕利きの殺し屋の二人が、何もできない愚鈍なペンギンに逃げられたと、そう言うんだな?」
「その通りです!私はきちんと職務を全うしました」
フォッグの言葉は真実に違いなかった。
しかし、バルドルはそれを信じなかった。
バルドルは二人の実力をその目で見て知っていたので、彼らが仕損じるとは思えなかったのだ。
そして、何よりもバルドルはペンギンを見下しきっていて、彼らの事を認めたくないという心理もあった。
そんなバルドルだったので、フォッグが必死に訴えてもその言葉が認められることは無かった。
「もういい。別の者に任せる。遠征団のリーダーからも外す。少し頭を冷やせ」
バルドルはそう言ってフォッグを振り払って去ってしまった。
残されたフォッグは暫く茫然としてたが、すぐに怒りの表情を浮かべ歩き出した。
床に怒りをぶつけるようにドスドスと音を立てて廊下を抜けて広間に出ると、そこには数人の勇士たちが集まっていた。
その中の一人、トドのドーリンがフォッグに声を掛けてきた。
「フォッグじゃねえか。何してる?」
「お前らの方こそ何してるんだ」
軽く声を掛けただけなのに、苛立ちながら応じるフォッグに軽く嫌悪感を見せるドーリン。
だが、おおらかな性格の彼はそれを気にせず、フォッグとの会話を続けた。
「別に。これから引き上げるところだ」
ドーリンたちは館の警護をしていたが、交代の時間がきて、引継ぎも終えたのでそれぞれ家に帰るところだった。
「・・・ああ、そうか。今日はお前らの当番だったな」
ドーリンの後ろには同じように帰り支度をしている勇士たちが数人居る。
それを見たフォッグの頭にあるたくらみが浮かび上がった。
それはドーリンたちを使ってラグナを探し出し、そして、始末するというものだった。
その手柄をもって、先ほど受けた誤解と屈辱を帳消しにしようというのだ。
フォッグはドーリンに言った。
「なあ、ドーリン、俺は今、首領からある重要な任務を受けたんだ。もし、お前がやるというなら手伝わせてやっても良いぜ?」
それを聞いたドーリンは少し怪訝そうな顔を見せ、その申し出を断った。
「いや、やめとくよ。もう疲れてるし、早く帰ってカミさんの顔を見たいからな」
フォッグは断られるとは思っていなかったので少し狼狽えたが、すぐに悪知恵を総動員させた。
「そうか。まあいいさ。特別ボーナスが出るんだがなあ・・・」
「なに?なんだって?特別ボーナス?」
「ああ、そうだ。さっき言っただろう?首領から重要な任務を受けたって」
ドーリンは少し考えてから、フォッグに小声で聞いた。
「それって、どのくらいなんだ?」
フォッグはドーリンが話に食いついたので、内心ほくそ笑みながらハンドサインを添えて答えた。
「このくらいだ」
フォッグが示した金額は驚くべきものだった。
もちそん、フォッグがでっち上げた嘘なので、その金額はフォッグ次第だった。
それはドーリンにとって、とても魅力的な金額で、なおかつ現実的なものだった。
ドーリンは詳細を確認すべく、質問を追加した。
「それは・・・一人あたまか?それとも山分け?」
「もちろん全員に同じ金額が支払われる」
それを聞いたドーリンはニヤリと笑い、他の勇士たちに声を掛け始めた。
その場に居る勇士たちはドーリンから話を聞くと、ドーリンと同じように喜んで参加すると言った。
広場に居る誰もがフォッグに騙される形となったのだ。
「・・・で?どんな任務なんだ?」
ドーリンがそう聞くと、フォッグはこう答えた。
「ラグナってペンギンが居るだろ?そいつがとんでもない反逆罪をしでかしたんだ。だから捕まえる」
「へえ、何をやらかしたんだ?」
フォッグはその問いをわざとはぐらかした。
「捕まえた奴には追加ボーナスもあるかもな」
「まじかよ」
追加ボーナスという言葉に歓声が上がった。
歓声を上げたのは、ごく一部の者たちだけだった。
任務の内容が同じ勇士のラグナを捕まえるというものだったので、戸惑う者もいたのだ。
しかし、他の勇士たちはすっかりボーナスの虜になっており、大半の者がいまさら自分だけ抜けるとも言いにくい雰囲気だった。
・・・結局、彼らはまごつくばかりで答えを出せずに居た。
そうなれば、否応なしに任務に参加することになる。
「よし、それじゃあ、ペンギン狩りだ!」
フォッグがそう号令を出した。
彼らは断るタイミングを完全に失い、他の勇士たちと行動を共にする他なかった。
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