第28話
ラグナの刃はすれ違いざまに、バルドルの喉笛を切り裂く・・・はずだった。
しかし、寸前でラグナはターゲットを変更し、ラグナはバルドルの斧の柄を断ち切っていた。
斧の刃が床に落ちるさまは、まるで首が落ちるようで、一瞬、誰もが落ちたのはバルドルの頭だと勘違いしたほどだった。
それはバルドルも同じだった。
歴戦の戦士であるバルドルには、寸前までラグナが自分の首を狙っていたことが分かっていた。
実際に寸前までは命の危機を感じていたし、ラグナの殺気はバルドルに死を覚悟させた。
真に迫った死の恐怖によって、心が折られ、膝をつくバルドル。
「・・・情けを・・・かけたつもりか」
その問いに対してラグナは「お前、憎たらしいけど殺すのは止めた」と応えた。
自分と家族の命を脅かした張本人だし、更に言えば父の仇かもしれない男だ。
ラグナは憎しみを滾らせていたし、復讐を遂げてやろうと思っていた。
しかし、ある思いがそれを寸前で思い止まらせた。
バルドルは情けを掛けられたことに激高した。
「ふざけるな!生き残るのは私かお前のどちらかだけだ!私を今、殺さなければ・・・」
「そうだけどさあ、やっぱ、クラッシュの前で殺すなんて出来ねーよ」
ラグナを思いとどまらせたのはクラッシュの存在だった。
自分の行いが、子の目の前で親を殺すというものだと気付き、寸前で刃の軌道を変えさせたのだ。
バルドルは一瞬、呆れた様な顔を見せたが、すぐに怒りの形相に戻った。
「腑抜けたことを・・・やはり、貴様が死ね!ラグナ!」
再び、戦いの構えを見せるバルドル。
そんなバルドルに駆け寄る者があった。
クラッシュだった。
クラッシュは勢いよく駆け寄り、落ちていたバルドルの斧を拾い上げ、その刃を父親に突き付けた。
「もう終わりにしましょう。もう決着はついています。これ以上やるならば、私が・・・」
「お前がどうする?父親を殺すというのか?」
「・・・そうします。これ以上、醜態をさらすのなら」
クラッシュの目を見たバルドルは、それが本気だと悟った。
力が抜けたように、その場にへたり込むバルドル。
「醜態など、いくらでも晒してやろう。勝利するためならばな・・・だが・・・もう武器もない・・・」
それに左腕からの失血は限界を迎えていた。
多くの血を失ったことにより、否応なしにバルドルを冷静にさせる。
「私は間違っていない。いつか、お前にも分かる」
バルドルがそう言って項垂れると、クラッシュは父親の止血を始めた。
・・・戦いは終わった。
領主の館から喧騒は去ると、暫くして、恐る恐る領民たちが様子を窺いに戻ってきた。
そんな彼らが目にするのは、別人のように項垂れた領主と、勝利者のペンギンだった。
「この北の領土には力の掟がある。最も古く、もっとも厳格な掟です。すなわち領主を倒した者が次の領主になる」
この領土の有力者たちが揃ったのを見計らって、クラッシュがそう口火を切った。
その言葉に動揺が走る。
そして、すぐに反発する者が出た。
「そのペンギンが次の領主だって言うのか!?冗談じゃない!」
クラッシュの叔父にあたるシロクマだった。
「ペンギンなんぞに領主が務まるわけがない!」
だが、それに意を反したものが居た。
ラグナの祖母トーナだった。
「務まるさ。なにせ、この子の祖父はかつて、北の領土の領主だったんだからね」
動揺が広がる。
「おお、そうだ」
という声が上がった。
「しかし・・・」と尚も渋る叔父のシロクマ。
それにペンギンの領主が受け入れがたい者は他にも多数いるようだった。
大多数の者が戸惑い、疑わしいという顔をしている。
だが、意外な者がラグナの後押しをした。
「そいつが頼りなく見えるか?そう言う者があれば、そいつは私をも侮辱している。私はその者に敗れたのだからな。その者の戦いぶりを皆が見ていれば反対する者など居ないはずだ」
そう言ったのはバルドルだった。
相変わらず俯いたままで、かつての威厳は失われていたが、その発言力までは失われていない様だった。
「ラグナが領主だ!」
唐突にクラッシュが高らか声を上げた。
その勢いに呷られ、一部の者がクラッシュに続いた。
「ラグナ、ラグナ、ラグナ・・・!」
暫くは動揺が広がっていたが、集落一の勇士であるクラッシュの推挙には多大な影響力があった。
ラグナを推す声が広がってゆく。
「ラグナが領主だ!」
誰かがまたそう言った。
そうすると、それに呼応するように他の誰かが「ラグナ!」と叫ぶ。
「ラグナ!ラグナ!ラグナ!」民衆の声は次第に大きくなっていった。
先ほど異論を挟んだシロクマでさえ「仕方ない」という顔を見せている。
この場に居るもの全ての者がラグナを新しい領主と認めていた。
そして、おもむろに声は止み、全員の注目がラグナに集まった。
新しい領主の最初の宣言に、皆が耳を傾けた。
「いや、おれ、領主なんかやらないよ?」
「え?」
ラグナの言葉に一番驚いたのはクラッシュだった。
「クラッシュ、おれ、シャドウウルフと旅に出るんだ!」
困惑するクラッシュに、ラグナはそう宣言した。
まるで買ってもらったばかりの玩具を自慢する子供のように。
そんなやりとりにシャドウウルフが口をはさむ。
「そりゃ、おまえ、領主に命を狙われてたから仕方なくだろうが。もう状況が違う」
「えっ!!うそ!無しなの!?」
「だって、お前、領主になる決まりなんだろ?」
「えー?決まりなの?ならなきゃいけないの?ねえ、クラッシュ」
「決まりというか、そうじゃないというか・・・」
確かに当の本人には選ぶ権利があるだろうが、クラッシュにも領主になるのを断るという前例を知らないので戸惑うしかなかった。
戸惑っているのはクラッシュだけではなかった。
殆どの者がラグナの言い分を信じられない、という様子でざわめいている。
だが、それは、この場に居る者のほとんどが大人だったからだ。
僅かに混じっていた子供たちはラグナの意見に賛同していた。
「シャドウウルフと外の世界に冒険に行く・・・なんて素敵なんだろう」と、ラグナに憧れを抱いていた。
それは子供だから、領主の莫大な利権や名誉を知らず、外の世界への憧れが大きいからだった。
ラグナは、そういった意味ではまだ子供だった。
「おれ、行きたくて仕方ないんだよ。楽しそうだろう?」
そう言って聞き分けそうもないラグナ。
皆が困惑している中、トーナが真っ先に諦めた。
ラグナの性格を最もよく知る、トーナなればこそだった。
「諦めるしかないねえ。この子は一度言ったら聞かないよ。それに、この子は領主をやらせるには子供過ぎるかもねえ」
「トーナさん、あなただって、さっき”この子の祖父も領主だったから”務まるはずだって言ったじゃないですか」
「そういえば、あの人が領主になった時は、こんな子供じゃなかったからねえ!あはは!」
「そんなあ」
クラッシュとしては、自分がラグナを領主に推挙した手前、退くに引けない。
それに本心からもラグナのような、まっすぐな者が領主をやるのが良いと思っているし、
そんな彼を自分が補佐することで、この北の領土のためになると思っていた。
「でも、考えてみれば、シャドウウルフについて行って、外で経験を積むって言うのもいいかもねえ」
トーナのその意見に、クラッシュははっとした表情を見せる。
確かにその意見はクラッシュにも納得のいくものだった。
そして、シャドウウルフがそれをさらに後押しする。
「単なるガキのお守りじゃ、割に合わないが、北の領主候補だっていうなら俺にもその甲斐があるかもなあ」
シャドウウルフも、まんざらではない様子だ。
シャドウウルフはこうも言った。
「あんたが名代として留守を預かるっていうなら、ラグナも納得するんじゃねえか?」
クラッシュは二人の意見により、だんだんと決意を固めてゆく。
周りの者たちもクラッシュが、この地の統治をすることに何も抵抗がないようだった。
「そうだよ。そのまま領主になってしまえばいいよ」とラグナが水を差す。
それに対し「おまえ、帰ってこないつもりか!?」クラッシュが睨む。
「いやー・・・あはは」とごまかすラグナ。
ラグナのその軽口は、クラッシュの張り詰めていた気持ちを和らげた。
図らずもそれは、クラッシュの決意を促進させた。
「分かりました。私、バルドルの子、クラッシュは次期領主ラグナの名代として、この地のために尽くしましょう」
その言葉に皆が歓喜する。
その歓声は次の領主がラグナに決まった時よりも大きかった。
シャドウウルフが苦笑いしながら「なるほど、収まるところに収まったみてえだな」と言った。
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