第27話

 ラグナのアーティファクト、リベルタには持ち主を束縛から解き放つ力があった。

ラグナは重力という束縛からの解放を望み、空を自由に泳ぐ権利を得た。

ペンギンが水中でだけ見せる俊敏な動きを、この地上でも可能としたのだ。

・・・いや、それ以上だった。

ラグナはミサイルのように加速し、戦闘機のように旋回する。

このアーティファクトを使うのは初めてだったが、ラグナには何となく体で理解できた。

まるで水の中に居るような浮遊感だったからだ。

それはペンギンの遺伝子に刻まれた太古からの望みだったのかもしれない。

ラグナの祖父もリベルタに同じ解放を望んだ。

ラグナの姿を見て、シャドウウルフは懐かしさを覚え、バルドルはかつての屈辱を思い出していた。


 まるで戦いを忘れて遊泳を楽しんでいるかのようなラグナに腹を立てたバルドルが叫ぶ。

「今の俺にはこのアーティファクトがある!撃ち落としてやる!ペンギンらしく地べたを這いずっていろ!」

バルドルが赤い光弾をラグナに向ける。その様子は先ほどまでとは違っていた。

シャドウウルフと戦っていた時、赤い光弾はバスケットボールくらいの大きさだったが、今は野球のボールくらいの大きさに変化していた。

エネルギーが足りなくなったのではない。

バルドルの意志で、あえてそうしたのだ。

赤い光弾は、バルドルの意志で、その大きさを自由に変えられる。

的の小さいラグナを仕留めるために、赤い光弾の大きさを小さくしたのだ。

小さくなったことで、威力は下がったものの、一斉に発射できる弾数とその速度が上がる。

計十個ほどの赤い光弾が一斉にラグナに襲い掛かる。

・・・だが、それをラグナは簡単に避けて見せた。

「そんなの当たらないよ!」

挑発するようにラグナが言うと、バルドルは牙を剥きだして怒り狂った。

そして、再び赤い光弾を放った。

・・・そんなやりとりが数度ほど繰り返された。

一発も当たらないことに苛立つバルドルは徐々に赤い光弾を小さくし、最後には赤い光弾は最小のサイズ・・・銃の弾丸ほどの大きさになっていた。

数十発の赤い光弾は、今となっては常人の目で追うことは難しく、その弾道に残像として残った光の筋がわずかに見える程度だった。

それでもラグナには一発も当たらない。


 怒りに我を忘れ、狂乱するバルドルは今や手当たり次第だった。

赤い光弾は、まるで機関銃の斉射のように、大量に、そして、広範囲にわたってバラまかれた。

護衛の数名が流れ弾をくらって悲鳴を上げている。

エーテルを運んでいたトナカイも流れ弾で足を撃たれた。

領主のアーティファクトを起動するために働いたのに、と後悔しながら悶えている。

 クラッシュも慌てて避難する。

避難した先は倒れたテーブルの影だった。大木を削って誂えたテーブルはちょうど良い防壁だった。

 そこにシャドウウルフもやってきた。

シャドウウルフはラグナの家族を安全な場所に運んだ後、自身もクラッシュと同じ場所に逃れてきたのだった。

「よう、お前、ラグナの味方か?」

そう聞かれて戸惑うクラッシュ。

そして、即答できなかった事を少し残念に思いながら、胸を張って「そうだ」と応えた。

「そうだと思ったぜ。そうでなきゃ、ラグナにアーティファクトを手渡すなんてしねえもんな。俺も助かった。礼を言う」

「いや、そんな・・・」

まるで塹壕の中で話をするかのような二人。

シャドウウルフはすっかりくつろいでいるが、クラッシュの方はラグナの事が心配で落ち着かない様子だ。

「アイツなら大丈夫だって」

「そうでしょうか?一発でも当たったら・・・貴方は加勢しないんですか?」

「するさ、ちょっと休んだらな。それより見て見ろ。ラグナは上手くやってるぜ」

シャドウウルフは恐る恐るテーブルから頭を出してながらそう言った。

その顔のすぐそばに赤い光弾が着弾し、慌てて顔を引っ込める。

「さすがあの人と同じ名を持つだけの事はある。一発でコツをつかんだみたいだな」

クラッシュもシャドウウルフに倣って、ラグナの様子を窺った。

シャドウウルフの言う通り、赤い弾幕の中、ラグナは今も健在だった。

それにどこか余裕すら見える。

「でも、いつまで無事か・・・」

ラグナは余裕そうに躱しているが、躱しているだけだ。

いつ、不幸な凶弾が襲うか分からない。直ぐにでも加勢に行くべきだ。

・・・そうシャドウウルフに訴えようとしたクラッシュだったが、すでにシャドウウルフの姿は消えていた。


 傭兵として雇われたレティだったが、ペンギンが空を泳ぐ様に完全に目を奪われていた。

顔には何だかはにかんだ笑顔を浮かべている。

ペンギンが無数の赤い光の中を悠々と泳ぐ様は、実に美しく、度肝を抜く光景であったのだ。

「かっこいー・・・」

それにラグナの姿は、ただ逃げている者の姿ではなかった。

どこか楽しそうで・・・ちょっとしたエンターテイメントを見ているかのような気分にさせた。

だが、バルドルにはレティがまさか、そんな心持ちだなんて知る由もない。

「おい!撃ち落とせ!」

自分の攻撃が当たらないことに苛ついたバルドルが叫んだ。

だから、傭兵ウサギに命じてボウガンと一緒に連携し、何とか攻撃を当てようと企てた。

だが、その命令は実行されることは無かった。

シャドウウルフが影から現れ、レティの背後を取り、刃を首筋にあてたのだ。

「もういいだろ?北の領土の問題はここの連中だけで決着をつけさせようぜ・・・たぶん、もうすぐ終わる」

「・・・そうですね。ここのお給料、あんまり良くないし。なんだか面倒くさい感じになってきたし。降参することにします」

レティはそう言って、アーティファクトの戦闘状態を解除した。


 ラグナはバルドルの攻撃を避けながら、バルドルの部下たちを次々に倒していった。

バルドルの命を受けて、自分と家族の命を脅かしたとはいえ、彼らも勇士だ。

殺したくはなかった。

だから、できるだけ丁寧に気を付けて、その戦闘力を潰した。

 最後の勇士を倒すとラグナはバルドルに向き合い、そして、その激情と共に問いをぶつけた。

「なんで、俺の事を目の敵にするんだ!何が気に入らないって言うんだ!?」

「気に入らないだと?それ以上だ!ペンギンは滅びろ!忌まわしい!」

バルドルは問答無用とばかりに攻撃を続ける。

流れ弾がラグナの家族たちを危険にさらす。

赤い光弾の破壊力の前に、ラグナの家族たちが隠れている物陰はあまりに頼りなかった。

家族が危険にさらされているのを見て、ラグナは更に怒りを滾らせた。

「俺だけじゃない。家族まで・・・!俺たちが何をしたって言うんだ!」

それはずっと昔からラグナが抱いていた疑問だった。

領主は何やらペンギンを目の敵にしている。

それはラグナだけでなく、北の領土に住む者なら誰もが知っている事実だ。

ペンギンたちは領主の命令で迫害され、住みずらくなったペンギンたちは北の領土から出てゆく。

残されたのがラグナの家族だけになった後も、嫌がらせのようなものは続いた。

良い仕事に就けず、辛い仕事ばかり押し付けられる。生活は困窮し、村八分のような状態だった。

それでも何とか我慢してきたが、命の危機に晒されては黙っていられない。


 ラグナはすれ違いざまにバルドルの左腕を斬り付けた。

「ぐあぁっ!」

「どうだ!」

それは深手だった。

左手で持っている盾の形をしたアーティファクトを思わず床に落としてしまう。

「まだだ!私がペンギンごときに!」

そう言って、右手の斧を構えるバルドル。

「次で死ぬぞ。あんた」

「ペンギンごときにやれるものか!」

対峙するラグナとバルドル。

緊張感が最高潮に高まった時、シャドウウルフが勝負に水を差した。

「いや、あんた、なんでペンギンを目の敵にするんだよ?理由を言ってやれよ。俺も気になって仕方ねえ」

バルドルは苛立ちながらシャドウウルフを無視した。

だが、ラグナの方はそれを無視することは出来なかった。

ラグナの意識は戦いではなく、完全にシャドウウルフの素朴な疑問に同調してしまった。

「そうだ!質問に答えろ」

「黙れ!ペンギンなどと話すつもりなどない!」

バルドルは頑なに話すつもりは無いようだった。

ラグナが諦めて、再び戦いに意識を戻そうとしたとき、意外な者がバルドルの心境を暴露した。

それはラグナの祖母、トーナだった。

トーナは隠れていた場所から身を晒し、静かに言った。

「ラグナが・・・あの人と同じアーティファクトを持ち出したから。心、穏やかではいられなくなったんだろう?」

バルドルもその一言は無視できなかった。


 トーナの一言はバルドルにとって、看過できるものではなく、何としても否定しなければならない類のものだった。

「今でもお前の祖父・・・ラグナの名は今でも有名だ。祖父と同じ名のお前が、祖父のアーティファクトを手に入れたら、どうなると思う?この私の統治を揺るがす連中が集まってくるに違いない。追放したヒョウアザラシ族!コウテイペンギン族も戻ってくるだろう。・・・それに、ようやく最北に追いやったホワイトウルフ共もだ!」

ここにきてラグナは初めて、バルドルの目をまじまじと見た。

憎しみだけかと思っていた、バルドルの目には、他にも様々な感情が混じっているように見えた。

「・・・そして、この北の領土に混乱が起きる。ラグナ!貴様は生きていてはいけないのだ!この北の領土のために死ね!」

それは、ある意味では事実だったが、バルドルにはまだ隠していることがあった。

なにより、それはバルドルの本心ではなかった。

それを見抜いていたトーナは、鋭い指摘を加える。

「人のせいにするんじゃないよ!領主だったあの人が遺跡領域に行ったまま帰らないことをいいことに、無理やりあんたが領主の座に収まったからじゃないか。その事に反対する者たちを力で押さえつけて」

「黙れ!」

そのやり取りを聞いて驚いたのはラグナだった。

「え?おれのじいさん、領主だったの?」

「あ?お前知らなかったのか?」とシャドウウルフ。

ラグナが驚いている間にも、バルドルとトーナのやり取りは続けられた。

「バルドル・・・あんた昔からそうだったよ。あの人に対する対抗心を燃やして・・・いつまで死んだ者の影を追いかけてるんだい?あの人はあの人、アンタはアンタだってのに」

「黙れと言っているんだ!」

バルドルに過去の事が想起される。

勇士だったころ、自分よりもちっぽけなペンギンが英雄のように扱われ、自分が劣っているかのように扱われたことを。

領主となったラグナの祖父の下で働く羽目になった自分を。

そして、方針の異なる領主に従うことに嫌気がさしていた日々を。

自分が領主になった後、前の領主と比べられ、どうしても前の領主の功績を打ち消すことが出来なかったことを。

・・・なによりも屈辱だと感じるのは、自分が否定した前の領主のやりかたこそが最善だったのではないか?と言う考えがよぎる時だった。

バルドルは、そんな風に北の領土で問題が起きるたびに、耐えがたい劣等感に襲われていたのだった。

「黙れ!黙れ!黙れ!ペンギン風情が!」

バルドルが殺意をトーナに向けた瞬間、ラグナの意識チャンネルは瞬時に切り替わった。

「お前の相手は俺だろうが!」

ラグナが放つ鋭い殺気にバルドルが反応する。

バルドルはトーナに背を向け、再びラグナに向き直る。

「・・・そうだ。お前だ。お前さえ居なければ」

バルドルがラグナの姿に、今は無きラグナの祖父の姿を重ねる。

殺したいほどに憧れた存在。

越えたいと思っても、今はどうしようもない存在を。

目の前に居るラグナは、その代用品としてはうってつけの存在だった。

「俺のために死ね!ラグナ!」

「結局、なにがなんだか分かんねえけど!お前のためになんか死んでやるか!」

再び、戦いの緊張感が高まる。

バルドルは左腕から鮮血がほとばしる。

普通なら動く筈のない深手を受けた左腕だったが、バルドルの怒りは、その痛みすら忘れさせた。

痛みに耐え、床に落ちたアーティファクトを拾って構え、バルドルは叫びながら赤い光弾を放つ。

 ラグナは特攻する。 

アーティファクトは無機質に、先ほどと同じく赤い光弾を放っているだけだったが、なぜだか前よりも脅威に感じた。

恐らくそれはバルドルの怒りにラグナが気圧されているせいだったのだろう。

だが、ラグナだって負けられない理由がある。

バルドルに気圧されたからといって怖気づくわけにはいかないし、戦いが長引けば、家族に流れ弾が当たる可能性だって上がる。

・・・決着をつけなければならない。

 一方、バルドルは焦りを感じていた。

一向に当たらない光弾に苛立ちを感じていた。

素早い動きで光弾を躱すラグナを見ていると、永遠に当てられる気がしない。

そして、ラグナは段々とバルドルとの距離を詰めていた。

 バルドルは斧を握る右手に力を込めた。

(そうだ・・・。あの忌々しいペンギンにとどめを刺すのはアーティファクトなどではない・・・この右手の斧だ)

覚悟を決めたバルドルは、赤い光弾を掻い潜って突っ込んでくるラグナを目がけて斧を振るう。

「「うおぉおお!」」

お互いに雄叫びを上げ、二人の刃が交錯する。

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