第26話

 クラッシュはラグナのアーティファクトを手にしたまま葛藤していた。

シャドウウルフが投げたラグナのアーティファクトを思わず空中で掴んでしまったクラッシュ。

それは本当に無意識な行動だった。

ラグナの手では上手く受け取れないだろうという習慣的親切心から掴んでしまったのだ。

しかし、掴んでしまってから、それをどうするべきかを思い悩むことになる。

最初はラグナに向けられて飛ぶ、それが何なんのか分からなかったし、今でもよく分からない。

だが、掴み取ったそれをラグナに渡すことが、父親に対する重大な裏切りになるだろうということは、なんとなくクラッシュにも分かっていた。

 そんな中、クラッシュは重い口を開いた。

手の中にある葛藤から意識を逸らしたかったからかもしれないが、クラッシュが口にしたのは

その手の中にあるモノについてではなく、今もなお、戦い続けているバルドルの手に持っている武器の事だった。

それは、手の中にある決断から逃避だった。

「あの斧は・・・」

「斧?」

ラグナが聞き返す。

「あれは、父上が勇士だったころに使ってた斧だ」

確かにバルドルは右手に斧を持っていた。

いつも広間に飾られていて、それを眺めながら勇士時代に乗り越えた困難や冒険をクラッシュに話して聞かせた、

クラッシュにとっても思い出の武器だった。

しかし、その斧は今、戦いには何の役にも立っていなかった。

バルドルは右手の強力なアーティファクトに頼り切った戦いを見せていた。

斧は手が空いているから持っているに過ぎないようだった。

その姿はクラッシュにあることを想起させた。

「誇りなんかにこだわっても意味がないってことなのか・・・?」

クラッシュは再び、己の手に握られているアーティファクトを見つめた。

きっとこれは何か特別な力を秘めたアーティファクトに違いない。

父が古臭い誇りを蔑ろにして力を選んだように、自分も恥と外聞を捨てて力を得るべきなのだろうか。

「そんなことは・・・できない」

そう言いつつも、そうとも言えない気もしていた。

体裁にこだわって判断を誤り、死んでいった者たちを見てきた。

この北の大地の厳しさは勇士として戦ってきて思い知ったし、領主は甘さだけではやっていけないことも父に教え込まれてきた。

「・・・しかし」

結局、クラッシュはこの手にあるモノと向き合わなければならないという事に思い至る。

誇りを取るか力を得るか。

そして、その決断によって命を選ぶことになることかもしれないという可能性に躊躇させられていた。

自分の決断によって、昔からの友人であるラグナと、父親の命を選ぶことになるのかもしれない気がしていた。

結果がどうあれ、自分がどちらに加担すべきかという選択を強いられていることには変わりない。


 ラグナもそんなクラッシュの葛藤を察していた。

だから、何も言えずにいた。何も言えないので、せめてクラッシュの決断をじっと見守っていた。

クラッシュは思わず、そんなラグナから目を逸らす。

だが、いつまでも逃れてはいられない。

ラグナは、ずっとクラッシュをじっと見つめている。

クラッシュには、自分がその目を逸らしたままではいられない、という事を思い知る。

クラッシュは今一度ラグナの目を真正面から見つめ返した。

・・・クラッシュはラグナのまっすぐな目を見ていたら、過去のある光景を思い出した。

 

 それは、かつての父の姿だった。

ホワイトウルフたちと戦いの戦場でクラッシュはバルドルの傍で共に戦った。

戦いはバルドル達の優勢だった。

己らの負けを悟ったホワイトウルフ族の族長は領主であるバルドルに一騎打ちを申し込んだのだ。

もちろん、バルドルはこれを聞き流して、数の優位で安全に勝利することも出来た。

しかし、バルドルは一騎打ちの申し出を受け、これに勝利したのだ。

最前線で戦い、堂々と正面からホワイトウルフたちを打ち倒た父の姿はクラッシュに尊敬の念を抱かせた。


 過去の記憶への旅を終え、現在へと戻ってきたクラッシュは改めてラグナを見つめた。

覚悟は完了していた。

「・・・これはお前のだ」

 クラッシュは、ラグナにアーティファクトを差し出した。

この決断は目の前の友人の為というわけではなかった。

直感的にこの決断が父の目を覚まさせ、かつての誇り高きあの姿に回帰させるのではないかと思ったのだ。

それは賭けだった。

もしかするとこの戦いの中で父は命を失うかもしれない。

息子である自分の決断によって、父を死に追いやるかもしれないのだ。

しかし、それがクラッシュにとって最も大事なモノを失わないための、あるいは再び得るために必要な決断だった。


 ラグナは、そんなクラッシュの決断に笑顔を返した。

だが、その笑顔はすぐに気まずそうな表情に変わる。

「クラッシュ・・・悪いけど、それ鎧の真ん中にはめてくれないかな?おれの手だと凄い時間かかっちゃうから・・・」

「あ、ああ、そうか、分かった。ちょっと待ってろ」

クラッシュは先ほどまでの深刻さから解放され、笑顔を見せる。

そして、跪き、ラグナの鎧にアーティファクトをはめ込む。

慣れない作業で手間取りながら・・・。

護衛達も、それを見ていながら、どうしていいか分からずオロオロしている。

阻止すべきだが、それをやっているのは領主の息子だ。

そして、その後ろでは傭兵ウサギとバルドルとシャドウウルフが、尋常ではないギリギリの命のやり取りを繰り広げていた。

「出来た。やっとハマった・・・」

「あ、ありがと」

「なあ、ラグナ、さっきの俺、そんなに情けない顔してたか?」

「してた!」

アーティファクトの装着は完了した。


 そんなラグナの姿に最も注目していたのはバルドルだった。

バルドルは動揺と怒りをたたえた目でラグナを見ていた。

「させん!」

そう叫びながら、バルドルはラグナに向かって光弾を放った。

しかし、それはシャドウウルフによって防がれた。

ラグナの前に立ちはだかり、光弾を受け止めたのだ。

だが、それがシャドウウルフの限界だった。

纏っていた影が解け、シャドウウルフ本来の姿に戻る。

「マジでもう限界だ。手を貸せラグナ」

「わかった!」

ラグナが自身の鎧に取り付けられたアーティファクトを起動する。

ラグナの体がふわりと浮く。

しかし、それで終わりではない。

アーティファクトが放つ光と駆動音が強くなり、本格起動の様相を見せる。

「させんぞ!忌々しいペンギンめ!」

バルドルが叫びながら、再び光弾を放った。

赤い光弾が着弾し、その場所をバラバラに破壊する。

着弾地点はさっきまでラグナが居た場所だったが、そこにはもう誰も居なかった。

・・・ラグナは空中に浮いていた。

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