第29話
クラッシュの宣言からだいぶ時間がたったが、領主の館にはまだ多くの者が残っていた。
領主が変わるという事はそれなりに大きな影響があるらしく、大部分の野次馬は去ったものの、館はまだ騒然としていた。
そこへクラッシュが戻ってきた。
彼はバルドルを医者の所に運んできた帰りだった。
バルドルはひどい失血だったが、クラッシュの応急処置が功を奏したようで、今はもう落ち着いていた。
たぶん命は取り留めるだろう。
クラッシュが戻ってきたことに気が付いたラグナがやってきた。
ラグナも家族と話を済ませていた。
母親に泣かれ、兄に叱られた。
弟たちから質問攻めを受け、その後にもう一度、兄に叱られ、すっかりしょぼくれていた。
「いっぱい説教くらった」
「当然だろう」
「クラッシュも言いたいこと、いっぱいあるだろうけど・・・」
「あぁ・・・俺からは止めておこう。俺が言いたいことはもう言われただろうからな」
「あー・・・そうかも・・・」
それよりもラグナには別の話をしなければならない。
父親のしたことの謝罪だ。
「ラグナ・・・それよりも俺の父親がすまなかった。許してもらえるとは思っていないが・・・謝らせてくれ」
「いいよ。最初は頭にも来たけど、なんか、クラッシュの親父さんも色々あったみたいだし・・・」
「いや、だからと言って許されることではない。父は俺の責任で幽閉し、二度とお前とお前の家族には危害は加えさせない。約束する」
「・・・うん」
クラッシュが言いたいことは、それだけではなかった。
だが、考えがうまく言葉に出来ない。
「父上の命を・・・その・・・」
クラッシュはバルドルの助命の礼を言いたかったが、なんだか躊躇われた。
「父を助けてくれて、ありがとう」などと言うのは抵抗があった。
その理由はクラッシュにも良く分からなかった。
領主の息子として、肉親の情などには流されないように教育されてきたからだろうか。
バルドルの命を、父親の命ではなく、罪人のものと冷静に処断しなくてはならないと思っているからだろうか。
それとも、ラグナにそんなことを言うのは情けないように感じたからだろうか。
そんなことを言ったら、まるで、父への情が断ち切れていないように見えるからだろうか・・・。
色々なことがクラッシュの頭によぎったが、それを振り切って想いを口にすることにした。
「あんな事があっても、俺にとっては、やっぱり父親なんだな・・・父が生きながらえて、正直、ほっとしている」
クラッシュは、少し間をおいて「ラグナ、ありがとう」と言葉を絞り出した。
ラグナの方は、そんなクラッシュの葛藤は知りもせず、あっけらかんと「いいって」と応えた。
「なんでだか分からないけど、咄嗟にそうした方が良いって思ったんだ」
クラッシュはそんなラグナの言葉を聞いて、心の重しが少し解けた様な気がした。
表情もやや和らぎ、久方ぶりの笑みを浮かべた。
「ラグナ、俺は俺はこれから北の領土を名代として守ってゆく。その時、俺は父と同じ苦悩を味わうだろう」
クラッシュもバルドルが、どのような苦悩を経て、あのような間違いを犯したかを知りたかった。
そのためには同じ立場になる必要があった。
異なる立場から父を非難しても、それは単なる卑怯な中傷に過ぎないという気がしたのだ。
名代として北の領土を統治し、その苦悩を乗り越えたとき、ようやく父親と対等に話せる気がしていた。
同じ立場を経て、父を理解し、その上で父の過ちを否定することが、ひいては父を救うことになる。
・・・そういう気がしていた。
「ラグナに名代にしてもらったことで、その機会を貰った。この恩は忘れない。俺はお前の名代としてこの地を治める。お前の名は決して汚さないと誓おう」
クラッシュはそう言って、ラグナの前に跪いた。
ラグナは自分の前でクラッシュが膝を折るなんて考えたこともなかったので、戸惑ってしまった。
「そんなの別にいいよ。俺としては、クラッシュがそのまま領主になっても良いと思ってるくらいだ」
「そうはいかん!」
クラッシュが真剣に応える。
それはクラッシュにとって領主という立場が、ラグナが思っている以上に重要な意味を持っているという事だった。
ラグナが勇士に憧れていたのと同じように、クラッシュも領主という役職を特別に思っているようだった。
それを「そんなの」などと言ってはいけない。
ラグナもすぐに自分の失言に気が付いて慌てた。
「いや、そうじゃなくて、クラッシュが領主になるのが良いと、おれも昔から思っていたというか、おれなんかよりもふさわしいというか・・・」
「ラグナ、そうじゃねえよ」
シャドウウルフがいつの間にかやってきていた。
彼にはいつも気配がない。
「誰かのために力を発揮するタイプも居るしな。それにこいつもまだ若い。いきなり領主の重圧はきついだろうに、おまえにそう言われたら、こいつも心細いだろう?」
「そうなのか・・・?」
「お前はこう言ってやるべきだ。必ず成長して戻ってくるってな」
「そう、なのか・・・?」
「そうだろう?クラッシュ」
「ああ、そう言ってくれると、心強い」
「そうか!じゃあ、おれ、そうする!」
ラグナはシャドウウルフに乗せられて、すっかり良い気分になっていた。
特に「成長して戻ってくる」と言うあたりが気に入った。
シャドウウルフと共に旅に出て、様々な困難を乗り越え成長した自分を想像してみる。
実にいい気分だった。
こうしてラグナは旅に出る。
目指すのはシャドウウルフのホームでもある城塞都市だ。
そこは遺跡領域の探索が最も盛んな場所だ。
そして、その途中には西方皇国もある。田舎生まれのペンギンが世間を知るには良い道のりと言えるだろう。
「門出だってのに、浮かない顔じゃねえか?どうした?」
少しからかい気味にシャドウウルフが尋ねる。
もし、故郷に対する未練を少しでも見せようものなら、置いていくつもりもあった。
だが、ラグナの悩みはシャドウウルフが想像していたものとは全く違っていた。
「いや、おれ、ふと思ったんだ」
「何をだ?」
「今まで勇士になるのが夢でさ、その事ばっかり考えていたけど、そういえば、今、おれは何を目指してるんだろうって」
「何って・・・立派な領主様じゃねえのか?それでクラッシュを助けてやるんだろ?」
「そうなのかな・・・なんかしっくりこないな」
「何なんだよ!訳が分からねえぞ?何を迷っていやがる。旅に出るのが嫌になったんなら・・・」
「いや、違う!違うって!」
焦って否定するラグナ。そして、また難しい顔をして悩み始めた。
呆れたシャドウウルフがため息をつくと、ラグナは急に大きな声を上げた。
悩み事に何らかの答えを見出したようだ。
「そうだ。おれ、今まで勇士になることしか考えてなかったから、何かフワフワしてんだ」
「戻りてえってことか?」
「違うって。何か目指すモノがないと、おれらしくないって感じがするんだ」
「ふーん、そうなのかよ。だったら、新しい目標を持てばいいってことか?」
「そうそう!」
「勇士に代わる目標ねえ・・・そういえば、これから向かう西方皇国じゃ、遺跡に潜る連中の事を何て言ってたかな・・・えーと・・・あれだ・・・たしか、そう、騎士だ!」
「騎士?」
「そうだ、あれだ、誇りとかそういうのを、やたらと重んじる連中だ」
「・・・それいいなあ・・・騎士。ペンギンの騎士か」
ラグナは元気よく走り出した。
呆れ笑いを浮かべながらラグナの背中を見ていたシャドウウルフだったが、ラグナの若さに当てられたのか、こんなことを呟いた。
「・・・俺もこの旅で何者かになれるかねえ。シャドウウルフとかいう面倒な通り名じゃなく、他の何かに・・・」
シャドウウルフの足取りが重くなる。
そのせいで先走るラグナとかなり距離が開いてしまった。
それに気付いたラグナが「どうしたの?早く行こうよ!」とシャドウウルフを急かす。
シャドウウルフは肩をすくめながら「とりあえず今はペンギンのお守り役ってとこだな」と自嘲気味に笑った。
鎧を着た獣たち アデリーペンギンの場合 @takrum
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