第22話 3







 そして七年の月日が流れ十四歳になった頃、わたしは異世界を透視する能力を会得したのだった。

 名前のない新しい魔法だったから、わたしは『異世界透視魔法』と名付けた。


 わたしは近隣の諸侯からも一目置かれるとして注目されるようになっていた。

 そうなのだ。

 わたしは魔法学院中等部に在籍中、上級魔導師認定を受けた。

 そして、普通は小・中・高等部を十年かけて卒業する所、七年で卒業してしまったのだ。

「エカテリーナ様、申しわけございません。あなたに教えることのできる教師が最早いないのです」

 とジーナ先生は深々と頭を下げたが、姿勢を戻した時、その顔は笑っていた。


 異世界透視魔法を本当に使用する時が来た。

 この魔法の発動に当たって大切な事は、限定した時間軸を捉えなければいけない所だった。

 転移魔法とは別物だが、異世界とチャネリングすると言う観点から見れば、異世界転移魔法を会得するための前哨戦とも言える魔法だった。

 この魔法で見える異世界は、発動者―――つまり魔法使いと深い繋がりのある物理的な何かが、相手側に存在しなければ成り立たないのだ。

 何かとは、具体的に言えば、魔法使いが大切にして物、或いは肌身離さず身に付けていた物、とかである。

 わたしの場合は、あの日良也君に預けたお父さんの時計がコンタクトになるのだ。

(きっと、大切に持ってくれてるはずだわ)

 わたしはそれを信じていた。


 わたしは心を静かにして異世界透視魔法を発動した。

 この世界と地球との間に時間の互換性はないのだ。

 わたしは十四歳になっていた。

 わたしが日本で死んで、少なくとも十四年が過ぎていると言う事だ。

(だけど、大丈夫)


 わたしはイメージを脹らませて、十四年前のわたしが死んだ直後に意識を集中させた。

 しばらくすると、わたしの脳裏にぼやけた映像が入って来た。

 どうやらお父さんの時計とコンタクト出来たようだ。

 時計とシンクロナイズしたわたしは、時計を介して良也君を見る事になるのだ。



 時計から見る周りの風景が次第に鮮明になって来た。

 どうやら時計は机の上に置かれているようだ。

 殺風景な部屋だった。

(ここが良也君のお部屋?)

 部屋には外に出る扉が一つあった。扉の上の小窓には鉄格子が付けられていたのが気になった。

(ここ…どういう部屋なの? 本当に良也君の部屋?)

 わたしは外光が差す窓に目を向けた……その瞬間……。

(………!)

 わたしは目の前の光景に息を飲んだ。

 窓にも鉄格子があったが、わたしが息を飲んだのは、窓際にぶら下がるが目に飛び込んできたからだ。

 風もないのに揺れていた。

 人間だ。

 首にはロープが掛かっていた。

 揺れながら体の向きが少しずつ回転していた。

 そして顔がこちらに向いた時、わたしは心臓が止まりそうになった。

 良也君だった。

 半開きのまなこからは血が滴り落ちていた。

 目だけではない。鼻からも、口からも出血していた。

(良也……くん……何なの……これ)

 わたしはしばらく現実感のない世界に引き込まれていたが、直ぐに事態を把握した。

 首にロープを掛けた良也君が宙吊りになっているのだ。 

(どうして!) 

(どうして!)

(何があったの!)

(どういうことなの1)

(良也君! 良也君!)

(返事してよ!)

(ねぇ! ねぇ! ねぇ!)

 気が狂いそうだった。


 しばらくして、少し思考出来るようになった。

 あの部屋は良也君の部屋じゃない思った。

 鑑別所か、或いはそう言った関係の施設だったのではないだろうか。

(わたしが死んだ後……良也君はやっぱり……鎌田さん達に仕返しをしたんだわ。だから……鑑別所に入れられ……前途悲観した良也君は……)

 そう考えると、再び過呼吸に襲われた。

 涙が滝のように流れた。

(何とかしなきゃ……)

 立ち止まってはいられなかった。

 わたしは思考を巡らせた。


 正常に動いていたお父さんの時計は、確か十月を示していた。

 良也君が事件を起こしたのは何時いつかは分からなかったが、わたしが死んで二ヶ月ほど経過しているようだった。

(何が起きていたの?)

 わたしはまずそれを知らなければならないと思った。

 わたしは二ヶ月ばかり時間を戻して、再び異世界透視魔法を発動した。

 だが、まだ上手く使えていない異世界透視魔法は、二・三日戻っただけのようだった。


 

「どうしてくれるのよ!」

 つんざくような女性の怒鳴り声だった。

 透明のアクリル板越しに、こちらを睨む女の人がいた。

 その顔は酷く腫れあがり、数ヵ所の施術の痕があった。

 女の人の顔は、目を背けたくなるくらい見るも無残なものだった。

 最初は誰だか分からなかったが、そのうちその人が鎌田さんだと分かった。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 泣きながら頭を下げる良也君がいた。

「ごめんなさいで済むと思っているの! わたしはね……! わたしは……左が失明したのよ! 顔だって一生元に戻らないのよ! どうしてくれるのよぉ!」

 鎌田さんも泣いていた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 滝田君はひたすら頭を下げたままだった。

 その時だった。

《オレ…なんて事したんだろ……。あの時は、頭に血が上って……何も考えられなくて……この女を……ボコボコにしてしまった……》

 良也君の心の声が聞こえた。

《おじさん…おばさん…迷惑をかけてごめんなさい……。こんな事になるなんて……分かっていたのに……自分を止められなかった。……ああ、戻りたい……あの瞬間に……今の後悔を以て……戻りたい……。詩織先輩……オレはバカでした。後のこと何も考えない……バカでした。オレは……死にたい……》

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