第3話 3







 スポーツ推薦だからと言って、試験が免除されたわけではない。

 秀英高校の及第点は六十点だったが、スポーツクラスは進学クラスとは違って四十点で良かったが、それでも欠点を取る者は少なくなかった。

 とは言え、スポーツクラスは優遇されていた。

 追試を受けて尚も及第点を取れなかった者がいても、二時間の補習授業を受けるだけで単位がもらえるのだ。

 スポーツバカには持って来いの、落第しないシステムとなっていた。


 中学時代のオレの成績は中の上。常に七十点前後の平均を保っていた。学年の平均点ブラス十点と言った所だ。

 だけど進学校のテストは別格だった。

 オレはなんとか五十点を超えるのが精一杯だったが、それでもスポーツクラスの中では上位に入っていた。

 ちなみに、スポーツクラスの平均点は三十点前後だった。


 腑に落ちない事が一つあった。

 スポーツクラスの定期テストが、特進クラス・進学クラスと同じ問題と言う所に、オレは違和感を感じていた。

(なんでスポーツクラスが、特進クラスと同じ問題なんだろう?)

 特進クラスと進学クラスが同じ問題なのはまだ分かる。

 進学クラスで得点の高い人は、学年末に査定を受けた後、特進クラスに編入できるからだ。

 だけどスポーツクラスは、学問の向上を目標としていない。

 進学クラスに張り合おうなんて奴は誰もいないのだ。

(いっそのこと、スポーツクラスだけ、平均六十点を超える試験問題にすれば済むことじゃないのか?)

 その時オレは、漠然とそう思っただけだった。

 だが後にオレは、秀英高校のシステムの裏側を思い知らされるのだった。



 夏の大会が始まった。

 秀英高校は県大会を順当に勝ち進んで甲子園出場を果たした。

 県大会では、制球力のある鎌田先輩が先発して、速球派のオレが七回から登板して抑えこむスタイルが確立していた。

 だけど、甲子園での鎌田先輩の調子は芳しくなかった。

 序盤で捕まり、オレは三回・四回から投げる試合が続いた。


 辛うじて勝ち進んだベスト8だったが、一回で崩れた鎌田先輩の後を引き継いだオレも、八回に連打を許して点差を広げられて降板した。

 オレの後に登板した二年の先輩は、更に追加点を許し、秀英高校はベストフォーで惨敗してしまった。


「滝田は良く投げてくれたよ。来年頑張れよな」

 先輩たちはオレたち後輩にエールを残して引退した。


 たけど、この時からオレは、左肘に違和感を感じ始めていた。

 でも誰にも言えなかった。

 言えば鎌田由美の耳にも入る。

 鎌田由美には知られたくなかったのだ。



「滝田君。よく頑張ったわね。調子の悪いお兄ちゃんをカバーしてくれてありがとうね」  

 体育館裏に呼び出した鎌田由美は、オレの手を取ると自分の胸に押し付けた。

「今度は滝田君がエースとして、わたしを甲子園に連れて行ってね」

「由美先輩……」

「わたしね、プロ野球選手の奥さんになりたいの。年上は嫌い?」

 誘惑気な眼差しでオレを見た。

「そ、そんなことないです。オレは由美先輩のこと、好きです」

「嬉しいわ。来年甲子園に出て、それで優勝したら、もっといいものあげるわ」

「あのさぁ、オレと由美先輩は、付き合っているってことでいいんですよね」

 オレがそう聞くと鎌田由美は意味深な笑みを浮かべた。

「さあ、どうしようかな?」

「ええっ? オレと由美先輩はキスもする間柄なんですよ」

「キスぐらいで何言ってるのよ」

「えっ? それって、どういうことですか?」

(キスは恋人の証じゃないのか? おれは間違っているのか?)

「わたしの彼氏を名乗りたいのなら、もっとビックになってね。わたしは平凡な男子には興味ないの」

 それだけ言うと、からかうような笑みを浮かべ、鎌田由美はオレに背中を向けた。

 その場に残されたオレは、左肘に視線を落とした。

(オレは由美先輩に認められる男になりたい)

 鎌田由美の美貌と均整の取れたスタイル―――その全てを自分のものにしたいと思った。

 そして何よりも、

(由美先輩の心が欲しい)

 その思いで胸が一杯になっていた。

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