第4話 4







 オレの肘の痛みはますます酷くなっていた。

 夏が終わり、新チームを結成して、オレは背番号一をもらった。

 その頃はまだ、投げている時だけだったが、秋季大会が始まる頃には、何もしなくても肘に激痛が走るようなっていた。

 秋期大会はセンバツ高校野球の代表校選出のための大切な大会だった。

 だけどオレは、一回戦は辛くも逃げ切ったが、二回戦では、激痛に耐え切れず制球力を失い自滅してしまった。

 とは言え、結果的に試合は勝った。

 リリーフに上がった先輩の武田界人たけだかいとが踏ん張った後、味方の反撃があり、二回戦を突破する事が出来たのだ。


「何よあの試合。ガッカリだわ」

 試合後、駆け付けた鎌田由美の第一声だった。

「大丈夫です。今日はタマタマ調子が悪かっただけです。次は絶対に制球して見せます」

「フーン」

 鎌田由美は嘲るような顔を見せた後、オレの耳元に唇を寄せた。

「まあいいわ。次は期待しているわね」

 と甘い声で囁いた。

「由美先輩……」

 オレがキスをしようとすると、鎌田由美の人差指がオレの唇を押し返した。

「あんな試合の後で、こんなこと許されると思っている?」

 氷のような冷たい眼差しを向けられた。

 


 その頃からだった。

 鎌田由美が違う男子と腕を組んで歩いている所を、何度も目撃するようになったのは。

 一人や、二人ではない。

 オレと同い年の者もいれば三年生もいた。

 いずれも将来有望な学生アスリート達だ。

 その事を問い詰めると、

「なにか勘違いしていない? わたしは滝田君を彼氏にした覚えないわよ」

 見下すような眼差しをオレに向けた。


 オレの肘は加速して悪くなっていった。

 悲鳴を上げていた。

 投球練習でも制球出来ず、監督のオレに対する信頼も薄れていた。

 三回戦は先発を外され、調子を上げて来た武田界人たけだかいとにマウンドを奪われた。

 その日の鎌田由美は、ベンチで座っていただけのオレには、目線さえ合わせてくれなかった。

 そして学校に戻った時、体育館裏でキスをする鎌田由美と武田界人を目撃したのだ。

 胸の中をグチャグチャにかき回されたような気分だった。

(ちくしょう!)

 居ても立ってもいられなかった。

 その場から走り去ったオレはクランドに向かい、激痛が走る左肘を庇うことなく、壁に向かってボールを投げ続けた。


 翌日も、その次の日も、オレは左肘を酷使した。

(こんな痛み、気の迷いだ!)

 激痛に耐えながらオレは懸命に投球練習をした。

(由美先輩!)

 鎌田由美の笑顔が欲しかった。

(由美先輩を独り占めにしたい)

 オレが心から望むものはそれだけだった。

 だが、無理を続けたオレの左肘は、限界に達していた。



 肘の痛みで眠れない日が続いた。

 秋季大会四回戦を迎えた朝、肘だけでなく肩そのものが上がらなくなっていた。

 オレは上がらない左腕を隠して、こっそり家を出ようとしたが見つかってしまった。

 オレの異変に気付いたおじさんに、無理矢理と言った形で病院に連れていかれた。

 病院での診断結果は、オレの想像を超えていた。


「一般的に野球肘と呼ばれていますが、かなり深刻な変形性肘関節症です。相当無理なさったんでしょうね。関節炎が酷いし、数ヵ所の剥離骨折まで見られます。緊急に手術の必要があります。言いにくいのですが、普通に生活するには困らないレベルには回復しますが、本格的な野球復帰は難しいですね」

 医者の言葉を耳にして、オレは頭の中が真っ白になった。


(野球ができなくなる?)

 武田界人とキスをする鎌田由美の横顔がまぶたにちらついた。

(オレは由美先輩に見限られてしまうのか……)

 斜め下に、見下すような視線を向ける鎌田由美の顔が、オレの脳裏をよぎった。 

『わたしは平凡な男子には興味ないの』

 鎌田由美の言葉が、止めを差すよう、オレの胸を突いた。

 オレはその日のうちに入院して翌日に手術が行われた。

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