第11話 11







 それはともあれ、二月に入った頃には、オレは勉強に対して少し自信が持てるようになっていた。

 詩織先輩が作る模擬テストでは、五教科とも七十点前後の正解率を確保出来るようになっていた。でもまだ足りない。

「もう少しよね」

「でも、まだ届きませんよ」

「それじゃね……学年末まであまり時間もないから、ヤマを張りましょうか」

「ヤマを張る?」

「ええ。これまでの定期テストの答案用紙を持って来てくれる? それと担当の先生が誰なのかも教えて欲しいわ。出題傾向が分かるから。小テストとかも参考になるから持って来てくれないかな? 今の滝田君は、実力的には正解率七十%を超えているわ。残りの十%はヤマを張ることで可能な筈よ」


 詩織先輩はそうやって傾向と対策を立ててくれた。

 イメージで捉える詩織先輩の勉強法に加えて、学年末テスト前日まで予想問題を毎日作成してくれた。

「先輩のテスト勉強は大丈夫なんですか?」

 ある時オレは心配になって聞いてみたが、詩織先輩は笑って首を横に振った。

「問題ないわ。わたしはお勉強できる子なのよ」

「あはっ……。自分でそれ言いますか?」

 それくらいの冗談が言えるくらいには打ち解けていた。

「明日から試験ね。答えがすぐに出ない所は後回しにして、確実に分かる所から潰して行くのよ」

「分かってますよ」

「頑張ってね」

「はい」

 不安を残しながらもオレは、学年末テストに挑んだ。 

 

 学年末テストの答案用紙が返却されたのは三日後だった。

 オレは昼休みを待って、初めて生徒会室のドアを開けた。

「滝田君。どうしたの?」

 驚いた顔で詩織先輩が出迎えた。

「見てください、これ」

 オレは上ずった声で、五教科の答案用紙を机の上に置いた。

「平均で八十一点取りました」

「やったわね、滝田君。おめでとう」

「先輩のお陰です。ありがとうございました」

「滝田君が自分で成してたことよ。誇ったらいいと思うわ」

 笑顔の詩織先輩は瞳を潤ませていた。

「ところで……先輩は一人なんですか? 副会長とか、会計は集まらないんですか?」

 オレは詩織先輩が部屋に一人なのが気になった。

「わたし一人なのよ」

「それって、もしかして、生徒会役員は先輩一人だけなんですか?」

「ううん。ちゃんといるわよ。でも、みんな名ばかり役員なの。会計の人なんか顔も見た事ないのよ」

 そう言って詩織先輩は可笑しそうに笑った。

「それ笑えないんですけど。と言う事は、生徒会の仕事はすべて先輩一人でこなしているんですか?」

「そうなるかな……」

「そんなぁ……。先輩は人が良すぎますよ。オレだったらブチ切れます」

 オレが怒りを顕にすると、詩織先輩はもう一度可笑しそうに声を上げて笑った。

「笑いごとじゃないって……。生徒会会長の権限でバシッと言ってやったらどうですか?」

 詩織先輩は苦笑いした。

「漫画やアニメとは違って、生徒会会長なんてリアルでは地味な仕事なのよ。権限なんて何にもないのよ」

「それじゃ、パシリみたいなもんじゃないですか」

「確かもそうかもね。でもね、推薦受ける時に生徒会会長の肩書があると、受験が有利になる大学もあるの。秀英高校は名門の進学校だから、特にね」

「リアルな理由なんですね」

「幻滅した?」

「そんなこと思ってませんよ。いや、むしろ共感しました」


 お父さんを事故で無くしたんだ。一家の収入を支えているのが詩織先輩の母親なのは想像がついた。

 秀英高校で特進クラストップを譲らないのは、すべての学費免除を得て、母親に負担を掛けないためなんだろう。

 生徒会長職を大学進学の手段に使って何が悪いものか。

「胸張っていいと思いますよ」

 オレは心からそう思った。

「でも、一人は大変でしょ?」

「全然大丈夫よ」

 無理している時の詩織先輩の笑顔だった。

 オレはこの時、詩織先輩の力になりたいと思った。 

「先輩。生徒会役員に空きがありますか?」

「えっ?」

「オレ、生徒会に入ります」

「そんなのダメよ。滝田君の勉強がおろそかになるわ。簡単に見えるけど結構…」

 言いかけて言葉を切った。

「結構大変なんでしょ?」

「………」

「手伝わせてくださいよ。オレ、先輩の力になりたいんですよ」

「滝田君……」

 詩織先輩がうつむいた。

 机の上に涙のしずくが一つ二つとこぼれた。

「ご、ごめんね。ブサイクな涙見せちゃったね。ゴメン……」

「自分のこと、そんな風に言わないでくださいよ。先輩は笑うと可愛いんですよ、少しだけ」

「ひ、ひどいわ」

 詩織先輩が顔を上げた。

 怒りながら泣き笑っていた。

「少しだけは余分よ。嘘なのは分かっているから、可愛いでとめてよ」

 本気とも冗談ともつかず訴える詩織先輩を、オレはこの時、本当に可愛いと思った。

 オレはその日、生徒会長の推薦を受ける形で、空席だった生徒会副会長の椅子に座った。

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