第12話 12







 翌日、特進クラスのベストテンが発表された。

 もちろん詩織先輩はポールポジションを譲らなかった。

 しかし、今回ばかりはミスパーフェクトとはいかなかった。

 総合得点四九〇点。

 英・国で各一問ずつ回答ミスをしていた。得点の高い超難問題をである。

「年下の男子にかまけているからよ。いい気味だわ」

 鎌田由美がすれ違い様に笑って過ぎた。鎌田由美は四七四点で三位だった。

 詩織先輩は何も言い返さずに笑みをこぼしたが、オレは黙っていられなかった。

「支倉先輩のケツを走っている者が、それを言いますかね」

 オレは鎌田由美の背中にそう吐き捨てた。

 鎌田由美は振り返り、物凄い顔でオレをにらんだ後、舌打ちして足早に去った。

「滝田君……鎌田さん怒っちゃったよ」

「いいんですよ」

「ても、滝田君。鎌田さんに嫌われちゃうよ」

「別に、嫌われたっていいんですよ」

「だって……鎌田さんのこと……」

「ええ、好きでしたよ。でもなんだろ? ずいぶん昔のような気がする」

 不思議だった。

 鎌田由美の背中を見送るオレの心は、とてもスッキリしていた。



 オレは二年に進級できた。進学クラスのCクラスに昇格した。

「出世したじゃないの。滝田君」

 詩織先輩が満面の笑みを見せた。

「先輩の笑顔、今日も可愛くないですね」

 オレがからかうと、詩織先輩は頬を脹らませた。

「ちょっと、滝田君。それちょっと酷くない? わたしだって傷つくのよ」

「アハハハ、すいません。つい口が滑ってしまいましたよ」

「それ笑うとこ? わたし本気で起こっているのよ。今のなんか、普通の女子なら、もう口きかないレベルよ。今度そんなこと言ったら、宿題見てあげないからね」

「先輩……! ごめんなさい! 二度と申しません!」

 オレが大袈裟おおげさに謝ると、詩織先輩はクスクスと笑った。

 いつもの事だった。

 オレの毒舌に詩織先輩が反応する。

 詩織先輩をからかうのが楽しかった。

 そんな時、ちょっぴりだが機嫌を損ねる、詩織先輩のそんな表情を、オレは可愛いと思い始めていた。



 二年になって最初の中間試験でオレは五教科で四○○点を超えた。

 詩織先輩も満点を出しミスパーフェクトの称号を取り返した。

「やったね、滝田君」

「あざ~す! 先輩もです」

「ありがとう」

 オレ達はハイタッチをした。

(この人といると、なんだか心が落ち着く……) 

 鎌田由美の傍にいた時は、苛立ちや焦り、そして屈辱と言った負の感情しか生まれなかった。

 好きだと言う気持ち以上に心が辛く苦しかった。

 だけど、詩織先輩の隣りはとても空気が柔らかい。 

 進学クラスの殺伐とした空気に疲労した時、生徒会室に来ると―――正確には、詩織先輩の穏やかな顔を目にすると、オレは心からホッとした。

 詩織先輩と過ごす生徒会室がオレの居場所になっていた。



 だが、この頃から詩織先輩に深刻な事態が起こっていた。

 いや、ずっと前から続いていたのかもしれない。

 そのことにハッキリと気付いたのは、ゴミ当番だったオレが、校庭隅の焼却炉の中に、詩織先輩の体操服を見つけた時だ。

「先輩……!」

 オレはそれを握り締めると特進クラス三年A組に駆け込んだ。

 詩織先輩が両手で顔を覆って泣いていた。

 その周りを取り囲む数人の男女。

 その中には鎌田由美もいた。

「てめえら!」

 オレは二人の男の胸倉をねじ込むように掴むと壁に押し付けた。

「ぶっ殺してやろうか!」

 周囲で悲鳴が上がった。

「お願い! やめて!」

 詩織先輩がオレの背中を抱きしめた。

「だってコイツら……!」

「暴力は止めて!」

 振り返ると懇願する詩織先輩の顔があった。

 そんな顔されたら逆らえなかった。

「ちっ!」

 オレは手を離すと、もやしのような二人の男子に顔を近づけた。

「次この人を泣かせたらボコボコにしてやるからな」

 二人の男子は声も出さずに首を縦に振った。

 鎌田由美と目が合った。

 オレが近づくと、少し怯んだ様子を見せながらも、気丈にも一歩も下がらなかった。

 オレは焼却炉の中で汚れてしまった詩織先輩の体操服を目の前に差し出した。

「あんたか? これをしたの」

「やってないわよ」

 と横顔を向けた。

「言い方を変える。命令したのはあんたか?」

 それには答えなかった。

「そうか。責任取ってもらうぞ」

 そう言うとオレは汚れの酷い部分を鎌田由美の顔に押し付けた。

「な、何するのよ!」

「責任取れよな。犯した罪の償いはキッチリしてもらう」

 逃げようとする鎌田由美の手を捕らえて、オレは自慢のその顔に押し付けた。

「やめて!」

「止めなさい! 滝田君」

 鎌田由美の悲鳴と同時に詩織先輩の怒鳴り声がした。

 詩織先輩がオレの右腕を握りしめていた。

「お願い……わたしのためにこんなことしないで……お願い…だから」

「先輩……」

 高ぶっていた気持ちが沈んだ。

「お願い。もうやめて……」

 言いながら詩織先輩は、オレの肩に顔を押し付けて泣き出した。

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