第13話 13







 翌日、珍しく詩織先輩が学校を休んだ。

(ちょっとやり過ぎたかな……却って詩織先輩の居場所を奪ったかもしれない……)

 気になったオレは詩織先輩の家を尋ねた。平均的な戸建て住宅だった。

 玄関に出たのは、詩織先輩そっくりな母親の美幸さんだった。

 美幸さんは驚いていた。

「詩織のお友達?」

「はい。後輩の滝田良也と申します。生徒会の副会長をやっています」

 副会長は余分だったかな? と思った。

「まあ、あなたが滝田君?」

 美幸さんが再び驚きを見せた。

「いつも詩織がお世話になっています。あなたのことは詩織から聞いているわ。さあ、どうぞ」

 美幸さんに案内されてリビングに招かれると、斑点はんてんを着た詩織先輩が何かを飲んでいる所だった。

 オレの顔を見るなりテーブルの上に噴き出した。

 詩織先輩は顔を真っ赤にして、

「お母さん! びっくりするじゃないの。ちゃんと声かけてからにしてよ」

 と情けない顔でオレを見た。

「先輩、大丈夫ですか?」

「恥ずかしいわ……」

 詩織先輩は濡れたテーブルに慌てて布巾を走らせた。

「今日休んだのは、風でも引いたんですか?」

「うん。少し熱があるの」

「良かった。昨日のこと…」

「滝田君」

 言いかけたオレの手を詩織先輩が掴んだ。

 美幸さんには知られたくないのが分かった。

「わたしの部屋に来て」

 とオレの手を引いた。


 詩織先輩の部屋は想像していた女子の部屋とは違っていた。

「あまりジロジロ見ないでね。飾り気のない部屋だから……」

「いい部屋ですね」

「そうかな」

「オレの家は狭い長屋だから、自分だけの部屋が持てないんですよ」

 それからオレは両親がいない事や、父の兄の家にお世話になっている事も告げた。

 初めて誰かに話せた身の上話だった。詩織先輩なら話してもいいと思った。

「そうなのね。滝田君も大変だったのね」

「もう慣れましたよ」

 オレは詩織先輩を元気づけようと笑って見せたが、彼女は少し視線を落とした。

「滝田君はもう、一人でもやっていけるよね」

 と言った。

「えっ?」

「わたしとは、もう会わない方がいいわ」

「なんだよ、それ?」

「わたしと一緒だと滝田君に迷惑かけるから……」

「なに言ってんの?」

「わたしのことはいいの……。自分のことはガマンできる。でも、滝田君まで、巻き込みたくないの。だから…」

「ちょっと待ってください!」

 オレは詩織先輩の手を掴んだ。

「勝手に決めないでくださいよ。オレの懐にズケズケと土足で入り込んで来たくせに、今度は一方的にサヨナラなんてあんまりだよ」

「でもね、わたしと一緒だと……」

「上等ですよ!」

 とオレは大声を上げていた。

「あんな姑息な嫌がらせしか出来ない連中に、オレが負けると思っているんですか? 貧乏人の底力、舐めんじゃないよ!」

 オレが守ります、とオレは言葉を続けた。

「先輩のことはオレが守ります。だから、隣りにいさせてください。オレは先輩のことが……詩織先輩のことが好きなんです!」

 勢い任せに放った自分の言葉に、オレ自身が驚いていた。

 そしてその時自覚した。

(オレは……詩織先輩のことが好きになっていたんだ)


「滝田君……ウソ…うそよ」

「真面目です」

「だって滝田君、面食いだし……鎌田さんのような美人でスタイルの良い娘が好きだし……わたしのこと可愛くないって、いつも言っていたし……」

「確かに美人とは思いませんよ」

「ほら、そうやっていつもからかう」

「鎌田由美は先輩より何倍もキレイだけど、詩織先輩は千倍優しい。ずっと傍にいたいと思う相手は、支倉詩織なんです」

 詩織先輩は怒ったような嬉しいような複雑な顔を見せた。

「もお……わたしどう反応したらいいのよ。ブスだけど優しいって言われて、これって喜んだらいいの? 怒るべきかな? どっちか分からないよ」

 その答えにオレは思いっきり笑ってしまった。

「アー! やっぱりわたしのことからかってるぅ! ひどいよ、滝田君」

「やっぱり、詩織先輩のリアクション、面白いわ」

 と笑った後でオレは真面目な顔をした。


「それで……先輩は、オレのことどう思っているんですか?」

「えっ? いつもの冗談なんでしょ?」

「違います。オレ本気です」

「ウソよ。からかっているんでしょ?」

 詩織先輩は困った顔をした。

 オレは詩織先輩を見つめた。

「もう一度言います。オレ、詩織先輩が好きです。オレと付き合ってください」

「いいの? 本当に、わたしでいいの?」

「はい」

「恥ずかしくない? わたしが隣にいて」

 オレは大きくかぶりを振った。

「お願いです。オレの彼女になってくれませんか」

「彼女……」

 詩織先輩は俯きかけた顔を少し上げたが、オレとは目線を合わせてくれなかった。

 そのまましばらく固まっていた詩織先輩だったが、近くの小学校から流れる『夕焼け小焼け』にビクッと体が反応して、ようやくオレを見てくれた。

「でも、わたし……ブサイクだから……」

「オレ、ゲテモノ食いなんですよ」

「もう、滝田君! やっぱりわたしのことからかってる!」

 詩織先輩の小さな両手がオレの胸を連打した。

「もう、もう、もう」

 オレの胸を叩きながら、詩織先輩の嗚咽が聞こえた。

「いつもいつも冗談ばかり……」

「………」

「可愛くないって言ってばっかり……。でも……」

 詩織先輩の手が止まった。

「わたしの傍いてくれた……」

 とオレの胸に頬を押し当てた。

「ぼっちだったわたしを、助けてくれた……。だからわたしは……」

 オレの肩にも届かない小さな詩織先輩がオレを見上げた。

「あなたが、好きです」

 そんな詩織先輩にオレの胸がキュンとなった。

「詩織先輩。オレも大好きです」

 オレは思わず詩織先輩を抱きしめていた。

 夕映え差す部屋で、オレと詩織先輩はしばらく抱き合ったままだった。

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