第14話 14
翌日、始業前の生徒会室で顔を合わせた詩織先輩は、モジモジしていた。
「滝田君……あのぉ、確認なんだけど……昨日のことウソとか冗談とかじゃないよね。わたしたち、付き合ってる…でいいのよね」
そんな詩織先輩がとても可愛かった。
「信じてくれないんですか?」
わざと困った顔を見せると、詩織先輩は慌てたように首を横に振った。
「そんなことないわ。でも、滝田君はいつも冗談ばかりだから。本気なのかどうか分からなくなるのよ」
オレが詩織先輩をからかうのは、この人の事が可愛いからだ。そして何よりも大好きだからだ。
鎌田由美の時は、キスがしたいとか、胸を触りたい。その先の欲望まで沸き起こった。
(だけど……)
詩織先輩といると、清らかな空気のままでいられる。
こんなこと口走ったらきっと、
『わたしが可愛くないからキスする気も起こらないんでしょ?』
と言うに違いなかった。
でもそれは違う。
鎌田由美に抱いていたのは欲情だが、詩織先輩に対する思いは愛情なんだ。
オレはそう確信していた。
きっとオレ達は上手くやって行ける。もっともっと愛情を深めていきたいと願っていた。
これからもずっと詩織先輩と一緒にいられる。
そう信じて疑わなかった。
オレは常日頃、休憩時間になると比較的近くにある、特進クラス三年A組に睨みを利かせに出向いていた。
詩織先輩を守るためだ。
「良也君、わたし大丈夫よ」
詩織先輩はそう言ったがオレは笑顔で返した。
「おれたち付き合っているんだから、一緒にいるのは当たり前じゃないですか?」
教室中に聞こえる声で言い放った。
鎌田由美が睨んでいた。
(守ってやる)
オレは鎌田由美とその手下を睨み返した。
悲劇が起ったのは、期末試験最終日だった。
試験が終わったその日、日直だったオレは、ついでに別の用事も頼まれて、詩織先輩との待ち合わせに遅れた。
待ち合わせは正門だ。
(正門なら人通りも多いし、クラブ活動の連中の目を気にして、鎌田由美は何もできないだろう)
そう思って正門を待ち合わせとしたのだ。
だが、試験終了後の当日までは部活は禁止となっていた。
それをオレは考慮していなかった。つまりほとんどの生徒が帰宅すると言う事だ。
二十分ほど遅れた。
メールはしてあるから問題はない。
オレは詩織先輩と
初デートだった。
そんなオレの浮かれた気持ちが油断を生んだのかもしれない。
「止めて! お願い! 返して!」
正門から詩織先輩の声がした。
「大切なものなの! 返して!」
詩織先輩を真ん中にして、五人で何かをパスしあっていた。
(あいつら!)
オレはダッシュした。
鎌田由美もいた。上に伸ばしたその手に詩織先輩の腕時計があった。
「こんな汚いもの、何大事にしているのよ」
長身の鎌田由美が腕を伸ばすと、詩織先輩には届かなかった。
二十メートルほど近づいた時、オレは握り拳を見せつけながら、奴らに迫った。
「おまえら!」
オレが怒声を上げた時、鎌田由美の動きが止まった。
その口元が醜くゆがんだ時、鎌田由美はそれを車道に放り投げた。
普段は交通量の少ない学校前の舗道だが、その時、折り悪く自動車が走って来た。
なのに詩織先輩は車道に駆け出した。左足ビッコなのに、その時の詩織先輩は物凄く速かった。
「支倉さん、危ない! 止まって!」
その中の女子生徒の一人が叫んだ。
だが詩織先輩は止まらなかった。
「詩織先輩!」
オレは叫びながら必死で走ったが、間に合わなかった。
急ブレーキの音と衝突音がした。
その時の光景がオレにはスローモーションのように映った。
車にぶつかった詩織先輩は、体を回転させながら宙に舞い上がっていた。
オレは詩織先輩を抱きとめようと必死に飛び込んだ。
しかし届かなかった。
オレが差し出した指先をかすめて、詩織先輩は後ろ向きに頭から歩道に落ちた。
「先輩!」
オレは詩織先輩を腕に抱いた。
詩織先輩の頭を支えたオレの右腕が鮮血に染まっていた。
(先輩……!)
オレは声が出なかった。
詩織先輩の体が震えていた。いや、
しばらく視点の定まらない目が泳いでいた。
「せんぱい……」
ようやく声が出た。
「良也君……」
詩織先輩の目がオレを捉えた。
「し、しっかりしてください。―――誰か早く救急車を!」
車の中の女はハンドルを握ったまま震えて動かなかった。
詩織先輩をいたぶっていたヤツらは、自分たちの仕出かした事の大きさに呆然自失していた。
「良也君……これ、持ってて」
詩織先輩が腕時計をオレに渡した。
「わたしの彼に……なってくれて……ありがとう。良也く……ん」
詩織先輩は、ほんの一瞬微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。
「詩織先輩!!!」
オレは喉が張り裂けんばかりの声を上げたが、詩織先輩の目が再び開く事はなかった。
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