第6話 6







 二学期途中から編入した進学クラスの居心地はいいものではなかった。

 オレがいじけてしまったせいだけではない。

 クラスのオレを見る視線は明らかにゴミ扱いだった。

 スポーツクラス出身のオレにガンを飛ばす者はいなかったが、口を利いてくれる者もいなかった。

 それでも……。

(とにかくこの学校にしがみ付こう)

 やる事がなくて、コンビニの前に座り込む若者にはなりたくない。

 野球人生を絶たれてうつむいている暇さえなかった。

 オレはその日から勉強一色に方向転換せざるを得なくなってしまった。


 進学クラスは特進クラスと同じ校舎だがら、時々鎌田由美とすれ違う時がある。

 そんな時アイツは、揶揄からかうような笑みを浮かべて通り過ぎた。

 鎌田由美にはいつもつるんでいる特進クラスのメンバーがいた。

 いずれも、秀英高校で東大合格の呼び声高いベストテンに名を連ねている面々だ。

 それに加えて、いつも違う男が傍にいた。



 オレはグローブとバットを捨てて、高校の図書館に通う日々が続いた。

 秀英高校の図書館は、中学の時のような閑散とした図書室とはまるで違っていた。

 一流大学進学に於ける問題集や参考書・辞典・それに関するマニュアル本の数は、大型書店を凌ぐ蔵書を誇っていた。

 オレは孤立無援の中で勉学に励んだ。

 野球部にいた時は、投球練習にチームメイトが付き合ってくれたし、先輩達は打撃や守備について、丁寧なアドバイスをくれた。


 だけど、進学クラスは違った。

 分からない所を質問しても、

「ああ、これね。適当にやっていたら、そのうち正解していたんだよ。どうして正解したのか説明できないね」

 なんていい加減な言い訳で逃げられる。

 しかも、オレが編入したのは進学クラスでも末席のF組だ。

 基本的にクラスわけは新年度に行われるのだが、成績次第で編入が頻繁に行われていた。

 オレが編入したF組は平均点六十点ラインの生徒の集まりだった。

 いわゆる進学クラスの落ちこぼれだ。

 だから超難問題を答えられる者は少なかったから、その生徒の言い訳は、あながち嘘ではなかったかもしれない。

 とは言え、クラス内の関係が冷え込んでいるのは確かだった。

(こんなのが高校生活なのかよ)

 ボヤいても始まらないが、そう思わずにはいられなかった。


 進学クラスに移っての最初の中間テストの平均は五十八点だった。

 秀英高校の問題には、○×式とか、A~Fの中から選びなさい、などの選択問題は一つもなかった。

 マークシートでもなく、全て筆記問題。

 まぐれ当たりなど期待できないと言う事だ。

 今回のテストでも、五教科合わせて、オレは超難問題を一つも答えられなかった。

 

 そして背水の陣の覚悟で臨んだ期末テストも、平均点は六十点に一点足らなかった。

 社会と化学で、超難問題を一問ずつ正解した事は喜ぶべき事だったが、オレの心は憂鬱ゆううつだった。

 三学期末では、六十点ブラス十七点の平均点を取らなければ落第が決定するのだ。

(七十七点だと……!)

 進学クラスのBクラス辺りが取る点数だった。

(もう、無理だ)

 これだけ頑張って六十点を超えられなかったのだ。

 八十点近い平均点なんて、今のオレに取れる筈もなかった。


 教頭の無言の冷ややかな眼差しがあった。

 廊下ですれ違う鎌田由美の、全てを知ったようなあざけりを浴びせられた時、オレはやり切れなくなってしまった。

(オレ、頑張ったよな。もういいよな)

 オレは当初参加するつもりだった、冬休みの特別課外授業の申込用紙を破って捨てた。

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