第5話 5
手術の後、十日の入院が必要だった。
野球部の仲間は代わる代わる見舞いに来てくれたし、クラスメイトも来てくれた。
だが……鎌田由美は来なかった。
退院後のオレを待っていたのはシビアな現実だった。
鎌田由美だけではない。
病院から学校に診断書が届いたと言うのだ。
教頭が家に来た。
おじさん達は仕事で不在だった。
「滝田君。残念な結果になりましたね。でも、野球は出来なくても学業の方で頑張って、新たな夢を目指しなさい」
と表向きには温情ある言葉を掛けてくれたが、その後に中間テスト目前にして、オレは突然の進学クラスへの編入を言い渡された。
「ち、ちょっと待ってください。いきなり進学クラスに入れられても、オレは授業に付いていく自信ないですよ」
「何言ってるんですか?」
教頭は呆れた顔をした。
「授業内容はどのクラスも同じですよ。定期テストの問題も同じなのは知っていますよね。何か問題ありますか?」
死んだ魚のような瞳をオレは向ける教頭の目を見た。
教頭が何を考えているのか分からないが、オレに対して好意的でない事だけは、はっきりと理解出来た。
「一つ聞いていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「進学クラスには追試とか補習授業はあるんですか?」
「追試も補習もありません。第一・第二・第三学期の平均点で六十点切った生徒は留年してもらいます」
「………!」
オレは次の言葉が出なかった。
今のままでは確実に留年だと思った。
(スポーツ一筋に生きて来たオレに……あんな超難問題を……どうやって解けって言うんだよ! )
定期テストの内容は基本問題が三割。難問題が三割。そして特進クラスを意識した超難問題が四割。
一学期を見る限り、難問題ですら、スポーツクラスの正解率は二割にも満たないのだ。
ちなみに一問でも超難問題を解いた者は、スポーツクラスにはいなかった。
早い話、オレのレベルではどんなに完璧を極めても、解けるのは難問題までだ。つまり、六十点を取るのが限界なんだ。
「でも、安心してください。退学する必要はありませんよ。特待生Aの待遇は最初に約束していた通りですから」
「それなら、最初の約束通り平均四十点にしてもらえませんか?」
オレがそう言うと、教頭はあからさまな嫌悪を見せた。
「それはおかしいでしょ? 四十点の赤点ラインは飽くまでスポーツクラスのルールです。あなたはもうスポーツクラスの生徒じゃないのですよ。理解されてますか?」
教頭の視線がギブスを巻いたオレの左手に向けられた。
「本校としては精一杯のフォローをしているつもりですよ。スポーツ推薦で入学したあなたが、スポーツ出来なくても、約束通り
その時になってオレは、教頭が強調した『三年間』と言った言葉の意味を悟った。
つまり、一度留年すれば、三年生になった時の費用は自費になる―――そう言う事なんだ。
(それよりも……)
落第しておいて、何食わぬ顔で学校に居座る度胸が、オレにあるのだろうか。
たとえ、腹をくくって在籍した所で、留年が一度で済むとは限らない。
(いや、たとえなんて、そんな低い可能性の話じゃないぞ)
限りなく留年ループを繰り返す確率の方が遥かに高かった。ここは東大を目差す進学校なんだ。
「滝田君の一学期の五教科の平均五十三点はそのまま進学クラスに引き継がれます。一学期は少し点数が足らなかったですが、二学期、三学期とありますから、総合の平均六十点を目差して頑張ってください。期待しております」
教頭は立ち上がりながら、一瞬だが、嘲るような笑みを見せた。
〈おまえになんかに、平均六十点は無理なんだよ〉
そう言っているのが分かった。
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