第23話 4







「良也君!」

 わたしはいたたまれず異世界透視魔法を閉じた。

 きっとこれが、良也君に自殺を決意させた瞬間だったのだろう。

(良也君……どうしたらいいの。わたしはあなたを助けたい……どうしたら助けられるの)

 わたしは少しうつむいてしまったが、すぐに立ち上がった。

 良也君が首を括った事情はだいたい理解出来た。

 だけどその現場を見たわけではなかった。

(わたしが逃げてはいけない。良也君が何をしたのか、しっかり見なくてはいけないわ)

 わたしはそれから目を背けてはいけないと思った。

 その後、少しずつ時代を数日単位でさかのぼり、ついに良也君が事件を起こした辿たどり着いた。



 その光景に遭遇した時、わたしは言葉が出なかった。

 わたしは体を震わせながら、ただその現場を見つめる事しか出来なかった。

 そこは三年A組の教室だった。

 血まみれになった床……。

 女子の悲鳴……。

 男子の呻き声……。

 凄惨せいさん極まりない現場だった。

 顔に青あざができた三人の女子が座り込むその傍で、二人の男子が腹から血を流して倒れていた。

 呻き声を上げてうごめく二人の男子の腹には、ナイフが突き刺さっていた。


 そして良也君はと言うと……鎌田さんの上に馬乗りになり、右腕一本で顔面を何度も何度も殴りつけていた。

「やめてぇぇぇぇ! 痛いよぉ! 助けでぇぇぇ!」

 血まみれになった鎌田さんの顔は別人だった。

「ごめんなさい! あやまるから! あやまるから許して!」

 懇願する鎌田さんをよそに、良也君の拳は止まる事を知らなかった。


   ――― やめて! やめて良也君! ―――

 

 わたしの声など届くはずもなかった。

 やがて鎌田さんの絶叫が途切れ、わずかに抵抗していた両腕がダラリと床に落ちた。

 気を失い無抵抗になった鎌田さんに対し、良也君の攻撃は止まなかった。

 良也君は間もなく、駆け付けた警備員と教師に取り押さえられた。

《これで……すべて……終わった……。オレの人生も……。もう……どうでもいいや……詩織先輩のいないこの世界に……未練なんてないよ……》

 そんな良也君の心の声が聞こえて来た。

 良也君は虚ろな瞳を虚空に向けたまま、駆け付けた警察官に、両腕を取られパトカーに乗せられた。



「良也君……。何でこんなことを……? わたしはあなたが不幸になる未来なんて望んでいなかったのに……」

 全てはわたしのせいだった。

 あの時、お父さんの形見の時計に気を取られて、がむしゃらに追っかけていなければ、事故に遭う事もなかったんだ。

(そしたら……)

 良也君を不幸にする事もなかった。


(このままじゃいけない……)

 何とかして罪を犯す前の良也君にあって、止めないといけない。

 そのためにも、わたしは異世界転移魔法を、何としてでも習得しなければならないと思った。


 それにわたしには時間がなかった。

 わたしは三か月後に十五歳を迎える。

 十五歳はこの世界の成人に当たる。

 そして貴族の女性の婚礼期でもあるのだ。

 わたしは十五歳の誕生日を以て、ザグロス伯爵家に向かう事になっていた。

 良也君の前では幸せな結婚を装って見せたが、実際には五十過ぎのザグロス伯爵の妾になるためだった。

 マルロウ家は没落貴族だった。

 返せない額の借金があった。

 そんな時にわたしを見染めたザグロス伯爵が、父に側室を打診して来たのだ。

 最初しぶった父も、わたしが三女だった事もあり、伯爵が借金の全額を肩代わりすると言うと、直ぐに了承したらしい。


「いいな、エカテリーナ」

「はい。ご随意に」

 とわたしは逆らわなかった。正確には逆らえなかったのだ。

 わたしに拒否権はなかった。 


 その代わりわたしは父に最初で最後のおねだりをした。

「一つだけお願いを聞いていただけますか?」

「なにかね?」

「暗黒の魔石を買って頂けますか?」

「暗黒の魔石だと……」

 それは大変高価なものだった。

 わたしは父が、ザグロス伯爵からは借金の肩代わりだけでなく、多額の支度金を受け取っていたのを知っていた。

 暗黒の魔石を買うには、受け取った支度金の半分以上の出費が必要だった。

「いやいや。いくらおまえの頼みでも、それは高すぎるだろう……」

 慌ててそう言う父を、わたしはジッと凝視した。

 顔色を変えず、何も言わず、ただ見つめていた。

 父は困ったような顔をしたが、条件を飲まなければ、この話を拒絶されるかもしれないと考えたのだろう。

 渋々だが、頷いて見せた。


 暗黒の魔石―――それは異世界転移魔法を発動する上で必要不可欠な魔石だった。

 父はきっと、わたしがそんな魔法に使うとは思ってもみないだろう。

 暗黒の魔石は、わたしのような極限られた上級魔導師が持てば、魔法マナを増幅させ、発動した魔法をより高める効果があるのだ。

 だから、上級魔導師のわたしが、それを欲しがる理由を説明する必要はなかった。

 ただし、異世界転移魔法に使用した時、暗黒の魔石は一回きりで消滅してしまうのだ。

 だから失敗は許されなかった。

 わたしは万全態勢を取っていた。

 良也君が事件を起こす直前に、転移ポイントを設置していた。

 異世界透視魔法を何度も使っていたのはそのためだった。

 そして今日、異世界転移魔法を実行し、良也君を召喚する事に成功したのだった。

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