第24話 5
わたしは涙を拭うと、ルーシーに笑って見せた。
「あなたとあなたのお母様には感謝しかないわ」
ルーシーはわたしより二つ年上で、ジーナ先生の娘だった。
「エカテリーナ様ぁ……」
「これでもう……思い残すことはなくなった……。ザグロス伯爵の妾になる覚悟もできたわ」
「エカテリーナ様……」
「そんな顔しないで、ルーシー。あなたは絶対に愛する人の元へ嫁ぐのですよ。あなたには幸せになってもらいたい。それに……良也君にも……」
わたしはそう言って席を立とうとした時、もう一人の侍女のロゼが戻って来た。
「ロゼ。ご苦労様でし……」
と言い掛けてわたしは言葉を止めた。
ロゼの後ろに良也君の姿を見止めたからだ。
「なぜ……? なぜ、あなたがここにいるの?」
わたしは良也君の傍に駆け寄った。
「早く戻りなさい。異世界転移ゲートの発動時間はそんなに長くないのよ。もお、何しに来たのよ。わたしの幸せな結婚を邪魔しないでって言ったじゃないの。早く帰りなさいよ。ストーカーみたいな…」
と言い掛けた時、良也君はわたしの手を掴んた。
「もう、そんな芝居はしなくていいです」
そしてわたしの体を引き寄せると、強く抱きしめた。
「すべて、ロゼから聞きました。詩織先輩」
「良也君……」
「全部オレのためなんですよね。オレの真っ暗な未来を変えるためだけに、詩織先輩は魔法を学んでいたんですよね」
わたしを見つめる良也君は涙を流していた。
「さっきオレに、鎌田由美みたくして嫌われようとした時、何となく気付いたんです。詩織先輩はオレに『こんなヤツのために誰が復讐なんてするものか』って思わせたかったんですよね。オレの未来を守るために、敢えて自分が悪者になて、オレを守ろうとしてくれた………。姿形がどんなに変わっても、やっぱり詩織先輩だ。誰よりも……優しくて温かい……詩織先輩なんです」
「申し訳ありません、エカテリーナ様」
ロゼが深く頭を下げた。
「エカテリーナ様のお気持ちとリョーヤ様のお気持ちは同じものだと気付きました。そんなお二人が、本当のことも知らされず、このまま離れ離れになるのは、余りにも
「いいのよ、ロゼ」
わたしは良也君から離れ、ロゼに近寄り、彼女を抱きしめた。
そして隣りにいるルーシーも一緒に抱きしめた。
「ありがとう、二人とも」
わたしはロゼとルーシーの手を取った。
「分かったわ。わたし、良也君と一緒に行くことにするわ」
わたしの言葉にロゼとルーシーは驚いた顔を見せたが、すぐに笑ってくれた。
わたしは空間転移ゲートを開いた部屋へ良也君と手を繋いで入った。
「ロゼ。ルーシー。お父様とお母様にはよろしく伝えてね」
わたしはそう言うと良也君と並んで空間転移ゲートの前に立った。
ゲートの中には良也君の部屋が見えた。
空間ゲートは少し力が弱まり、少し小さくなっていた。
わたしが手にしている暗黒の魔石には細かいヒビか入っていた。
(そろそろ空間転移ゲートの魔力が切れそうだわ)
「良也君」
とわたしは彼を見つめた。
「魔力が弱まってゲートが小さくなっているから、二人同時にゲートを潜るのは無理だわ。あなたが先に入ってわたしの手を引いてくれる?」
わたしの言葉に良也君は少し怪訝な顔を見せた。
「だって、わたし良也君の家に入るの初めてなのよ。よそ様の家に先に入るなんて失礼でしょ?」
「ああ、そうだね。分かりました」
良也君は納得したように笑った。
そして先にゲートを潜ると、良也君はわたしに手を差し伸べようと腕を伸ばした。
だけど……。
「ごめんなさい」
そう言うと、わたしは空間転移ゲートに、透明の魔法シールドを張り巡らせた。
「いてっ……!」
良也君の指先が透明の魔法シールドを小突いた。
「詩織先輩? どういうつもりですか?」
良也君は少し怒った顔で、防弾ガラスのように堅牢なシールドを、両手で何度も叩いた。
「詩織先輩。ここを開けてください」
「ごめんなさい」
とわたしはもう一度良也君にあやまった。
「わたしはこの世界に転生して、マルロウ家に生まれ、もうすぐ十五年になります。わたしはマルロウ家のお父様やお母様には大切に育てて頂きました。わたしはこの家を裏切ることは出来ません。それに―――」
わたしは毅然とした態度で良也君に臨んだ。
「もう、わたしは支倉詩織ではなく、マルロウ男爵家三女・エカテリーナ・エリー・マルロウなのです」
「違う!」
と良也君が叫んだ。
「あんたは、オレが大好きな支倉詩織なんだよ!」
「良也君……」
「詩織先輩が来れないのなら、オレがそっちに行きます。そっちで暮らしますよ。オレは詩織先輩と一緒にいたい! ずっとずっと一緒にいたいんだよ!」
必死に食い下がる良也君に、わたしは心が揺れそうになった。
(わたしだって……良也君に傍にいて欲しいよ……)
だけど、わたしの願いは一つだった。
(良也君には幸せになってもらいたい……)
その思いがわたしの心を支えていた。
この世界に良也君を引き止めたら、彼はまた、わたしのために体を張って守ろうとするだろう。
今度は有力貴族のザグロス家を敵に回してしまうのだ。
敵うわけもなかった。
そこに、わたしが望む良也君の明るい未来は、見えなかった。
わたしは大きく溜息を吐いて良也君を見つめた。
「良也君……許して……。ザグロス伯爵様に助けてもらわないと、マルロウ家は破産してしまうの。わたしが……わたしが伯爵様の元へ行かなきゃ…家族は離散してしまうのよ。だから……分かって欲しい……」
転移ゲートがさらに小さくなってきた。
「詩織先輩! 嫌だ! そんなのイヤだ1」
転移ゲートに張った魔法シールドを叩く良也君の姿が、胸から上だけになっていた。
(これでお別れなのね……)
そう思うと、切ない思いが胸いっぱいに込み上げてきた。
「良也君!」
わたしはさらに小さくなる転移ゲートに顔を近づけた。
「大好きよ。あなたのことを愛しているわ」
「詩織先輩……オレも大好きです。オレも…オレも…愛してます」
「嬉しい……良也君」
わたしは泣き崩れてしまいそうだった。
だけど、最後にこれだけは言わなきゃいけなかった。
「わたしに対する気持ちが本物なら、ちゃんと聞いて。……わたしはあなたに幸せになって欲しい……。だからこれだけは約束して」
「先輩……」
「仕返しなんて考えないで。そんなの、ちっともわたしのためにならないから。絶対にダメよ。……約束して、良也君」
「うっ……うっ……」
良也君は言葉を出せないくらい泣きじゃくり、頷いて見せた。
「わたしはこっちの世界で自分の生き方を見つけて生きるわ。だから心配しないでね。―――良也君は良也君で、そっちの世界で精一杯生きて欲しい……。これはわたしの最後のお願いよ」
転移ゲートは互いの顔の大きさになっていた。
「詩織先輩……分かりました……分かりました…」
良也君が魔法シールドに顔を押し当てた時、わたしはシールド越しに良也君にキスをした。
その瞬間、わたしが持っていた暗黒の魔石が砕け散り、空間転移ゲートが消滅した。
わたしは後に残った魔法シールドに体をもたれ掛けた。
「良也君……愛している。愛しているよ、良也君……」
わたしはルーシーとロゼに支えられながら、その場で嗚咽する事しか出来なかった。
「さようなら。愛するあなた…」
愛する良也君の事は、一生忘れないとわたしは心に誓った。
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