第21話 2







「エカテリーナ様の魔法の習得域は尋常ではございません」

 七歳になり、貴族専門の魔法学院小等部に通い始めた時、マルロウ家を訪ねた担任のジーナ先生がそう言った。

「エカテリーナ様の魔法のレベルは、高等部…いえ、学ぶ側を通り越して、教師の域に達しております。何か特別な教育でもなされているのでしょうか?」

 そう尋ねるジーナ先生に、両親は首を傾げるばかりだった。

 わたしはジーナ先生のことが好きだったし、信頼できる人だと思っていた。

 だから先生は両親の許可を得てジーナ先生を書室に招いた。

 ジーナ先生には協力して欲しい事があったからだ。


「エカテリーナ様。あなたはここで一人で魔法を勉強されていたのですか?」

「はい」

「もしかして、この書物、すべて読破なされたのでしょうか?」

「一応、一通り目を通し、それなりに理解したつもりです。ですが、今のわたしでは魔力量が足らなくて発動できない魔法が数多く存在しています」

「つまり、すべてに目を通し理解したと考えていいのですね」

「ええ…大筋においてそうです」

「参りましたね……」

 ジーナ先生は一冊の本を手に取った。

「ここにある書物は、確かに各地より集められた一級品ばかりですが、あなたの年齢で理解できる代物ではないはずなのに……」

 ジーナ先生は部屋の四方を埋め尽くしている蔵書に視線を動かしながら、手に取った一冊を開いて「ハァ」と溜息を吐いた。

「エカテリーナ様。あなたのような方を天才と呼ぶのでしょうね。わたしも魔法についての知識は、それなりにあったつもりですが、あなたを見て自信を喪失しました…」

 と苦笑いを浮かべた。

 ジーナ先生は学生時代この魔法学院の高等部を首席で卒業したと聞いている。


 この部屋にジーナ先生を招いたのは、書室を自慢するためではなかった。

 わたしは机の引き出しに隠していた『禁断の書』と書かれた本をジーナ先生に差し出した。ここからが本題だった。

 その書を開くなりジーナ先生の顔は青ざめた。

「これは……」

 それは禁断の術とされた空間転移魔法の書だった。

「エカテリーナ様」

 ジーナ先生は本を閉じると机の引き出しに閉まった。

「見なかったことにします」

 ジーナ先生が初めて見せる怖い顔だった。

「書室を拝見させていただき、ありがとうございました。そろそろ戻りましょうか?」

 と言って背中を向けるジーナ先生の手を、わたしは掴んだ。

「待ってください」

 ジーナ先生が驚いた顔で振り返った。

「わたしは空間転移法の中でも最上位の異世界空間魔法を会得したいのです」

「エカテリーナ様……」

 ジーナ先生はしばらくわたしの顔を凝視した。

 わたしもシーナ先生から目を離さなかった。

「何かご事情があるようですね」

 いつもの穏やかな顔のジーナ先生に戻っていた。

「話して頂いても、よろしいでしょうか?」

「はい」

 とわたしは頷いて見せた。

「そのつもりでここにお招きいたしましたから」

 わたしはそう言うとすべてを話した。

 もちろん異世界転生者である事もだ。


 すべてを理解してくれたジーナ先生はわたしに協力してくれた。

 放課後になると誰もいない修練場で空間転移魔法会得えとくのための訓練に付き合ってくれた。

 空間転移魔法は禁断の魔法だったから訓練もおおやけには出来なかったし、ジーナ先生もそれについてのマニュアルを持っていなかった。

 だけどわたしたちは最強のコンビだった。


 シーナ先生のこれまでの経験と、わたしか日本で学んだ現代知識を融合させ、物事のことわりを以て、転移魔法の会得に挑んだのだった。

 ジーナ先生はわたしが睨んだ通り、好奇心のかたまりだった。

 わたしはそれを知っていたから、両親にも話していなかった異世界転生者である事を、彼女にカミングアウトしたのだ。

 案の定ジーナ先生はわたしの話に食らいついて来た。

 ジーナ先生は日本の風習や文化に付いて根掘り葉掘り尋ねてきたが、中でも物理や化学の知識について、特に興味を示した。

「エカテリーナ様のいた世界ってすごく理論的で筋が通っています。あなたが元居た世界の、科学の知識は、新しい魔法の開発にかなり貢献できると思いますよ」

 魔法は具体的なイメージがあればあるほど、使える魔法の範囲が広がってくるのだ。

「禁断の書物にある転移魔法の構築方法だけでは、イメージが追い付きません。でも、あなたの世界の科学をイメージに取り込めば、転移ゲートを具現化できるとわたしは考えます」

 魔法の発動には三つの要素が必要だった。


 一つは魔力量。

 これは一般的に魔法マナと呼ばれるもので、成長すると身長が伸びるように、魔力量も増えてくる。

 長身の親を持つと子供も背が高くなるのと同じで、魔力量は遺伝による要素は強い。

 だけど、修練する事で魔力量を増加させることも出来るのだ。

「転移魔法については、発動出来るようになるかどうかは、正直なところ自信はありません。でも、魔法マナを増やす訓練なら、わたしでも教えて差し上げられます」

 そう言ってジーナ先生は積極的に魔法マナの増強に協力してくれた。


 二つ目は魔法のコントロール。

 魔法を発動する時、適正な魔法マナが使用されないと、発動しなかったり暴走したりするのだ。 

 それに加えて、発動するポイントを見極める事も、クオリティの高い魔法発動には必要不可欠だった。

「エカテリーナ様は、魔法のコントロールについては全く問題ございません。慢心なさらずに今の調子で精進を続けくださいませ」

 魔力のコントロールについては高い評価をくれた。


 そして三つ目が魔法イメージ。

 これが一番難しいかも知れない。

 魔法で水を具現化する時に、どんなイメージを以て魔法を発動させるかで、霧になったり、氷になったりするのだ。

 わたしのいた世界の科学の知識は、魔法イメージする言う観点では、大いに役に立った。

 イメージは何だっていいのだ。

 魔法使いが真に理解したものであれば、自然の風景であったり、視覚で捉えた音だったり……。

 だからわたしは、勉強で学んだものをイメージする事にしていた。

 水素と水を混ぜて強い火力で爆発させると水が出来る過程を、わたしは化学反応式でイメージしているのだ。


    H2+O2→H2O 

   水素+酸素→水


 だけど、これでは酸素の数が足りなくて安定しない。


    2H2+O2→2H2O


 と分子を安定させるイメージを浮かべる事で、純度の高い水を具現化し、雨雲のメカニズムを科学的にイメージする事で、雨を降らせる事も出来るようになっていた。


「エカテリーナ様。方向性は間違っていませんわ。この調子で試行錯誤すれば、転移魔法を発動するのも可能かと存じ上げます」

 とジーナ先生は言ってくれたが、わたしはわたしなりに、多分こうだろうという方向性を見出していた。

(だけど……)

 今のわたしには、膨大な魔法マナを必要とする、転移魔法を発動するための魔力量(魔法マナ)が足りてないのだ。

 それからもわたしは、ジーナ先生に支えられながら、挫けずに日々努力を重ねていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る