第17話 2







 部屋の外は様々な草花が育つ庭が広がっていた。

(西洋風の建物と庭園だな)

 オレはそう思いながら、建物の外廊下をエカテリーナに手を引かれて歩いた。

 鳥のさえずりや草花の上を舞う蝶々を見ていると、ここが異世界とは思えなかった。

 外廊下の手すりから身を乗り出して天を仰いだ。

 雲があり太陽? もあった。

「信じられないでしょ? ここが異世界だなんて」

 眩い日の光に目を細めるオレに、エカテリーナが笑みをたたえていた。

「今日は気候がいいから、屋外でお話しましょうか?」

「は……はい」

 そんなのどちらでも良かった。それよりオレは、自分の置かれているこの状況を、一刻も早く把握したかった。

「そこにガゼボがあるから、侍女にお茶を用意させますわ」

「ガゼボ?」

 聞き慣れない言葉だった。

「ほら、西洋風の大きな中庭にある屋根付きの小さな建物のことよ。映画なんかで見たことない? 貴族たちが庭でのお茶会に使用する建物なんだけど」

「あ~あ。なんか見たら分かる気がします」

「それじゃ、参りましょうか」

 詩織先輩に手を引かれたその先で、少し高い場所に立つ六角柱のガゼボが見えた。

 六本の柱の上に屋根があり、扉や窓もなく、開放的な作りだった。

 ガゼボの中心には円卓があり、それを囲むように、六つの背もたれイスが配置されてあった。 

「好きな席に座って」

 エカテリーナはオレにイスを勧めると、侍女に紅茶とお菓子を持って来るよう言い付けた。

「あのぉ……エカテリーナ…さん…」

 何もかも分からないことだらけだったから、オレは恐る恐ると言った感じで口を開いた。

「本当に……詩織先輩なんですか?」

「本当よ。信じてもらえないかしら?」

「いやぁ……亜麻色の髪と青い瞳でそんなこと言われても……なんか信じられないんですよね。それに、メチャクチャ美人になっているし」

「なによ。わたしのこと、またブスいじりしてくるつもりなの?」

 エカテリーナが頬を脹らませた。

 姿形は詩織先輩とは全然別人だった。

 だけど拗ねて見せるその表情や仕草は、間違いなく支倉詩織だった。

「やっぱり……詩織……先輩なんですよね」

「そうよ……」

 とエカテリーナは潤ませた瞳を向けた。

「この姿形じゃ、ダメかな?」

「そんなんじゃないんです。ぼくの認識が追い付いてなくて……戸惑っていただけなんです。でもたった今オレは…エカテリーナ…さんのことを詩織先輩だと……信じました…」

 オレはこぼれ落ちる涙をぬぐい顔を背けた。

 かっこ悪い顔を見られたくはなかった。

 エカテリーナは穏やかな笑みを浮かべた。

「それより良也君、左腕の具合はどう?」

「えっ?」

 唐突に壊れた左腕の事を聞かれて、オレは返事に困った。

 そんなオレの様子を見て、

「いきなりの質問、ごめんなさいね。良也君から見れば、わたしがいなくなって一週間くらいだけど、わたしはこちらに転生してもうすぐ十五年になるの。だからわたしと良也君には、時間の感覚に相違があるのよ」

「ああ、そう言うことですね」

 とオレは納得した。

「こんな、感じですよ」

 オレは左肘を肩の高さまで上げた所で顔をしかめて見せた。左肩に激痛が走ったのだ。

「イテテテ……。アハハハ……ここまで上げるのが精一杯ですよ」

「良也君…ゴメンね」

 エカテリーナは悲しそうにオレを見つめた。

「そんな顔しないでください。野球は出来ないけど、日常生活には不自由してませんから」

「でも、大丈夫よ、良也君」

 そう言うとエカテリーナはオレの左腕を掴んだ。

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