エカテリーナ・エリー・マルロウ

第16話 1






 突然だった。

『良也君、聞こえる?』

「えっ!」

 オレの全身が震えた。

 間違いない。詩織先輩の声だった。

『わたしよ。支倉詩織よ』

 光を放つ腕時計から聞こえた。

(幽霊…?)

 そう思った。


(だけど……)

 それでもいい。怖くなかった。

 どんな形でもいい。オレは詩織先輩に会いたいと思った。

「せんぱい……しおりせんぱい……」

 自分でも分かるくらい情けない声を出していた。

 いきなりあふれ出た涙で声がつまり、まともに喋れなかったのだ。


『心配かけてごめんね』

「いま…どこに……いるんですか? あいたい……。しおりせんぱいに……あいたい……あいたいよぉ」

『分かったわ、良也君。だから腕時計を外して近くに置いて』

 オレはあふれ出る涙をそのままに、詩織先輩の指示通り、外した腕時計を足元のちゃぶ台に置いた。


 その瞬間、ちゃぶ台に置いた腕時計が再び輝いた。そして目の前に半透明の虹色に輝く空間が現れた。

 オレは何が起こったのか分からず、ただ立ち尽くしていた。

 やがて、虹色の空間が透明に変わると、その向こうに人の姿が見えた。

 見知らぬ亜麻色の髪の女の子だった。オレと同い年くらいの青い目をしたきれいな子だった。


(どうやって入って来た?)

 そう思ったが、目の前にいる彼女の背景は、オレの家の中ではなかった。

「良也君。驚いた? これは空間移動ゲートなの」

 目の前の美少女が喋った。

(良也君?)

 しかも詩織先輩の声そっくりだった。

「誰?」

「あっ、そうね。これじゃ分からないよね」

 女の子は少し苦笑して見せた。

「わたしはエカテリーナ。エカテリーナ・エリー・マルロウ。辺境都市マルロウの領主、マルロウ男爵家の子女にございます。そして―――」

 とエカテリーナと名乗った美少女が潤んだ瞳をオレに向けた。

「ようやく会えたわ、良也君。わたしの前世の名前はあなたのことが大好きだった支倉詩織よ」

「えっ? ウソ……」

(前世? 詩織先輩? この人が?)

 オレはまだ事態を飲み込めなかった。

「生まれ……変わり……ってことですか?」

「そうとも言うわね。正確には、わたしは異世界に転生したの」


 空間ゲート越しに詩織先輩を名乗ったエカテリーナの手が伸びた。

「あなたとたくさん喋りたい。いっぱいお話ししたいの」

「……あっ……でも……」

 オレは半信半疑だった。

(異世界? 転生?)

 漫画やアニメのような話があるわけないと思った。

 目の前で起こっているこの現象に対して、オレの頭脳では、納得のいく説明は出来なかった。

(だけど……) 

 詩織先輩がいなくなっばかりのオレには、不確かでもいい、何かすがる物が欲しかった。

「良也君。わたしを信じて」

 目の前にいる女の子の姿形すがたかたちは詩織先輩とは程遠いものだった。

 だけど、その声は間違いなく詩織先輩だ。

「詩織先輩……」

 オレはエカテリーナの手を取ると、空間ゲートを潜った。


「良也君!」

 エカテリーナがいきなり抱き付いて来た。

 メイドだろうか。二人の金髪の女性がエカテリーナの背後にいた。

「会いたかった……ずっと、あなたに会いたかった」

 オレの胸の中にすっぽり収まっていた小柄な詩織先輩に対して、エカテリーナは長身だった。彼女の亜麻色の髪が、身長百八十センチ近くあるオレの頬に触れていた。

 詩織先輩とは何もかも違い過ぎていた。

 オレは自分の両手の行き場に困ったまま、ダラリと下ろしたままだった。

「抱きしめてくれないの?」

 泣き濡れたエカテリーナの青い瞳が訴えた。

「い、いや……なんて言うのか……全然実感が湧かないんです。本当に…詩織先輩なんですか?」

「ご、ごめんなさい……そうだよね。戸惑うよね」

 体を離れたエカテリーナはオレの手を引いた。

「良也君。わたしのお部屋にいらして下さい。そこでお話しましょ」

 そう言うと空間ゲートのある小さな部屋を出た。


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