第27話 3




 オレは生徒会主導で、成績不振の生徒たちに、詩織塾を広めていった。

 贖罪のつもりだろう。山川明菜が父である理事長にいろいろと働きかけてくれたようだ。生徒会室以外にも、自由に使える教室を二つも用意してくれた。

 そんなある日、秋の体力測定があった。

 もちろんオレは、いずれのスポーツテストに於いても、高校生の平均を遥かに上回っていた。 

 中でも圧巻だったのは、ソフトボールによる遠投だった。

 オレの投げた球はまるで弾丸のように、九十メートルあるセンターのフェンスをライナーで超え、バックスクリーンの電光掲示板に直撃したのだった。

 その場にいた者は、何が起こったのか分からず、声も出せずに茫然自失といった感じで突っ立っていた。

 何よりも、投げた当のオレが一番驚いていたのだから……。



 その夜、教頭と野球部の監督が、菓子箱を持ってオレの家に姿を見せた。

「滝田、肩は治ったんだってな。バックスクリーンに弾丸ライナーでぶち込むなんて、さすがだな。明日からでもチームに合流してくれ。背番号一を用意して待っているからな」

 監督がそう言うと、教頭が後を引き継いだ。

「よく頑張りましたね、滝田君。キミならきっと復帰できるとそう信じていましたよ。キミも知っての通り、今の野球部は低投高打で、エースが不在なんです。休み明けからはスポーツクラスに席を用意して置きます」

 と二人が言いたい事を言った後、オレは冷ややかな顔を向けた。

「オレ、進学クラスでいいですよ。三年からは特進クラス目指しているんで、もう野球はやらないです」

 オレの言葉に監督と教頭は漫才コンビの様に慌てふためいていた。

 だけどオレは、一切二人の言葉には耳を貸さなかった。

 監督はともかく、教頭のあまりのしつこさに辟易へきえきしたオレは一言ひとこと言ってやった。

「この肩、たぶんまた壊すと思いますので。スポーツクラスと進学クラスを行ったり来たりするなんてウンザリなんで、野球部はもう結構です」

 監督と教頭は肩を落として帰って行った。



 季節は冬になり、二学期の期末テストの結果が出た。

 オレは特進クラスに編入が決まった。

 そしてスポーツクラスから強制的に進学クラスに編入させられた元アスリートたちもそれなりに頑張りを見せたが、三学期を待たずして、一部で脱落者が出たのも事実だった。

 山川明菜に掛け合ってみたが、彼女を通しても、ルールはルールと言う事で、数名程新年度からの留年が確定してしまった。

「すまない。オレにもっと教える力があったら、おまえらを助けられたのに」

 オレは申しわけない気持ちで一杯だった。

 だけど彼・彼女達はおれに愚痴一つ言わなかった。


「滝田、ありがとうな」

「ごめんね、滝田君。精一杯協力してくれたのに、わたしバカだから」

「ほんとうに、最後まで力を貸してくれて、ありがとうな」

 ともあれ、彼・彼女達は地元の公立高校に、翌年からの編入手続き済ませていた。それがせめてもの救いだった。



 冬休みに入った頃、オレが美幸さんに家に向かうと、近所の人やお巡りさんが、美幸さんの家の前をウロウロしていた。

 オレの顔を見た隣の家の叔母さんが駆け寄って来た。

「支倉さんが大変なの」

「えっ? 何があったんですか?」

 オレは息が詰まる思いで、隣のおばさんの腕を掴んでいた。

「ちょっと、痛いわよ」

「あっ、ごめんなさい。で、何があったんですか?」

「これ見てよ」

 とおばさんは三つ折りにされた一枚の便せんを差し出した。


   滝田君 わたしのこと、いろいろとお気遣いいただき、

        本当にありがとうございました。

         わたしは詩織のところに行く事にしました。


 短い文章だった。

 隣のおばさんは泣きじゃくりながら、

「ご主人に先立たれて、その上詩織ちゃんまでいなくなって……気持ちは分かるけど、死んでしまったらなんにもならないわよ」

 オレは叔母さんの肩に手を置いてなだめた。


  ――― 詩織のところに行く ―――


 どこかで自殺しようとしている。

 おばさんも警察もそう解釈したのだろう。

 だがオレはそう思わなかった。

(きっと詩織先輩が迎えに来たんだ)

 そう確信していた。

 一人になった母・美幸さんの事を案じていた詩織先輩だった。

 オレの部屋で空間転移ゲートが開いたあの瞬間が、オレの脳裏をよぎった。

(美幸さんと詩織先輩はこれから一緒に暮らしていくんだ)

 ザグロス伯爵との一件がどうなったのかは分からない。

 それを考えると胸が引き裂かれそうになる。

 だけど、遠い異世界に転生した詩織先輩と美幸さんが、これから一緒に暮らせる未来を得たと言うのなら、オレは少しだけ安心できた。

 どうか幸せな未来を掴んで欲しいと思った。


 それとは別に、オレは淡い期待を胸にいだいていた。 

(良也君)

 再びオレの部屋に、異世界の扉が開き、エカテリーナ・エリー・マルロウに転生した詩織先輩が、きっと笑顔で出迎えてくれる。

 その日が来ることを信じて、詩織先輩のいなくなった世界で、胸を張って語れる生き方をしようと、オレは心に誓った。

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