イジメられていた先輩(恋人)が死んだ。復讐しようとナイフを握ったら、異世界に転生した先輩にオレは召喚された

白鳥かおる

プロローグ

第1話 1







(許せない……!)

 オレは机の上に並べた二丁のフォールデイングナイフを睨みつけた。

(殺してやる……)

 抑えられない怒りが、胸の底から突き上げてくる。

(アイツらだけは絶対に許せない!)


 写真の中の支倉詩織はぜくらしおり先輩がオレに笑顔を向けていた。

 決して美人でもなく、スタイルもよくない。チビでグズで、女としての魅力の欠片もない詩織先輩だった。

 でも優しかった。

 人としての本質的な優しさを持った人だった。

 すべてを無くしたこの学校で、オレのたった一つの居場所になってくれた人なんだ。

 そんな詩織先輩のことがオレは好きだった。

 見た目の美しさではなく、その優しさに、心の美しさに、オレは大好きになっていた。


 本当の恋をしていた。

 だと言うのに……。

(詩織先輩が……死んだ……。 いや、ヤツらに殺されたんだ……!)

 それなのにアイツらはたった五日の停学処分で済まされた。

(絶対に許せない! 世界中が許してもオレはアイツらを……鎌田由美かまたゆみだけは絶対に許さない!)


 何食わぬ顔で笑っている鎌田由美が憎かったし、何もなかったかのように振舞う学校の態度がオレは許せなかった。

 皆が知らん顔するのならそれでいい。

 だが、このまま放っては置かない。

 オレの心が許せなかった。 

(オレが裁きを下してやる!)

 オレは遺影の前に置いてあった、詩織先輩の形見の腕時計を左腕にはめると、机の上のフォールディングナイフを手に取った。




「前途ある優秀な若者だ。彼らだって悪気があった訳でも、故意に起こしたことでもないんです。どうか事を荒立てないで、穏便にして頂けないでしょうか?」

 詩織先輩の遺影の前でそう告げた教頭の台詞に、オレは激しい憤りを覚えた。

「それじゃ、殺されたもう一人の前途ある若者はどうなるんだよ! ええ?!」

「こ、殺されたなんて……言葉を慎みたまえ、滝田良也たきたりょうや君……。こ、これは事故なんだよ」

「事故だと?! ふざけるな! これはイジメなんだよ。詩織先輩はずっとアイツらに……鎌田由美たちにイジメられていたんだよ! 何で学校はそれを認めようとしないんだ。あんたらが事なかれ主義だから、先輩は……詩織先輩は殺されてしまったんじゃないか!」


 咄嗟とっさに立ち上がり、オレが教頭の胸倉を掴もうとした時、

「滝田君……お願い……」

 隣りにいる詩織先輩の母・美幸さんがオレの手を握った。

「詩織は、暴力が嫌いな子よ。……だから…やめて…」

 涙を浮かべた美幸さんの訴えるような眼差しに、オレは溜飲を飲み込んだ。

 仏壇に置かれた詩織先輩の遺影と目が合わさった。

 詩織先輩の名前を出されては、引き下がるより他なかった。

「すみません……でした」

 教頭にではなく美幸さんに頭を下げた。



「あなたのように、信頼できるお友達がいて、きっと、詩織は幸せだったと思うわ」

 教頭が去った後、仏壇の遺影の前で美幸さんがそう言った。

「おばさん……オレは……オレは…」

 こんな時でも笑顔を見せる美幸さんの隣りで、大きく首を横に振ったおれは、声を詰まらせた。

「オレは……詩織先輩を……守れなかった……。学校を辞めさせられそうだったオレを…詩織先輩が救ってくれたのに………。だからオレも、詩織先輩を守るってそう決めていたのに……それなのに……オレは……。ごめんなさい……。ごめん…なさい……」

 オレは畳に額を押し付けて泣きじゃくった。


「滝田君……」

 美幸さんの手がオレの肩に触れた。

「違うのよ。滝田君」

 詩織先輩を思わせる優しい語り口調だった。

 オレは涙に濡れた顔を上げた。

「滝田君が傍にいてくれただけで、あの子は随分救われたわ。ほんとうにありがとう」

 オレには返す言葉がなかった。

 その場にこうべを垂れて嗚咽するしか出来なかった。

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