第35話 恐ろしい魔族

 暗くて重い曇天の空。天空には稲光が走る。


 コニカ村の上空には2つの影がある。一つは角が生え、大きく禍々しい黒い翼。そして大地を睨む鋭い眼光。もう一つはその禍々しい存在に抱きかかえられた少女。


「私はアイラ。この地域に住む魔族だ!」


 アイラは魔族の正体を明かし、仁王立ちで空に立つ。抱きかかえられた少女はソフィアだった。


「この村の人間に礼を言うぞ!我に生贄を捧げてくれてありがとう!感謝の気持を込めたゴブリン達はいかがだったかな?」


 アイラはそう言って高らかに笑う。そのアリスを見た村長は唖然としている。


「なんだ・・・これはどういうことだ・・・?」


 村長の本心から出る言葉を聞いた僕は"やっぱり、そう思いますよねー"と内心でヒヤヒヤしていた。


 僕が考えた作戦はこうだ。アリスは人間ではない魔族。魔族はこの地域では恐れられる存在となっている。そんな魔族がこの村の祭りを利用していたら?村民は神にではなく、自らが憎む魔族という存在に献上していると知ったら?もしかしたら、この祭りはやめようという流れになるかもしれない。ついでに、魔族つながりでゴブリンもアイラのせいにして、ルーカがやったことを有耶無耶にしてしまおうと腹でもある。


 とはいえ演劇の内容としてはチープ。そのままでは誰も信じるものはいない。そのために必要な存在はサクラ。つまりアイラの話に対してわかりやすく反応し、流れを誘導する役というわけだ。


「親父!やっぱりだ!アイラは魔族だったんだ!」


 そう言ってリカルドが村長にそう言った。


「なんだと?」


 村長は今日が驚愕の表情を浮かべてリカルドの顔を見る。


「すまない親父!俺があの化け物を村に引き入れたばっかりに・・・」


 その言葉を聞いて村長は顔をしかめる。その直後アイラが大声で村長とリカルドに告げる。


「それは違うぞ人間!私はこの地域に昔からいた。生贄をありがたく頂いていたよ」


 アイラは筆舌尽くしがたいほどの表情で村を見下ろしている。よくあんな表情ができるな。アイラも演劇の才能があると思う。


「一体何がどうなって?」


 村長は事態を飲み込めず混乱している。そしてリカルドに怒鳴ればいいのか、アイラに怒ればいいのかわからず唖然としている。無理もない。いきなりこんな茶番が始まったんだ。僕だって村長の立場ならあんな表情にある。だけどいくら茶番でも、オーディエンスを引き込めれば成功だ。


「物わかりの悪いじじぃだな。そんなんだから私に騙されるのよ!いい気味ね!」


 アイラはあははは!と高らかに笑う。それを見た村長は苦い顔をしている。村長は状況がまだよくわかっていないがだんだん腹が立ってきたようだ。それにしてもいいアイラはいい演技するな。まるで心の底から村長をあざ笑っているようだ。


「なんだと!そんな話信じられるか!騙そうったってそうはいかないぞ!」


 村長は大声でアイラに反抗する。


「はいはい。自分が騙されたって信じたくないのね」

「なんだと⁉」

「今まで見たどんな人間より頭が悪いわ。ありがとうバカで。そして騙されてくれて」

「ぐ・・・ぐぐ・・・」


 村長のこめかみに青筋が立つ。よほど怒り心頭なようだ。一応作戦として、こんな茶番をいきなりやっても誰も信じてくれないだろうから、村長を個人攻撃して怒らせようと、村人青年部との話し合いで決まってはいたが、大丈夫かな。やりすぎじゃないかな。これ、最終的に血圧上がって死ぬのでは?


「この若造が!」

「あーすぐに怒るわねぇ。怒ればママが解決してくれるもんねぇ」

「何だその口の聞き方は!」

「無駄に年取ってるとそういう言い方できて便利よね。別に偉くもないくせに」


 なんか、まるで村長に親でも殺されたような煽り方をして。そうかアイラも色々ストレス抱えてるのか。渡世ってのは大変だもんね。おっと。そろそろ僕の出番かな。


「村長」


 僕は村長の後ろに立ち、村長の事を呼んだ。村長を振り返って僕の姿を確認すると、顔をしかめて忌々しげに僕を睨む。


「いつもありがとうございます。生贄。美味しく頂いてます」


 僕はジェットルマンな態度をイメージしながら村長にそういった。


「お前!やっぱりそうだったじゃないか!ふざけるなよ!」

「いやー。バカみたいに騙されてくれてありがとうございます」

「私は騙されていない!お前を疑っていたじゃないか!」

「それでも生贄を出してくれたんですねぇ。利用されてくれてありがとうございます」


 僕がそう言うと村長はカッとなって拳を振り上げる。そして僕に向かって殴りかかってくる。


「封印壁」


 僕は封印能力で作った壁を僕と村長の間に展開。


「ぐっ!」


 村長はその壁にぶつかって、後ろに弾かれて尻餅をつく。


「何だこれは!」

「あはは!無様ですねぇ。ボアだってちゃんと回り込んでたのに。村長殿は動物以下ですねぇ」

「なんだと⁉」


 村長は立ち上がって叫び声を上げた。


「誰か!誰かこいつを殺せ!」


 村長は顔を真赤にしながらそう叫ぶ。


「おう!じゃあ俺が!」


 村長の声に応じたのはディエゴ。ディエゴは僕の作った封印壁を大きな斧の横薙ぎで叩き割り、再び振り上げて、僕に袈裟斬り。


「ぐぁー!やられたー!」


 斧は僕の直前をかすめる。そういうふうにディエゴと打ち合わせしていた。そしてそのタイミングで僕は封印して小さくしておいたボアの血を封印解除。結果真っ赤な血が飛び散る。


「もうちょっと感情込めれねぇのか」


 ディエゴは僕にこっそりそう呟いた。


「無理ですよ。これが僕の演技力です」


 一同唖然としていた。村長や村の人々は魔族があっけなく倒せるとは思っていなかったために。事情を知っているアイラと村の若い衆は僕のやられ際があまりに棒だったために。それぞれが不安な顔をして僕を見ていた。


「ああ!私の眷属の何をしているのよ!」


 アイラは悲痛な叫び声を上げて、抱えていたソフィアを落とした。ソフィアは落下するが丁度、偶然その下にリカルドが立っており、落ちてくるソフィアを受け止めた。


「許さない!」


 アイラはそう言って空中を蹴って僕の方向へ斜め下向きにジャンプして飛んでくる。ちなみにアイラが空に立っていたのも、今アイラが僕の方に飛んでくるために蹴った足場も僕が、予め封印壁を設置しておいた。いや壁じゃなくて床だから封印床かな。


 ともかく、超直球でアイラは僕の元へ飛び込んできた。アイラが地面に着地すると同時に土煙が巻き怒る。


「ごほっ、ごほっ」


 村長を含む村の人々は、その土煙にむせながら目を閉じる。そしてしばらくのして土煙が晴れると、村人たちは目を開けた。


「あなた達!覚えてなさい!」


 目を開けた村人たちが見たのは、僕をお姫様抱っこで抱えるアイラの姿。アイラ背中越しにそう宣言してすぐさま村を飛び去る。


「まっ待て!」


 村長がそう言うが、もうその時点ではアイラはジャンプして村から数百メートル程は離れていた。こうして僕らはコニカ村から出る。


「あのさ。アイラ。ちょっと謝りたいんだけど・・・」


 僕はアイラに話しかける。アイラは僕をお姫様抱っこしながら高速で移動していたが、僕の声で立ち止まる。


「なにが?あのひどい演技?まぁ確かにあれは謝罪に値する演技だったけど・・・」

「いやそれは・・・そうかもしれないけどそれじゃなくてさ」


 アイラは首をひねった。


「正体がバレるような事してしまってごめん」

「なんだ。そのこと?」


 アイラはあっけらかんとそう言い放つ。


「正体がバレても、リカルドさんたちには理解してもらったし、ソフィアももしかしたら生き延びられるかもしれないし、私的には言うことないわ」


 そう言ってアイラは笑った。


「それなら良かっけど・・・」

「うん。これで良かったのよ!さ、じゃあ待ち合わせの場所まで行きましょう!」

「うん」


 アイラはそういって僕を抱きかかえたまま、また走り出す。


「大変なら降ろしてくれていいんだよ!」

「これぐらい軽いわよ!」


 アイラは笑顔のまま、そう言った。

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