第2話 何もわからない世界
先に旅立つ不孝をお許しください。
死んだ時はそういった気の利いたことを言える人間になりたいと思う今日このごろ。しかし現実はそんなに甘くなかった。
齢16才になる僕にも多感な時期があって、生きるとはどういうことかとか死んだらどうなるだろうとか僕は生きている意味なんて無いんじゃないかと考える時期はあった。だけどそれと同時に、すぐさま死ぬような出来事には遭遇しないと心の片隅では思っていて、実際、人権と安全というお題目の元で整備された法治国家で、さらに言えば交通法と違反者を取り締まる交通課の警察官がちゃんと機能している日本において、まさかトラックに引かれて死ぬような事が起きるとは全くと言っていいほど思っていなかった。
そうそれ。トラックに轢かれて死ぬ。小説とかでは人を助けたりだとか猫を助けたりだとかそういう感じでトラックに轢かれた後に異世界へという作品はたくさんある。
それだったらなんとか格好付いた。少なくとも道端の小石を踏んで足首を捻り、倒れ込んだ先が偶然道路。そして不幸なことにそのタイミングで通過するトラックにジャストヒットして僕の上半身が下半身からランナウェイしちゃったなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。安全啓蒙運動を推し進める各団体にも申し訳ない。
とはいえ、言えないけど死んだ時点で僕の周りの人には知れ渡っているんだろうから、もしかしたら今頃クラスメイト達がクスクス笑っているのかもしれない。死因としてとても恥ずかしい部類になるのでは?もう恥ずかしくてクラスに行けない。不登校に俺はなる!
それに今回の一番の不幸は僕ではなく、タイミングよく突っ込んできたトラックの運転手が一番の不幸じゃないか?あっちにしてればもらい事故の上、過失致死なわけだからそうとう迷惑を被ったはず。「悪いのは私です」のような心中殺人の遺書みたいなダイイングメッセージを残してこれば良かったか。いや、そんな時間なかったか。上半身だけでそんな行動できるわけがない。気合や根性にも限度がある。
「・・・・・・・」
そんなこんなで死んでしまった僕こと柊夏人は今、知らない森の中で目を覚ました。
「森スタートかー。島じゃないだけマシなのか?」
などと平然を装って呟いたが内心はとても焦っている。いきなり知らない世界に飛ばされたんだからそりゃ焦るってもんだ。
島スタートのように孤島でスタートした場合は食べ物飲み物の心配をしなければならない。サバイバル経験がゼロの僕にとってそんなところで生き残れる訳がなく、島スタートだったらまず死の覚悟をしなければならない。死んだ直後に死の覚悟をしなければならないとか、賽の河原並にひどい話だはないだろうか?まぁチャンスがある時点で賽の河原よりはマシなのかもしれない。
とはいえ孤島スタートは回避できたようだ。ここに送ってくれた女神にそこだけは感謝しなければいけない。
とはいえ森スタートといっても、命の危険がないわけではない。孤島と違って食べるものや飲み物はなんとか発見できる可能性があるが、その代わりに動物が襲ってくる可能性がある。熊、イノシシなどの代表的な野生動物は人間より身体能力が高く、少なくともThe現代っ子の僕なんかは一瞬でおいしくいただかれるだろう。ましてやここは異世界。熊やイノシシより凶悪な生き物が存在する可能性だってある。
それなのに僕は、"ひのきの
「とはいえ動き出さないと」
死んで異世界に転生したいと思っていた時期が僕にもあります。だけど実際に転生したなら能力無し、補助者や助言者はなしの森スタートとあっては少々項垂れる。贅沢は言わない。僕はただチート能力を持って異世界をを席巻し、ハーレムを作りたいだけなんだ!それだけのことが叶わないなんて世の中は非情だ。
「"ひじょう"は"ひじょう"でもこれは非常事態なんだけどね」
僕は誰にでもなくそう呟いた。そして僕は周りを見回す。
僕の立っているのは雑草がはげた道の上。整備はされていないけど頻繁に誰かが行き来している道なのだろう。そしてその道は日の刺さない暗い森に挟まれている。左右の森に行くのは怖いとしても、前後のどちらかに進まない話にならない。
「どっちに進めばいいかな?」
そんなふうに考えていると遠くからガラガラというよな音が聞こえている。音の方向はどうやら背中を向けている方向からのようだ。僕はその方向を見る。
「馬?」
その直後に僕はそれがなにかを理解する。荷台を馬で引かせるものや人を移動させる物。つまりは馬車だ。生まれて始めて見る馬車というものに少し感動を覚える。今まで生きてきた中では見たことのないものだし、なにより異世界っぽい!超異世界っぽい!
その馬車は僕の前で止まった。
「なんだぁ!このガキ!」
馬の手綱を握っていた男がそういった。痩せ型で明らかに不健康そうな40代ぐらいの男だ。その男がそう言うと荷台から一人の男が降りて来た。その男は筋肉隆々で身長は2メートル近くあるんではなかろうかというほど大きい。
何だこの人怖すぎる。しかもナイフ持ってるし。顔めっちゃ怖い。
「おいてめぇ!なんでてめぇみてぇなガキがこんなところにいる?しかも何だその格好?」
そう言われて、僕は自身がどんな格好をしているか見る。僕が着ていたもの。それは吸い込まれそうな黒の学生服。通称学ラン。そういえば僕は学校から帰宅途中に事故にあったんだった。だから今はこの格好なんだ 。
でも待て?轢かれる直前に来ていたからこの格好というのはわからなくはないけど、僕の死因はトラックに跳ねられたわけだから学ランもめちゃくちゃになっていてもおかしくはないと思う。でも見る限り破れたところのないきれいな学ランだった。女神が転生前に直してくれたのかな?
「道の真ん中で黒い服で立ってるなんて轢いてほしいのか?」
そう聞かれたので僕は首を横に振った。轢かれて死んで、生まれ変わった直後に轢かれるとか勘弁してほしい。死の苦しみを2度味わえってことか?というかさっき目覚めてなかったらこの馬車に踏まれて死んでいた可能性があるんじゃないか?とんだ"リスキル"じゃないか。
「そうか。じゃあ家にでも送ってやろうか?」
お世辞にも善人に見えない男たちが、悪い顔をしてそういった。これはどこかに連れて行かれるんじゃなかろうか。いや人を見かけで判断してはいけない。この人達だっていい人なのかもしれない。いい人だけどその見た目から苦労して生きてきた人かもしれない。そう思い当たると自分がとても失礼なことを考えたものだと反省する。
「家がないんです」
僕は凶悪な顔をした男にそう言った。
「なるほど。村が襲われたか焼かれたか。そういうことなら助けてやれるかもしれないなぁ」
男たちはそういった。とてもとても凶悪な顔でなにか悪いことを考えているような顔だったが、この世界のことを全く知らず、他に当てもなかったのでこの提案は渡りに船というものなのかもしれない。もしかしたらこの男たちは顔は怖いけど実は善人で本当に心の底から僕のことを心配してくれているのかもしれない。
「本当ですか!?」
僕がそういうと男たちは頷いた。
「この荷台に乗りな!住む家を見つけてやれるぜ!」
そう言って男たちは荷台の方を指差す。荷台には誰も乗っていないようだ。
「じゃあお願いしてもいいですか?」
僕は失礼ならならないようにそう言うと、男たちは笑った。
「がははは!良いぜ!早く乗りな!」
その言葉で僕は二台に乗ることになった。乗った瞬間腕を縛られ、目隠しをされた。
「なんで腕を縛って目隠しされてるんですか?」
僕は疑問に思ったことをストレートに男たちに伝えた。すると男たちは親切にも答えてくれた。
「それはなぁ!お前を驚かせたいからだ!ぎゃははは!」
なるほど。サプライズですね。うん!こいつら怪しいな!
そうは思っていてももう台車に乗ってしまった以上、この男たちの良心に期待する他無い。どのみち全く知らない世界なんだ。出たとこ勝負は変わらない。
そう思って僕は揺れる馬車に座っている。
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