第16話 夕食

 ルーカの家に戻ると美味しそうな香りが広がっていた。


「ただいまー」


 ルーカがそう叫ぶと、家の中にいるリカルドとダニエラがルーカの方を向いておかえりと返事をする。


「村長には会えたか?」


 リカルドの質問にルーカは振り向きもせず返答する。


「会えた会えた。特に問題も無かったよ」

「そうか。そりゃよかった。2人がこの村の滞在を断られて、追い出さでもしたら、今準備している食事が無駄になってしまうからな」


 リカルドはそう言うと鍋をルーカや僕たちに見せた。そこには美味しそうなスープがグツグツと煮られている。それを見たルーカが口を開く。


「今日は豪勢だなー」

「当たり前だ。今は収穫も終わって食材はたくさんあるし、お客人が来ているし」


 ルーカとリカルドは会話をしている横で、僕らはどうすればいいかわからず突っ立っていた。そするとダニエラが近づいてきた。


「もうすぐ出来上がりますからね。テーブルに付いてください」


 と微笑みながらそう言ってくれた。


「ありがとうございます。座る場所に決まりはあるのですか?」

「ないですよ。好きに座ってください」


 僕とアイラはお言葉に甘える形で椅子に座った。座った直後、リカルド達が食事をテーブルに並べる。


「今日はボアが罠に掛かってたんだ!」


 リカルドは嬉しそうに焼いた肉をテーブルに並べる。それを見たダニエラが微笑む。


「ふふっ。まぁ素敵。カリヌ様がお2人の来訪を祝福してくださったのですね」


 僕は前世の時から宗教という物に縁がなかった。仏教?キリスト教?なにそれおいしいの程度の認識しかないし、信じれば救われるなんて言葉とも付き合いがない。とはいえ、この村に訪れた後に、神様がこの尊い命を授けてくれたというのなら、ちょっとは信じてみようという気持ちになる。我ながら現金だとは思うが。


 様子を見る限り、ダニエラはとても信仰深い人間のようだ。僕らにカリヌ教がなんたるかとを教えてくれたし、カリヌ教の教えのとおりに善行を重ねた挙げ句、僕らのようなどこの馬ともしれない人間を家に招き入れた。きっとダニエラは次は天界に招き入れられることだろう。よくわからないけど。


「腹減った・・・」


 ルーカも僕らに続いて席に座り、不平を口にする。それを見たダニエラは「はいはい」と言って席につく。


「じゃあ食べましょう?」


 一同が頷いた。


「カリヌ神のお恵みに感謝致します」


 ダニエラが言い終わるとリカルドが言葉を付け加える。


「今日に限ってはコニカ村の守り神にもな」


 今日に限ってはということは、ボアという、おそらくイノシシ肉が取れたから守り神にも感謝しておこうというニュアンスだろうか。僕もそうだがリカルドも相当現金な性格のようだ。


「いっただきまーす!」


 そう言って料理に手を付けたのはルーカ。ルーカはまっさきにイノシシ肉に手を伸ばしむしゃむしゃと食べ始める。それを見たダニエラが頭を抱える。


「こらルーカ。お父様もお客様もまだ食べてないのよ」

「まぁまぁ良いじゃないか」


 ルーカを叱るダニエラをリカルドがなだめる。


「もうそんなこと言って甘やかすから」

「男の子はそのぐらいのほうが良いんだよ。なぁナツト殿?」


 リカルドに同意を求められて頷いた。正直僕も客人でありながら一番最初に料理をいただくというのは気がひけるので、ルーカが真っ先に食事に手を付けてくれてありがたい。


「さて、私達も食べようか。こんなご馳走は久しぶりだ。ナツト殿もアイラ殿もたくさん食べてくれ」


 気を取り直して、リカルドが僕らに食事をすすめる。僕は家主より先に食べるのは申し訳なく思ったが、ここで断るのも礼に欠くと思ったので肉をいただく。


「いただきます」

「めしあがれ」


 ダニエラが優しくそう言ってくれた。僕は遠慮気味に肉を頬張る。


「おいしい!」


 思わず叫んでしまった。新鮮な肉にシンプルな塩味、そしてほのかに香草の香りが絶品だった。


「口にあったようで良かった!これはダニエラが丁寧に臭み抜きをしてくれたから美味しいだろう?」

「もう!」


 リカルドの言葉にダニエラは恥ずかしそうにリカルドの肩を叩いた。


 なんというかこれはそれなりに・・・いやだいぶラブラブな夫婦だな。とんだご家庭にお邪魔してしまったようだ。がさつだが頼りがいのある父親、優しく包容力のある母親、そして元気な子どもたち。そんな幸せなご家庭に水を指してしまったかと思わず気を揉んでしまいそうな雰囲気がこの家にはある。


「ふふっ」


 アイラが思わず笑っていたので僕はアイラの顔を覗く。するとアイラも優しそうな視線でこの家庭のことを見ている。アイラも僕と同意見だったようだ。


 僕らはそんな家族を見ながら食事をすすめる。肉についての感想は先程も言ったが、複数のスパイスがふんだんに使用されたスープも絶品だった。リカルドが自慢する気持ちがよく分かる。


「そういえば2人とも。何日ぐらい滞在できるんだ?」


 リカルドがそう質問してきた。まるで、久々に返った子供に対する親の質問みたいだ。忙しくなければ出来る限り実家に居てほしいという気持ちと同じものが、リカルドの言葉の中に含まれている。言外にしばらく泊まっていけよと言っている。


「そうですね。今は特段急ぎの用事もないので・・・」


 この前この世界に来たばかりで、盗賊に襲われたり街から逃げたりして慌ただしかった。そのため次の目的なんて考える暇もなくこの村に着いてしまった。これからどうするかは早めに考えておかないと。


「そりゃ良かった!しばらくゆっくりしていけよ」


 リカルドは嬉しそうにそういった。


「はい。ありがとうございます。そういえば、祭りがあるということでしたね。それっていつのことなんですか?」

「ああ、祭りは明々後日行われる。だから今はちょっと忙しいんだ。男は猟や収穫作業、女は縫い物」

「そうなんですか。忙しいところにお邪魔して申し訳ありません」

「あ、いやすまん。そういう意味で行ったんじゃない」


 リカルドは取り乱したように、自らの言葉を訂正した。


「わかってますよ」


 僕がそう言って笑うと、リカルドは安心したように微笑んだ。


「それなら良かった。観客がいると考えると準備に気合が入るって言いたかったんだ」

「なるほど。でも明々後日ですか、流石に何もせずにこの家のお世話になるわけには・・・」


 僕がアイラの顔を見る。するとアイラも僕の視線に気づき、僕の方を見て頷いた。


「お祭りは参加させていただきますが、その間なにかお手伝いできることはありますか?」

「手伝いか?いや普通に遊んでいてくれても良いんだが・・・」

「いえ。僕もこの村のことを知りたいので、できれば手伝いたいなと思いまして」

「そうか。じゃあお言葉に甘えさせてもらおう。俺は明日、畑仕事をする予定なんだ。祭り用に育ててた野菜が収穫を迎えるからな。それで良ければ手伝ってくれないか?」

「はい。ありがとうございます」


 僕がお礼を言うとアイラも口を開く。


「私も手伝わせてください」


 この村に来てあんまり言葉を発さなかったアイラが突然口を開いたことに、リカルドとダニエルは驚いている。


「じゃあ、明日は私に付いて、針仕事を手伝ってくれますか?」


 ダニエラがそう提案するとアイラは頷いて、礼を言った。


「よし。じゃあ2人とも明日はよろしくな」


 リカルドがそう言うと僕らも改めて頷いた。


「じゃあ、ナツト殿。明日は日が出る前に作業を始めるから、今日は早めに寝ろな?」


 僕は驚いた。

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