第15話 村長
「あなた。来てちょうだい」
老婆がそう叫ぶと、奥から老人が現れた。
「どうしたんだ?」
優しそうな表情の老人はキョトンとした顔で僕らの顔を見る。
「その子達は誰だ?」
老人は事態が飲み込めていない状態だ。そんな老人に対してルーカが老婆にしたような説明を行った。命を助けてもらったから云々、宿が無いそうだから云々、恩を返したいと思った云々など言葉がルーカの口から流れるように溢れ出る。その説明は簡潔でわかりやすく、感情が乗っている。おそらくこの説明はルーカの両親であるリカルドとダニエラにも同じような事を言ったのだろう。つまり今回がルーカにとっては3回目の説明のため、これほどまでにスムーズに言いたいことを伝えられたのだろう。
ルーカは明るく活発な性格をしているので、野を駆け回る姿が似合うが、それとは別に弁論の才能も持っているのかもしれない。こんなに流暢でわかりやすく、簡潔にかつ感情たっぷりに説明できるなんて思わなかった。演説とかしたら議員とかになれるんじゃなかろうか。この世界が民主議会制が取り入れられていればの話がだが。
「なるほど、なるほど」
老人はルーカの説明を聞き終わると、ゆっくりと2回頷いて僕らの顔を見る。
「話はわかった。ルーカを事を助けていただいて誠にありがとうございます。何もない村ですが、ごゆっくりとおくつろぎください」
老人はそう言って優しく微笑んだ。人を安心させるような柔らかい笑顔だ。そしてその笑顔はリカルドとどことなく似ている。ルーカは村長夫妻のことをじいちゃん、ばあちゃんと呼んでいるし、もしかして村長はルーカの祖父母なのかもしれない。後で聞いてみよう。
「ありがとうございます」
僕とアイラは頭を下げて、感謝を示した。それを見て村長は眉をひそめる。
「変わった礼の仕方ですな。もしかして異国の方ですか?」
礼の仕方を指摘されてドキッとした。
「え?ああ、よくわかりません・・・」
僕が暗い表情でそう言うと、村長はなるほどと頷いて口を開く。
「そういえば、記憶喪失とのことでしたね。貴方の礼の仕方も素敵ですが、この国ではこの国の礼を実践したほうが良いでしょう」
そういって老人は立ち上がった。
「いくつかありますが、どこでも使えるようなものをお教えいたしましょう」
そう言って老人は右手を左胸に当て、左手を左水平やや下に伸ばし、右足を引き、左足の後ろでつま先を立てる。前世で見たことがあるヨーロッパのやり方と似ている。というかまんまだ。この世界は前世の世界と何かしらの交流があるのだろうか。まぁあのやる気のない女神が僕をこの世界に送る程度の働きをしているので、他の神やら女神やらはもっと働いて、異世界交流の華を咲かせているかもしれない。
と、今考えても仕方がないので僕は、立ち上がって老人の真似をしてみた。初めてやるのでぎこちなかったが、何とか形にはなったと思う。
「そうそう。上手ですよ」
老人はにこやかに笑いながらそういった。そう言われて僕も嬉しくなる。
「では、女性のやり方は妻のエリーザが教えます」
老人はそう言うと老婆の方を見た。老婆は頷いてアイラの元へ近づき礼の方法を教えている。
「そうそう。ナツト殿。この村の特産はぶどうです。今は丁度収穫の時期。我が村の自慢のぶどう畑を見ていってください」
村長にそう言うと僕は先程教えてもらった礼をする。
「ありがとうございます」
僕が礼を言うと村長は笑った。
「ふぉふぉふぉ。なかなか様になっておりますな」
アイラがエリーザから一通りのやり方を教わると、僕らは村長の家を後にする。そんな僕らを村長夫妻は手を降って見送ってくれた。
「いい人達だね」
僕がそう言うとルーカはちょっと口うるさいけどなと言った。
「まぁとにかくこれで村長への挨拶も済んだ。そんなに時間もかからなかったし、今から帰っても準備終わってないだろうなぁ」
ルーカがそう呟く。
「村長も言っていたけど、この村ってぶどう畑があるんだっけ?」
「ああ。ワイン用のぶどうを作ってるんだ。この村のワインは品質がいいって言われているらしい。俺は呑んだこと無いけどな」
「ふーん。それは年齢的な意味で?」
この世界にも飲酒には年齢制限があるのだろうか?
「いや。ワインは基本、領主への献上品で使われるのがほとんどだ。だから村の人間でも呑める機会が少ないし、呑んだとしても大人たちだけで終わってしまう。俺も呑みたいんだけどな」
ルーカは不満そうにそう呟いた。領主への献上品でほとんど持っていかれるなんて、この村のワインはよほど品質が良いのだろうか。それとも、この領地自体がワイン生産が盛んで、領主が手ずから管理を行っているのだろうか。
「僕も呑んでみたいな」
僕もルーカの意見に賛成した。僕もぜひ呑んでみたい。あの世界では飲酒は20才を超えないと許されていないが、ここは異世界なので日本の法律は守る必要はないだろう。それにここの特産と言うなら是非もない。現地の美味しいものを食べたり呑んだりする旅というのも心躍る話ではないか。
「え?夏人も呑むの?」
アイラは意外そうな顔をした。
「そりゃ、特産っていうんだから呑みたい。アイラも呑みたいだろ?」
「ま、まぁ呑みたいけど!」
アイラはちょっと恥ずかしそうに頬を染めた。よほど興味あるのだろう。ぜひともワインをちょっと分けてもらいたいが、村のものでも飲めないような代物を一体どうやって・・・。
そんな僕らのやり取りを見てルーカが口を開く。
「それならタイミングが良かったな。もうすぐ祭りがあるから、その時振る舞われるだろ。俺にくれるかはわかんないけど、お客人のあんたらならチャンスは有るんじゃないか?」
「「え!?本当!?」」
僕とアイラは同時に、同じ言葉を発してルーカに詰め寄る。ルーカはその圧に押され若干引き気味に頷いた。
「そ、そんなに呑みたかったのか・・・」
その言葉にアイラは反応せず、すまし顔で視線をそらす。よほど呑みたかったようだ。
「まぁ楽しんでいってくれよ」
ルーカがそう言って視線を僕らの方向から丘の方へ向ける。僕もルーカの視線に釣られてその方向を見る。
「村は丘の上の方にあるから、こっちの面は見えなかっただろう?」
ルーカはそう説明すると下り坂の大地を見下ろす。そこには一面のぶどう畑があった。
「すごい」
僕は思わずそう呟いた。それを見たルーカは微笑んでそうだろう!と言った。畑の中には作業している人たちがたくさんいて、その中でルーカの姿に気づいた人が手を降っている。ルーカも手を降って応える。
「この村は麦や野菜も栽培しているけど、ほとんどの人がぶどう作りに携わってる。この村で取れたぶどうでワインを作り、それを領主に献上する。ワインは税金の代わりにもなるが、ある程度の金額もくれるのでそれで食べ物を買う。この村はそうやって回ってるんだ」
ぶどう畑を染める茜色の夕焼け。穏やかな風がぶどうの葉を優しく揺らしながら吹き抜けて、それがまるでキラキラと輝いているような光景を作り出している。風は風車を回し、この村全体を包み込んでいるようだ。
僕はルーカの説明を受けながら、思わずこのぶどう畑に見とれていた。こんな美しい光景がこの世界にはあるのかと驚いている。自然だけではない、人だけでもない。自然があって、そこに人が手を加えたからこそできた人里の風景。前世を含めても、こんな光景を今まで見たことがない。
「・・・・・・」
ルーカもアイラも、畑に見惚れる僕の横顔を見て笑っている。
「さて、日も暮れてきたし今日のところは帰るか」
そう言ってルーカはあるき出す。僕はその言葉で正気に戻り、ルーカの後をついていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます