第17話 ナツトのお手伝い
本日の起床予定時間は午後4時。まだ日も昇らぬ時間帯だ。
「おい起きろ!おーい!」
僕は完全に寝過ごしてしまった。
「はっ!」
「うおっ!いきなり目を開けられると怖いな!」
前世の僕は朝が弱かった。可能な限り、時間いっぱい寝ていたいタイプの人間だった。そしてそれは転生した後も変わらない。転生したと行っても前の世界の体とマインドをそのままこの世界に持ち込んでいるのだから、当然といえば当然なのだが、僕は例によって今日も起きれなかった。
「起きたか?」
この世界に電気はないので、室内においては弱々しい蝋燭の火だけが光源となる。そのため僕を起こした人物がだれかは目視では確認できなかったが、声のみの判断で僕を起こしてくれた人はリカルドだと理解した。
「おはようございます。リカルドさん」
「おう。おはよう。今から畑に行くが、行けるか?」
「はい」
僕は脳みその半分は起きてなかったが、もう半分はなんとか揺り起こす事ができたので、その半分の脳みそでリカルドの質問に答えた。
「よし」
リカルドはそう言って僕に背を向けて、部屋から退出する。僕も立ち上がって寝室として与えられた部屋から出てキッチンに入り、そこで水を借りて顔を洗う。そして意識レベルを約75%(数字は適当)ほどまで起きたことを自覚すると、服を着替えて外に出た。
玄関から出ると、満点の星空が天空に広がっていた。見たこともないような星々と天の川。僕は息をすることも忘れてその光景に見入っていた。だが、そうとばかりに入っていられない。宿を借りた恩を少しいでも返すためにリカルドの後を追わなければならない。
そして目を凝らすと、遠くの場所に火の灯りがゆらゆらと揺らめいているのが見える。おそらくそこがリカルドがいる場所なのだろう。僕は小走りでその火に近づいた。
「お、ちゃんと起きてきたな。えらいえらい」
光源の主はやはりリカルドが持っていた蝋燭の火だった。リカルドは微笑んでいた。
「今日は農作業と言っていましたが、これからどんな農作業をするんですか?」
僕がリカルドにそう質問した。
「今からやるのは作業じゃなくて、見回り。この時間になると動物たちが畑を荒らしに来ていないかの確認作業だよ」
なるほど。日も出ていない明朝に一体どんな作業をするのかと疑問だったがそういうことなら納得する。夜行性の動物を捕まえるのに、日が出てからでは遅い。
「今はぶどうの収穫は終わってるからな。作業自体はそんなにないよ」
「ぶどうの収穫時期だったら、この時間は何をやってるんですか?」
「もちろん収穫だよ。村人総出でな。ぶどうの収穫は朝行ったほうが長持ちするんだ」
「そうなんですか」
そんな事初めて知った。農作物の収穫一つとってもそういう工夫があるのか。
「畑仕事に興味あるのか?」
「ええ。この村のぶどう畑はとても美しかったですから」
そう言うとリカルドは笑った。
「そう言ってくれると嬉しいよ。愛情を込めて育てているからな」
そう言いながら僕らはぶどう畑に入る。収穫されて茎と葉だけになったぶどうの木が均等に並べて植えられていた。
「そんなに興味を持ってくれるなんてな。もしかしてリクト殿は記憶を失う前、どこかで畑を手伝っていたかもな」
「そうかもしれません」
僕はリカルドの言葉に同意したが、前世の僕は農業とは無縁の現代人。畑に立ち入ったこともない。だから、リカルドが口にする畑仕事というものがどんな物か想像もできないし、これから一体何をするのかもわからないので不安だ。まさか今日一日見回りに時間を使うということはないだろうな。まぁこの村のぶどう畑は見渡すほど広いので、歩くだけで一日終わってしまいそうではあるが。
「畑仕事は良いぞ。自然のありがたみや恐ろしさを肌で感じることが出来る。俺たち人間は栽培しているというが、実際は植物たちが自分の力で育った結果を収穫しているだけのちっぽけな存在だ。俺らはこいつらの気まぐれで生き延びたり、死んだりもする」
リカルドは淀みなく言葉を紡ぐ。よほど畑仕事というものが好きなんだろうと口調から推察できる。
「自然の恵は神からの贈り物だ。これはカリヌ教の教えじゃなくて、この土地の守り神のことだからダニエラには言えないが、正直俺はカリヌよりこっちのほうが性に合っている」
リカルドはそう言った。そんな事を僕に言っても大丈夫なんだろうかと心配になるが、リカルドの言葉に隠そうという意図は見受けられない。リカルドにとっては公然の事実なのだろう。
「そう言えば明後日ある祭りもカリヌ教の祭事とは違うと言ってましたね?それが守り神のことですか?」
「そうだ。明後日行う祭りは、この村に古くから伝わる守り神に感謝を伝えるものだ」
カリヌ教とは関わりのない土着信仰というような理解で良いのだろうか。元々この村には守り神という自然宗教が存在し、その後にカリヌ教が入ってきた。カリヌ教は国教として定められたため、国民全員が強制的に信徒となっているが、心の中では土着信仰を尊ぶ人間もいるということか。そう考えるとすんなりと理解できる。
「具体的に祭りは何をするんですか?」
「内容?ああ、別に変わったことは特にしない。村の中心で大きな火を焚いて、皆で宴をするんだ。そして最後には守り神に感謝の言葉と献上品を奉納して終了」
リカルドが端的に教えてくれた祭りの内容は、前世の祭りとそれほど大きな違いはなさそうだ。強いて言うなら質素というべきか。食って呑んで騒いでという点は同一と言ってもいいだろう。となると、僕らが特に何かをする必要はなさそうだな。祭りに参加して、村人と一緒に騒いでいれば浮かないだろう。
僕がそう考えているとリカルドが突然口を開く。
「なぁ聞きたいんだが・・・」
「なんでしょう?」
改まった聞き方をされたので僕はドキリっとした。一体何を聞かれるんだろう?もしかして僕らの行動に何かおかしな点を見つけたか?僕は戦々恐々としながらリカルドの言葉を待つ。
「お前とアイラ殿はどういう関係なんだ?」
「・・・・は?」
予想外の質問に、咄嗟には質問の意味を理解することができなかった。
「だから、恋人かなにかなのか?」
「い、いえ違いますよ!」
僕は慌てて否定した。いや別に慌てる必要なんてどこにもないのだが・・・。
「そうなのか?年頃の2人で旅してるなんて、駆け落ちでもしたかなと思ったんだが・・・」
「いえいえ!偶然出会って一緒に旅しようという話になっただけで・・・」
「そうか?でも男女のふたり旅何だからそういった雰囲気にならないか?2人とも結婚してもいい年齢だろう?」
いやいや僕はまだ16才。結婚にはまだ早すぎる年齢だと思った。だが、それは前世の常識なのでこの世界では違うのかもしれない。この世界では15、16になると伴侶を見つける年齢と言えるのかもしれない。とはいえ、僕はともかくアイラの年齢がわからないし、道中でそういった話をする時間もなかったので、恋人がどうのとか伴侶がどうのとかいう話はなかった。
そもそも、僕らはまだ出会ったばかり。お互いのこともよく知らない。そんな状況で相手の事を好きになるこることは出来るだろうか?いや僕には出来るよ!だって僕は前世で女の子とあんまり話した記憶がないほど女っ気が無かったため、正直女の子と離すだけでも惚れる自信がある。アイラ程美しい女性なら尚更だ。
だが、相手の気持ちだってある。アイラが僕のことをどう思っているか全くわからない以上、もしこの手の惚れた腫れたの話を振ったら「うわっきも・・・」っと言われてしまうかもしれない。もしそう言われてしまったら僕はきっと立ち直れないだろうし、旅の仲間も解消されて本当に一人きりになってしまう。
だけどいいなぁ好きな人とのふたり旅。憧れるなぁ。色々ロマンにあふれているよね!
などと色々と考えを巡らせた結果、リカルドに対する返事は単純なものに落ち着いた。
「いえいえ。そんな関係じゃありません」
「そうか・・・」
リカルドは極めて残念そうな顔をした。リカルドはこの手の話が好きなのだろうか。まぁ僕も全く興味ないかと言われれば、無いと答えるのは心苦しい。というかある。めっちゃある。多くの男がそうであるように、僕も例にもれずムッツリなのだ。
そんな事を話している内にだんだんと辺りが明るくなってきた。
「おっ。そろそろ日も明けるな。じゃあこのまま俺たちの畑に行こうか」
リカルドは朝日を眺めながら僕にそう言った。
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